表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷徹CEOは路地裏のΩに番の印を刻む〜効率主義のスパダリが小さな古書店と俺を溺愛して離しません〜  作者: 水凪しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/15

第12話「光差す場所」

 数ヶ月後。

 小鳥遊書房の前に、新しい看板が掲げられていた。

 古い木製の看板の良さはそのままに、少しだけ磨き上げられ、温かな照明が当てられている。

 店内には今日も、静かな時間を求める客たちが数人、本棚の間をゆっくりと行き交っていた。

 文はカウンターの奥で、いつものように本の修繕作業をしている。

 その左手の薬指には、九条が贈ったシンプルな銀の指輪が静かに光っていた。

 そして、文のうなじには、九条の番としての明確な印が刻まれている。

 その印が発するフェロモンは、文に近づこうとする他のαを牽制し、同時に文自身に深い安心感を与えていた。

 カラン、と小さなベルが鳴り、店の扉が開いた。

 入ってきたのは万丈目だった。

 手には、いつものようにガラス瓶に入ったコーヒー豆を持っている。


「よお、文。調子はどうだ」

「学。いらっしゃい。今日もいい香りだね」


 文が笑顔で迎えると、万丈目はカウンターにコーヒー豆を置き、ふうっとため息をついた。

 その視線が、文のうなじの印にちらりと向かう。


「……すっかり、あの男のものになっちまったな」


 万丈目の言葉には、以前のような刺々しさはもうなかった。

 ただ、長年見守ってきた幼馴染が、自分とは違う世界へと巣立っていったことへの、ほんの少しの寂しさと、大きな祝福が込められていた。


「学には、本当に心配ばかりかけたね。でも、私、今すごく幸せだよ」


 文の真っ直ぐな言葉に、万丈目は頭をかきながら苦笑する。


「わかってるよ。お前がそんな顔をしてるんだ、俺が文句を言う筋合いはねえ。それに、あの男も……まあ、少しは見直してやったしな」

「ありがとう、学。これからも、コーヒー豆の配達、よろしくね」


 万丈目が店を出て行った後、文は再び作業に戻ろうとした。

 そのとき、店の奥から足音が聞こえてきた。

 休憩室から出てきたのは、九条だった。

 週末の午後、九条はこうして小鳥遊書房の奥で過ごすことが多くなっていた。

 以前のように何台もの端末を持ち込むことはなく、手には一冊の紙の本だけが握られている。


「万丈目さんが来ていたのか。挨拶くらいすればよかった」

「大丈夫ですよ。学も、九条さんが休んでいるのを知っていて、わざと早く帰ったんだと思います」


 文が微笑むと、九条はカウンターの内側に入り、文の隣に立った。

 二人の肩が触れ合い、互いの香りが自然と混ざり合う。

 九条は文の手元にある修繕中の本に目をやった。


「それは、前に私が読んでいた詩集だな。少し背表紙が傷んでいたか」

「はい。九条さんが何度もめくってくれたから、少し接着が弱くなっていたんです。こうして直せば、また何十年も読めますから」

「そうか……。古いものを直しながら大切に使う。私の会社では考えられないことだが、今はそれがとても尊いことだとわかる」


 九条は文の頭を優しく撫で、その髪に唇を落とした。

 文は目を細め、九条の温もりに身体を預ける。

 外の通りからは、時折車の走る音や、遠くで遊ぶ子供たちの声が微かに聞こえてくる。

 世界は常に動き続け、デジタルデータは絶え間なく更新されている。

 しかし、このセピア色の空間だけは、二人のために用意された永遠のオアシスのように、静かで豊かな時間を刻み続けていた。

 九条は文の肩を抱き寄せ、窓から差し込む柔らかな陽光を見つめる。


「文さん。これから先、どんなに世界が変わっても、私はあなたとこの場所を守り続ける。それが、私の新しい生きる意味だ」

「はい。私も、ここでずっと九条さんを待っています。一緒に、同じ時間を刻んでいきましょう」


 二人の声が静かに重なり、光に満ちた店内に優しく響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ