表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

第2話 味噌をつければ、だいたい人は黙る

 村へ入る前に、俺は一度止められた。


 止めたのは、棒を持った若い男だった。歳は俺より少し下に見える。頬がこけ、目だけがぎらついている。さっきから、俺の背中をずっと見ていた男だ。


「その腰のものは何だ」


 俺は自分の腰を見た。


 作業着のベルトに、折りたたみナイフと小さな工具入れが残っていた。いつもの癖でつけたままだった。川に落ちても流されなかったらしい。


「ああ、これは」


「抜け」


「いや、武器じゃないです」


「抜け」


 声が固い。


 俺はゆっくりナイフを外し、柄を向こうに向けて差し出した。若い男はそれを受け取り、刃を出そうとして手間取った。


 千代が横から覗き込む。


「変な小刀」


「折りたたみです」


「おりたたみ?」


「刃が畳める」


「へえ」


 千代は面白そうに目を光らせた。若い男は面白くなさそうに眉を寄せた。


「千代、近づくな」


「またそれ」


「知らぬ男だぞ」


「芋の人でしょ」


「だから何だ」


 正論だった。


 芋の人だから安全、という理屈はない。むしろだいぶ怪しい。


 老人が低く言った。


「弥太。今夜は倉の脇に置く。お前と五郎で見張れ」


「はい」


 弥太と呼ばれた若い男は、俺を睨んだ。


 歓迎されていない。


 まあ、川から濡れて現れた見知らぬ男を歓迎する村があったら、それはそれで怖い。そんな村はたぶん別の意味で終わっている。


 村は、川から少し上がった斜面にあった。


 板葺きの家が十数軒。畑は細く区切られ、畦には草が残っている。ところどころに粟の穂らしきものが干されていた。蕎麦の茎も見える。田は少ない。あっても小さく、山から引いた水を細く流している。


 家々の間には、煙の匂いと、糠のような匂いと、獣の匂いが混じっていた。


 子どもたちが遠巻きについてくる。


 俺ではなく、芋の籠を見ている。


 千代はその視線に気づくと、籠を抱え直した。


「これは植えるやつ。勝手に食べたらだめ」


「ちょっとだけ」


「だめ」


「千代だって食べた」


「あたしは毒見」


「ずるい」


「ずるくない。命がけ」


 子どもたちは不満そうに唇を尖らせた。


 でも、近づきすぎない。


 その距離で、村の飢え具合が分かった。


 老人は村の中央にある少し大きな家へ俺を連れていった。庄屋、あるいは名主の家だろう。中に入る前に、俺は長靴の泥を落とそうとして戸口で迷った。


 敷居が低い。


 土間がある。


 靴を脱ぐのか、このまま入るのか。


 千代が笑った。


「何してんの」


「いや、靴を」


「くつ?」


「履物です」


「草鞋みたいなもの?」


「まあ」


「変な草鞋だね。泥が逃げない」


 たしかに、長靴の底には泥が詰まっていた。


 俺は長靴を脱いだ。靴下まで濡れている。足先が冷たい。土間に上がると、煙の匂いが濃くなった。


 囲炉裏があった。


 黒く煤けた梁。吊るされた鍋。壁には農具が立てかけられている。奥では女たちが小声で何かを話していたが、俺が入ると黙った。


 芋の籠が、土間の隅に置かれる。


 植える分。食べる分。傷物。


 俺は思わずそこへ目をやった。


 傷物は早く食べた方がいい。濡れたままだと腐る。植える分は乾かしたい。直射日光には当てたくない。暗くて風の通る場所が欲しい。だが、この時代にじゃが芋の保管場所などあるわけがない。


 老人が俺の目線に気づいた。


「何か気になるか」


「芋を乾かしたいです。でも日に当てすぎるとよくない。暗くて、涼しくて、風が少し通る場所があれば」


「蔵の下はどうだ」


「見ないと分かりません」


 老人は頷いた。


「あとで見せる」


 そこで千代が手を叩いた。


「その前に、食べよう」


 全員が彼女を見た。


「毒見したのはあたしとこの人だけでしょ。爺さまたちも食べないと分かんないじゃん」


 弥太が言った。


「毒だったらどうする」


「もうあたしが食べた」


「すぐに効かぬ毒もある」


 弥太は俺を見る。


 もっともだ。戦国の村にしては、かなりまともな危機管理である。現代人より賢い。現代人は賞味期限を一日過ぎただけで騒ぐくせに、出所不明の健康サプリは平気で飲む。どうなっているのか。


 俺は言った。


「少しずつでいいです。傷がついた芋を使いましょう。芽と青いところは取る。今日は煮るだけで」


 千代がすぐ鍋を引き寄せた。


「味噌は?」


「ありますか」


「あるよ」


「なら、つけたらうまいです」


 その一言で、場の空気が少し変わった。


 味噌。


 未知の芋が、知っている味の方へ寄った。


 女たちの一人が、奥から小さな器を持ってきた。赤茶色の味噌が入っている。俺はそれを見て、なぜか少し安心した。


 異世界でも、味噌はある。


 いや、ここは異世界ではないのかもしれない。過去だ。たぶん。


 どちらにしても、味噌は強い。


 人類が揉めたら、とりあえず味噌を塗れ。だいたい少し静かになる。雑すぎる平和論だが、芋には効く。


 傷のある芋を洗い、小刀で芽をえぐる。


 青い部分はない。


 皮ごと切って、鍋へ入れる。さっきより手際よくできた。千代が横で見ている。


「そこ、なんで取るの」


「芽は毒があります」


「芽だけ?」


「青くなった皮も」


「じゃあ、芽が出たら全部捨てるの?」


「芽を取れば食べられることもあります。でも、ひどいのはやめた方がいい」


「めんどくさいね」


「食べ物はだいたい面倒です」


「米も粟も蕎麦も面倒だよ」


「なら同じです」


 千代は少し考えて、納得したように頷いた。


 火が強くなる。


 鍋から湯気が立つ。


 しばらくすると、芋の匂いが広がった。地味な匂い。腹にだけ届く匂い。


 子どもたちが戸口から覗いている。女たちは黙って鍋を見ている。弥太は壁際で腕を組み、俺を見ている。老人は囲炉裏の前に座り、動かない。


 煮えた芋を取り出し、少し冷ます。


 俺はまず自分で食べた。


 次に、千代が食べた。


 それから老人が受け取った。


 老人は芋を指先で割り、じっと中を見た。


 白い湯気が上がる。


 味噌をほんの少しつけ、口へ運んだ。


 噛む。


 長く噛む。


 飲み込む。


 誰も喋らなかった。


 老人はもう一口食べた。


「腹にたまる」


 それだけ言った。


 その言葉で、家の中の空気が動いた。


 うまいでも、珍しいでもない。


 腹にたまる。


 女たちにも小さく分けた。弥太にも渡した。彼は迷った末に食べた。


 眉間の皺は消えなかった。


 だが、二口目を食べた。


 千代がそれを見逃さなかった。


「弥太、うまい?」


「……食えなくはない」


「二口食べた」


「毒かどうか確かめている」


「便利な言い訳」


 弥太は返事をしなかった。


 子どもたちにも少しずつ配った。彼らは熱さに顔をしかめながらも、すぐ飲み込んだ。もっと欲しそうな目をしたが、千代が籠を抱えて首を振った。


「今日はここまで」


「なんで」


「植えるから」


「食べたい」


「植えたら増える」


「いつ」


「……いつ?」


 千代が俺を見る。


 急に全員が俺を見た。


 また説明の時間だ。


 俺は囲炉裏の灰に、細い木の枝で線を引いた。


「今すぐ植えるのはよくないです。これから寒くなるなら、春に植える方がいい。霜が降りなくなってから。土を作って、畝を立てて、種芋を切って植えます」


「うね?」


「土を盛った列です。水はけをよくする」


 灰の上に簡単な絵を描く。


 畝。種芋。芽。土寄せ。


「芽が出て、茎が伸びたら、根元に土を寄せます。芋が日に当たると青くなるから」


「青いと毒」


 千代がすぐ言った。


「そう」


「覚えた」


 老人が灰の絵を見ている。


「春に植えて、いつ採る」


「夏から秋です。早く採ることもできます。でも増やすなら、しっかり育てた方がいい」


「ひとつから、いくつできる」


「土と世話によります」


「多ければ」


 俺は少し迷った。


 盛るべきではない。


 だが、少なく言いすぎても伝わらない。


「うまくいけば、十個以上」


 家の中が静まり返った。


 千代の目が大きくなる。


「ひとつが、十?」


「それ以上のこともあります。でも、失敗もします。腐ることもある。病気もある。全部うまくいくとは限らない」


 誰も、失敗の方を聞いていなかった。


 人間は希望の数字だけを早く拾う。耳の作りが都合よすぎる。困った仕様だ。


 老人は灰の上の絵を手でならした。


「その話、外ではするな」


 千代が振り向く。


「爺さま?」


「まだ、誰にも言うな」


「でも、増えるなら」


「だからだ」


 老人の声は低かった。


 千代は口を閉じた。


 俺も黙った。


 老人は籠の芋を見た。


「食える。増える。毒の扱いを知る者が要る。なら、これはただの食い物ではない」


 そう言って、俺を見た。


「お前さんもだ」


 背筋が冷えた。


 さっき、俺は芋のついでに拾われた。


 今度は、芋と同じように保管される側になった。


 言われる前から分かっていた。


 俺はこの村を出て自由に歩ける立場ではない。見知らぬ服、見知らぬ言葉、見知らぬ作物。その栽培法を知っている男。


 この時代では、歩く不審物である。


 しかも腹を満たす不審物だ。


 たちが悪い。


 千代が老人に食ってかかった。


「でも、閉じ込めるの?」


「誰も閉じ込めるとは言っておらん」


「見張りをつけるって言った」


「当たり前だ」


「芋の人、逃げないよ」


「お前が決めるな」


 千代は俺を見た。


「逃げる?」


「行くところがないです」


「ほら」


 何が「ほら」なのか。


 弥太が冷たく言った。


「行くところがない者ほど、何をするか分からん」


 これも正論だった。


 俺は弥太を少し見直した。


 そして、少しだけ嫌になった。


 この世界では、正論がいつも少し寒い。


 夜、俺は倉の脇に寝場所を与えられた。


 家の中ではない。納屋のような小屋だった。藁が敷かれ、古い筵が一枚ある。濡れた服は火のそばで乾かしてもらったが、完全には乾いていない。作業着の代わりに、粗い麻のような着物を渡された。


 慣れない。


 袖も裾も落ち着かない。


 スマホはなかった。


 胸ポケットも、ズボンのポケットも、工具入れも探した。川で落としたのか、最初からここへ来るときに消えたのか分からない。財布もない。免許証もない。


 現代につながるものは、ほとんど消えていた。


 残っているのは、濡れた作業着、長靴、折りたたみナイフ、小さな工具、そして芋。


 俺という人間を証明するものより、芋の方が多く残っている。


 薄情な宇宙だ。


 小屋の外には弥太が座っていた。もう一人、五郎という中年の男もいる。二人とも槍ではなく棒を持っているが、殴られれば普通に痛い。


 俺は筵の上に座った。


 眠れる気がしなかった。


 外から村の音が聞こえる。


 犬の声。


 誰かの咳。


 薪が折れる音。


 遠くの川。


 夜は暗かった。


 本当に暗い。


 現代の夜は、どこかしら光っている。街灯、家の窓、自販機、車のライト。ここにはそれがない。火が消えた場所から、すぐ闇になる。


 俺は膝を抱えた。


 寒い。


 川に落ちたせいだけではない。


 自分がどこにも帰れないかもしれない、という考えが、体の内側から冷やしてくる。


 そのとき、小屋の戸が少し開いた。


 弥太の声がした。


「誰だ」


「私」


 千代だった。


「何しに来た」


「芋の人に用」


「夜に来るな」


「じゃあ昼ならいいの?」


「そういう話ではない」


「爺さまには言ってある」


 弥太は沈黙した。


 たぶん嘘だ。


 でも、通した。


 千代は小さな包みを持って入ってきた。


「起きてる?」


「寝られると思いますか」


「思わない」


 彼女はそう言って、俺の前に座った。


 包みを開く。


 中には、昼に煮た芋が一切れあった。味噌が少しついている。


「これ、残ってた」


「植える分は?」


「これは傷物。食べる方」


「なら、いいです」


 俺は受け取った。


 冷めた芋だった。


 味噌も乾きかけている。


 口に入れると、昼より固かった。でも腹に入る。体が少しだけ落ち着いた。


 千代は俺が食べるのを見ていた。


「泣かないんだね」


「え?」


「川から来て、知らない村で、見張りつけられてるのに」


「泣いた方がいいですか」


「いや。泣かれると困る」


「なら泣きません」


「変なの」


 千代は膝を抱えた。


 小屋の中は暗い。戸口から入る月明かりだけが、彼女の横顔を薄く照らしていた。


「あんた、本当はどこから来たの」


「佐久です」


「ここも佐久」


「俺の知ってる佐久とは違います」


「遠いの?」


「遠いです」


「山の向こう?」


「たぶん、時間の向こうです」


 言ってから、馬鹿みたいだと思った。


 千代はしばらく考えた。


「よく分かんない」


「俺もです」


「帰りたい?」


 答えようとして、喉が詰まった。


 帰りたい。


 当たり前だ。


 畑がある。家がある。軽トラがある。出荷の予定がある。冷蔵庫には昨日の味噌汁がある。スマホには未読の連絡があるかもしれない。電気もガスも水道もある。


 どうでもいいようなものが、急に全部遠い。


 でも、帰りたいと言ったところで帰れるのか。


 俺は手元の芋の皮を見た。


「分かりません」


 千代は何も言わなかった。


 その沈黙が、妙にありがたかった。


 慰められたら、たぶんきつかった。


 少しして、彼女が口を開いた。


「あたし、昔、弟がいたんだ」


 俺は顔を上げた。


「冬に死んだ」


 千代は膝に顎を乗せたまま言った。


「食べるものがなくて。母ちゃんもそのあと、すぐ死んだ。爺さまは、あれは仕方なかったって言う。みんな仕方なかったって言う。米も粟もなかったから」


 彼女はそこで一度止まった。


 外で弥太が咳をした。


「でもさ、仕方ないって言われると、腹が立つんだよね」


 千代は笑わなかった。


「仕方ないって言ったら、死んだ方はどうなるのって思う」


 俺は何も言えなかった。


 昼間、彼女はよく笑っていた。


 子どもと口喧嘩をして、弥太をからかって、俺を川芋と呼んだ。


 その同じ口で、いま弟の死を話している。


 元気な子、という言葉が急に薄くなる。


 人は明るいから軽いのではない。


 重いものを背負ったまま動ける人間もいる。


 千代は俺を見た。


「だから、あの芋が増えるなら、あたしは植えたい」


 小屋の外で、風が鳴った。


「毒でも?」


「食べ方を覚えればいい」


「失敗するかもしれない」


「米だって失敗する」


「誰かに奪われるかもしれない」


 千代は少しだけ目を細めた。


「それは、米も同じ」


 確かにそうだった。


 芋だから危ないのではない。


 食べ物だから危ない。


 人を生かすものは、人を集める。


 人を集めるものは、奪われる。


 この子は、それをたぶん俺より知っている。


 千代は立ち上がった。


「明日、畑を見る?」


「見たいです」


「じゃあ、朝、起こす」


「見張りが許せば」


「許させる」


「強いですね」


「畑は待ってくれないから」


 そう言って、彼女は出ていった。


 戸が閉まる。


 また暗くなる。


 俺は筵の上に横になった。


 眠れないと思っていた。


 でも、いつの間にか眠っていた。


 夢を見た。


 軽トラの荷台に、芋が積まれている。


 俺はいつもの道を走っている。


 鹿が出る。


 ハンドルを切る。


 だが、川に落ちる前に、荷台の芋だけがこぼれていく。


 道路に。


 畑に。


 川に。


 知らない村に。


 山城の蔵に。


 兵の背負う俵に。


 子どもの手に。


 火の中に。


 土の中に。


 どこまでも転がっていく。


 俺はそれを追いかけようとする。


 でも足元の土が柔らかく、膝まで沈む。


 土の下から、芽が出ていた。


 いくつも。


 いくつも。



 朝、千代の声で起こされた。


「芋の人、起きて」


 俺は目を開けた。


 小屋の隙間から、白い光が差している。


 体が痛い。寒い。腹も減っている。


 だが、生きている。


 戸の外に出ると、千代が立っていた。髪はもう高く結ばれている。片手に鍬を持ち、もう片方に小さな籠を提げていた。


 弥太が不満そうにこちらを見ている。


「爺さまが許した。畑を見るだけだ」


 千代が勝ち誇った顔をした。


「ほら」


「ほら、じゃない」


 弥太は俺にナイフを返さなかった。


 まあ、それはそうだ。


 俺は村の外へ連れていかれた。


 朝の空気は冷えていた。山の端が明るい。畑には薄く霜が降りている場所もある。土を踏むと、表面だけが少し固い。


 千代は斜面の畑を指した。


「ここ、蕎麦のあと」


 俺はしゃがみ、土を手に取った。


 軽い。


 石が多い。


 水はけは悪くなさそうだが、肥えた土ではない。


 でも、じゃが芋ならいけるかもしれない。


 いや、いけるではない。


 やるしかない。


 畑の向こうには、山が連なっていた。


 どこかに真田がいる。


 どこかに武田がいる。


 どこかで、兵が動いている。


 でも今、目の前にあるのは、石の多い痩せた畑だけだった。


 千代が隣にしゃがむ。


「どう?」


 俺は土を握り、指の間から落とした。


「悪くないです」


「植えられる?」


「春になったら」


「じゃあ、それまで何するの」


「芋を腐らせない。食べすぎない。畑を決める。土を作る。村の人に食べ方を覚えてもらう」


「忙しいね」


「農業なので」


 千代は笑った。


 その笑い声に、朝の畑が少しだけ明るくなった。


 俺は土の上に、指で線を引いた。


 畝の向き。


 水の逃げ道。


 種芋を置く間隔。


 千代が真剣に見ている。


 弥太も少し離れて見ている。


 いつの間にか、子どもが二人、畦の向こうに立っていた。


 老人も来ていた。


 俺は指を止めた。


 皆が見ている。


 芋ではなく、俺の手元を。


 俺は急に怖くなった。


 知らない時代に来たからではない。


 この人たちが、信じようとしているからだ。


 信じるものを間違えると、人は死ぬ。


 信じさせた側も、無傷ではいられない。


 千代が言った。


「春原」


「はい」


「続き」


 俺は息を吐いた。


 そして、また土に線を引いた。


 畑の土は冷たかった。


 指先がすぐにかじかむ。


 それでも、線は引けた。


 芋はまだ籠の中にある。


 芽も出ていない。


 けれど村はもう、少しだけ動き始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ