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現世で搾取され続けたスピ子さん、異世界では大聖女様になるようです~「ありがとう」と1000回唱えた水が、神代のエリクサーとして認定されました~  作者: ぽてと
【第一章】 辺境の街と奇跡のサロン開業編

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第9話 不治の呪毒と足裏デトックスシート~特級呪物をゴミ箱に捨てるな~

聖王国領、辺境都市リーゼン。

 この街を統治する辺境伯の館は、深い絶望と重苦しい沈黙に包まれていた。


「……駄目だ。教会の高位神官様による『極大浄化ハイ・ヒール』でも、毒の進行を遅らせることしかできない。もはや、手遅れかもしれん……」

 初老の辺境伯は、豪華なベッドに横たわる愛娘の手を握りしめながら、声を震わせて泣き崩れた。


ベッドに眠る十歳の少女の顔色は、土気色を通り越してどす黒く変色していた。浅く荒い呼吸のたびに、彼女の口からは微かな紫色の瘴気が漏れ出ている。

 暗殺者の凶刃によって受けた傷は浅かったが、そこに塗られていたのは『古代腐死竜エンシェント・ロット・ドラゴン』から抽出された、致死率一〇〇%を誇る絶望の呪毒だった。


「おのれ……! 我が領地を狙う隣国の連中め……! 罪なき娘を巻き込むなど……!」

 辺境伯が血の涙を流して天を仰いだ、その時である。


「失礼します! 閣下、例の『奇跡の大聖女様』を、木漏れ日亭よりお連れいたしました!」

 騎士が勢いよく部屋に駆け込んできた。


「おおっ! よくぞ来てくれた、大聖女様! どうか、どうか娘を……」

 辺境伯がすがるような思いで振り返ると、そこには、奇妙な布地ポリエステルの服を着たニコニコ笑顔の女性と、目深にフードを被った護衛らしき剣士が立っていた。


「はーい、出張スピリチュアル・サロンでーす! 往診料は銅貨二枚と交通費になりまーす!」

 珠子は場違いなほど明るい声で部屋に入ってきた。その後ろで、アディは深くため息をつきながら周囲の魔力残滓を警戒している。


(……酷いな。部屋中に濃密な死の魔力が充満している。ただの毒ではない、対象の魂そのものを腐敗させる『古代腐死竜』の呪毒か。神聖帝国の最新魔導医療を用いたとしても、傷口周辺を広範囲に切断して、ようやく命が助かるかどうか……)

 アディの論理的かつ冷酷な見立てでは、目の前の少女はすでに「助からない命」だった。


「あの、大聖女様……娘の具合は……?」

 辺境伯が震える声で尋ねる。


「だから大聖女じゃないってば! 私はスピ子の珠子!」

 珠子はベッドに近づき、少女の顔を覗き込んだ。そして、腕を組んで「うーん」と唸った。


「なるほどなるほど。これはすっごく『淀んでる』ね! オーラが真っ黒で、毒素が体内にパンパンに溜まっちゃってるよ! 血流も悪いし、リンパも詰まってる!」

「リ、リンパ……? それは、呪いの核のようなものでしょうか!?」

「そうそう、そんな感じ! 要するに、悪いものが外に出られなくて、体の中で渋滞を起こしてるんだよ。これじゃあ、自然治癒力ハイヤーセルフも働けないよね」


珠子はリュックをガサゴソと漁り始めた。

 アディが息を呑む。

(ついに、あの『ありがとう水(神代のエリクサー)』を使うのか……!? いや、あれは外傷や一般的な呪いには即効性があるが、魂まで侵食する古代毒に対しては、属性の相性から言って反発を引き起こす危険性が――)


アディが魔力干渉の計算を猛スピードで行っている横で、珠子が取り出したのは、ペットボトルではなく、四角い白い箱だった。

 パッケージには、緑色の文字で『足裏デトックスシート(ラベンダーの香り)』と書かれている。


「こういう時はね、無理に上から良いエネルギーを入れるんじゃなくて、まずは足の裏から悪いものを全部『デトックス』するのが一番なんだよ!」

「で、でとっくす……!?」


珠子は箱から、白い湿布のようなシートを二枚取り出した。

「人間の足の裏には、体中のツボが集まってるの! 寝る前にこのシートを足の裏にピタッと貼るだけで、中の天然成分が体内のドロドロな老廃物や毒素を一晩かけてぜーんぶ吸い出してくれるんだから!」


「足の裏に……紙を貼る……? それが、古代の呪毒に対する治療法だというのか……!?」

 部屋に詰めていた高位神官が、信じられないという顔で声を上げた。

「馬鹿な! 我々の極大浄化でも治せないほどの呪毒だぞ! そ、そのような子供の遊びのような真似で――」


「まぁまぁ、騙されたと思って!」

 珠子は神官の抗議を完全にスルーし、少女の小さな足の裏に、ペタン、ペタンと二枚のシートを貼り付けた。

 フワリと、ラベンダーの安っぽい香料の匂いが漂う。


「よしっ、オッケー! ラベンダーの香りで自律神経も整うから、グッスリ眠れるはずだよ! あとは一晩放置するだけ!」

「い、一晩放置ィ!?」

 辺境伯が悲鳴を上げる。一晩も放置すれば、娘は確実に死ぬ。


「ちょっと、珠子! いくらなんでもそれは無茶だ!」

 たまらずアディが止めに入ろうとしたが、珠子は自信満々に親指を立てた。

「大丈夫だって! このシート、現世のドラッグストアでも大人気なんだから! じゃあ、私たちは明日の朝また来るね! おやすみなさーい!」


珠子は嵐のようにやってきて、あっという間に足に湿布を貼っただけで帰ってしまった。

 残された辺境伯と神官たちは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


* * *


翌朝。

 辺境伯の館は、昨日とは全く別の意味でパニックに陥っていた。


「おおおおおおっ!! アンナ! 私のアンナが、目を開けたぞ!!」

「奇跡だ……! 完全に魂まで浸透していた古代の呪毒が、跡形もなく消え去っている……! なんという神聖力だ……!」


ベッドの上では、昨日まで死にかけていた少女が、薔薇色の頬をして「お父様、おはようございます。なんだかとてもよく眠れました」と微笑んでいた。

 そこへ、「おっはよーございまーす!」と珠子とアディがやってきた。


「大聖女様!!」

 辺境伯は涙と鼻水を撒き散らしながら、珠子の足元に土下座した。

「我が娘の命を救っていただき、なんとお礼を申し上げればよいか……! あなた様は、まさに神の御使いだ!!」


「だから聖女じゃないってば。ただのデトックスだよ!」

 珠子は呑気に笑いながら、ベッドの端に近づいた。

「どれどれ、シートはどうなってるかなー? ビリッ」


珠子が少女の足の裏から、一晩貼り付けたデトックスシートを剥がし取った。

「ヒッ……!!」

 それを見たアディが、声にならない悲鳴を上げて後ずさった。


昨日まで真っ白だったそのシートは、今やコールタールのようにドロドロの赤黒いヘドロ状に膨れ上がり、表面からは空間を歪ませるほどの強烈な毒の瘴気が微かに漏れ出していた。


「うわ~、ドロドロ! 見てくださいお父さん、この茶色いのが全部、娘さんの体に溜まってた老廃物どくそですよ! いっぱい出たねー!」


(老廃物ではない……!!)

 アディは内心で絶叫した。

(対象の体内……いや、魂の奥底まで浸透した古代腐死竜の呪毒を、末端の足裏から『一滴残らず』吸い上げただと……!? しかも、致死の呪毒をこの薄っぺらい布切れ一枚の中に高圧縮して完全封印している……! もはやこれは、国が三つ滅びるレベルの『超特級呪物ブラックホール』ではないか……!!)


アディの論理的解釈によれば、あの『足裏デトックスシート』とやらは、対象の魔力回路を逆流させ、あらゆる毒性マナを強制吸引する恐るべき絶対解呪魔符だった。


「はい、お役目ご苦労さま! ポイッ」

「やめろォォォォォォッ!!」


珠子が、そのドロドロに膨れ上がった超特級呪物を、部屋の隅にある普通の木製のゴミ箱にポイッと投げ捨てようとした瞬間。

 アディは帝国最強の騎士の脚力を全力で解放し、空中で見事にそのシートをキャッチした。

「あ、危ない……ッ! こんなものを、一般廃棄物として処理しようとするな! 街が死の都と化すぞ!」


「えー? ただのゴミだよ? アディちゃん、そんな燃えるゴミ大事に抱きしめてどうしたの?」

「燃えるゴミと言うな! 火に焚べたら毒ガスで全滅だ!! これは私が責任を持って、地中五百メートルの岩盤層に結界を張って厳重に封印してくる!」

「? よくわかんないけど、アディちゃんが片付けてくれるならいっか!」


本気で涙目になっているアディを放置して、珠子は辺境伯に向き直った。

「というわけで、もう大丈夫ですよ! あとは美味しいもの食べて、波動を高めていれば元気になりますからね!」

「あ、ありがたい……っ! 大聖女様、これはほんの気持ちです! どうかお受け取りください!」


辺境伯が差し出したのは、両手で抱えるのも苦労するほどズッシリと重い、金貨がパンパンに詰まった大きな革袋だった。


「わぁっ! こんなに!? やったー!!」

 珠子の目がドル袋の形になった。

「これで……これでついに、自分のお店が持てる!! 宿屋の出張所じゃなくて、正真正銘の『異世界スピリチュアル・サロン』がオープンできるよ!!」


珠子は金貨の袋を抱きしめ、ピョンピョンと飛び跳ねた。

「宇宙さん、ありがとう! やっぱり引き寄せの法則は最高にツイてる!」


娘の命を救われた辺境伯と神官たちが、後光の差す珠子に祈りを捧げる中。

 アディは両手で恐る恐る「超特級呪物(ラベンダーの香り)」を掲げながら、一人絶望の表情で天井を見つめていた。


(……この女に金を持たせたら、次は一体どんな『神話級の兵器スピリチュアルグッズ』を引き寄せるつもりだ……。私の胃が、もう限界だ……)


珠子のトンデモ知識による快進撃は、莫大な資金を得たことで、ついに次のステージへと強制移行しようとしていた。

 目指すは街の不動産屋。珠子が選び抜く「最高(最悪)の物件」が、二人を待ち受けているのだった。

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