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現世で搾取され続けたスピ子さん、異世界では大聖女様になるようです~「ありがとう」と1000回唱えた水が、神代のエリクサーとして認定されました~  作者: ぽてと
【第一章】 辺境の街と奇跡のサロン開業編

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第10話 ウェルカムドリンクは神代のエリクサー!?~いざ、最悪の事故物件へ~

「ありがとう、ありがとう、ありがとう……これで九百九十八、九百九十九……千回、っと!」


聖王国領、辺境都市リーゼン。

莫大な開業資金(辺境伯からの謝礼)を手に入れた翌朝、宿屋の一室で珠子は朝からガラスのピッチャーに向かってぶつぶつと念仏のように言葉を唱えていた。


同室のアディは、その光景を見てピクリと眉をひくつかせた。

「……おい珠子。朝っぱらから水に向かって、何をぶつぶつ言っているんだ」

「あ、アディちゃんおはよ! いま、新しいサロンでお客様に出す『ウェルカムドリンク』を作ってたの! お水に『ありがとう』って千回唱えるとね、水の結晶が綺麗になって、すっごく波動の高いお水になるんだよ!」


「…………は?」

アディの動きが止まった。

ありがとう、と千回唱えた水。それはまさしく、異世界に転移してきた初日、呪いで死にかけていたアディに珠子が無理やり飲ませ、その呪いを一瞬で完全消滅させた謎の液体の生成法である。


「お前……まさか、あの私を救った特級の治癒液体を、客への『お茶出し』に使うつもりか……?」

「そうだよ! 中からデトックスするのも大事だからね! ほら、アディちゃんも朝の一杯どうぞ!」

「い、いらん!! 私は健康だ!」


アディは全力で首を横に振った。

(馬鹿な……。あれは神話にしか存在しない『神代のエリクサー』そのものだぞ。それを、タダの飲み水として客に振る舞うだと!? この女の常識はどうなっているんだ……!)


「えー、美味しいのに。じゃあ、水筒に入れて持っていこっと。さあ、今日は待ちに待った物件探し! 不動産屋さんに行こう!」

珠子はルンルン気分で、なみなみとエリクサーが注がれた水筒をリュックに突っ込み、宿を飛び出した。


* * *


街の中央通りにある、大手不動産ギルド。

珠子とアディはカウンターに座り、目の前に金貨がパンパンに詰まった革袋をドンッと置いた。


「この予算で、広くて、日当たりが良くて、波動が高いお店を探してます!」

「は、はぁ……」


対応に出てきた中年の不動産ギルド長は、目の前の金貨の山を見ても、どうにも反応が薄かった。それどころか、目の下には酷いクマを作り、顔色は土気色。今にも過労で倒れそうなオーラを放っている。


「申し訳ありませんが……現在、その条件に合う優良物件は……ゴホッ、ゲホッ!」

ギルド長は激しく咳き込んだ。

「お見苦しいところを……最近、不眠症と胃潰瘍が悪化しておりまして……」


アディが横から冷たい目で観察する。

(……ただの病気ではないな。長年の過労による魔力枯渇と、複数の客から受けた微弱な呪詛(クレームの念)が蓄積して、内臓の魔力回路がボロボロになっている。教会の神官でも治すのに数ヶ月はかかる重症だ)


「わわっ、おじさん大丈夫!? すごいネガティブな波動が出てるよ!」

珠子はリュックから、今朝作ったばかりの水筒を取り出した。そして、ギルド長の目の前にある空のコップに、トクトクと無色透明の水を注いだ。


「とりあえず、これ飲んで! さっき愛と感謝の波動をたっぷり込めた『ありがとう水』だから! すっごく身体に染み渡るよ!」

「やめろ珠子ォォッ!!」


アディが止めに入るより早く、ギルド長は「か、かたじけない……」と、そのコップの水を一気に飲み干してしまった。


その瞬間である。


――カッ!!!!


「ぬおおおおおおおおっ!?」

ギルド長の体内から、黄金色の神々しい光が爆発的に溢れ出した。


「な、なんだこれはぁっ!? 胃の痛みが……ない!? それどころか、全身の細胞が歓喜の歌を歌っている!! 力が……力が湧いてくるぞぉぉぉっ!!」

先ほどまで死にそうだったギルド長は、椅子から立ち上がり、上半身の服をビリビリと破り捨てて、二十代の若者のような筋骨隆々の肉体を披露した。肌はツヤツヤになり、後退していた頭髪すらもフサフサに蘇っている。


「ど、どうだね!? 私のこのみなぎるパワーは!!」

「わぁっ! すごいデトックス効果! やっぱり千回唱えると波動が違うね!」

珠子がパチパチと拍手をする横で、アディは頭を抱えて机に突っ伏した。


(ああっ……! 小国が一つ買えるレベルの『神代のエリクサー』を、ただの不動産屋のオヤジにタダで飲ませた……! しかも『疲労回復の栄養ドリンク』程度のノリで……!!)


「お嬢さん、いや、大聖女様!! 私の一生の恩人だ!!」

完全に若返ったギルド長は、涙を流して珠子の手を握りしめた。

「あなたの条件に合う物件……実は、一つだけ心当たりがあります。広さも日当たりも申し分ない、街外れにある立派な二階建ての洋館です」


「本当!? なんでさっきは出してくれなかったの?」

「正直に申し上げます。あそこは……『出る』んです」

ギルド長は声を潜めた。

「過去に凄惨な事件がありましてな。夜な夜なポルターガイスト現象が起き、高位の神官様が除霊に向かっても、逆に呪い殺されそうになって逃げ帰ってくる始末。誰も近づかない、完全なる『特級の事故物件』なのです」


「なるほど……。アディちゃん、行ってみよう!」

「正気か、珠子!? 悪霊が巣食う呪われた館だぞ!」

「でも、お化けが出るってことは、家賃はすっごく安いでしょ?」

「そうですが……」

「なら決まり! 引き寄せの法則が『ここだ』って言ってる!」


現世で散々怪しいセミナーに金をつぎ込み、常に金欠だった珠子にとって、「家賃が格安」という事実はどんな悪霊よりも魅力的だったのだ。


* * *


街の外れ、鬱蒼と茂る木々に囲まれた鉄格子の向こうに、その洋館はあった。

昼間だというのに、その建物の上空だけがどんよりと薄暗く、空気が淀んでいる。


「うわぁ、すっごい立派な洋館! ちょっとツタが絡まってるけど、掃除すればオシャレなサロンになりそう!」

珠子は無邪気に敷地内へと足を踏み入れた。


しかし、一歩足を踏み入れた瞬間、アディは背筋に氷を当てられたような悪寒を感じた。

「……待て、珠子。おかしいぞ」

アディは油断なく周囲を見回し、剣の柄に手をかけた。


「どうしたの?」

「静かすぎる。鳥の鳴き声一つしない。それに……なんだ、この禍々しい魔力の残滓は……!」


ギィィィィ……。

風もないのに、洋館の重厚な玄関の扉が、ゆっくりと内側に向かって開いた。

その奥は、完全な暗闇。光を一切反射しない、底なしの深淵が口を開けているようだった。


(並の悪霊ではない。数百年にわたって怨念を蓄積し、もはや魔物として受肉しかけているレベルだぞ……!)


「お邪魔しまーす! 不動産屋さんの紹介で来ましたー!」

「馬鹿っ、勝手に入るな!」


珠子が暗闇のホールに足を踏み入れた、その直後だった。

――ピシャンッ!!

背後の扉が、見えない力によって激しく叩きつけられるように閉まった。


「え?」

「珠子、下がれッ!!」


部屋の温度が急激に氷点下まで下がり、珠子の吐く息が白く染まる。

そして、ホールの壁から、天井から、床から。

どす黒いヘドロのような瘴気が噴き出し、それが一つに融合して、巨大な『顔』を形成した。


「ギ、ギャアアアアアアァァァァァァッ……!!」


空間が歪むほどの怨念の絶叫。

それは、教会の神官が束になっても浄化できない、特級の『怨霊レイス』の完全顕現であった。

アディは即座に剣を引き抜き、珠子を背中で庇うようにして前に出た。


「こんな化け物が街の中に放置されていたのか……! 珠子、私のそばから離れるな!!」


絶体絶命の特級霊災害。

かつての帝国最強の騎士と、最恐の事故物件の主が、今まさに激突しようとしていた。

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