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現世で搾取され続けたスピ子さん、異世界では大聖女様になるようです~「ありがとう」と1000回唱えた水が、神代のエリクサーとして認定されました~  作者: ぽてと
【第一章】 辺境の街と奇跡のサロン開業編

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第5話 新月の願い事は現在進行形で!~事象の強制書き換え(引き寄せの法則)と幻の香木~

聖王国領、辺境都市リーゼン。

 宿屋『木漏れ日亭』の片隅に設けられた珠子の出張サロンは、連日大盛況だった。

『オーリングテスト』による百発百中の嘘発見&原因究明と、『レイキヒーリング』によるお手軽な波動調整。

 銅貨一枚という破格の値段設定もあり、市場の商人から冒険者、近所の奥様方までが毎日のように列を作っている。


「はい、お疲れ様! 肩のチャクラが開いて、良い波動が入るようになったよー!」

「おおっ、すげえ! ガチガチだった肩が羽みたいに軽い! ありがとう、珠子様!」


客を笑顔で見送った後、珠子はふぅっと息をついて背伸びをした。

「うーん、大繁盛なのは嬉しいけど、ずっと木の椅子に座らせて施術するのも限界があるなぁ。やっぱりサロンには、お客様がリラックスして横になれる『施術用のベッド』が必要だよね」

「贅沢を言うな」

 壁際で腕を組んでいたアディが、呆れたようにため息をついた。

「今のお前はただの居候だ。ガンツ殿の厚意で場所を借りているだけで、立派な家具を買う資金などまだ貯まっていないだろう」


「資金がなくても大丈夫! だって今日は――」

 珠子は宿の窓から夜空を見上げた。今夜は、二つある異世界の月がどちらも姿を消している『新月』の夜だった。

「新月だからね! 願い事をするには絶好のタイミングなんだよ!」


珠子は愛用のリュックをごそごそと漁り、一枚の『ピンク色の紙』とピンク色のペンを取り出した。現世の百円ショップで買った、ただの文房具である。

「お前、また訳の分からない儀式を始める気か……」

「儀式じゃないよ、『新月の願い事』! 新月の夜にピンクの紙に願いを書くと、宇宙のエネルギーと共鳴して願いが叶いやすくなるの! アディちゃんも書く?」


「断る。紙に文字を書いただけで物資が調達できるなら、我が帝国の兵站へいたん部隊は苦労などしていない。論理的ではないな」

 アディが冷たくあしらうのも気にせず、珠子はテーブルに向かってペンを走らせ始めた。


「えっとね、書き方にはコツがあるんだよ。ただ『ベッドが欲しい』って書くのはNG! 『欲しい』ってことは『今は持っていない』っていう不足の波動を宇宙に放っちゃうからね」

「……ほう? ではどう書くというのだ?」

「現在進行形、あるいは完了形で書くの! 『私は最高級の波動を放つふかふかのベッドを手に入れ、毎日お客様を最高に癒やしています。ありがとう、ありがとう、ありがとう!』……よし、書けた!」


珠子はピンクの紙を両手で持ち、満足げに微笑んだ。

「こうやって、もう願いが叶った時のワクワクした感情を先取りして味わうのが、『引き寄せの法則』の極意なんだよ!」

「ヒキヨセのほうそく……」


アディは怪訝な顔でその紙を覗き込んだ。

 ただの安っぽい色紙に、見たこともない文字(日本語)が並んでいるだけだ。魔力の残滓も、術式の気配も一切感じられない。

(ふん、さすがに今回はただの子供の遊びのようだな。オーリングテストの時は対象の魔力波長を読み取っていたからまだ理屈が通ったが、己の願望をただ紙に書くだけで現実の事象が変化するなど、いかなる超魔導でもあり得ない)

 アディが論理的帰結に達し、ホッと胸を撫で下ろした、まさにその瞬間だった。


――ドゴォォォォォォンッ!!!!


突如、宿屋の外から地響きのような凄まじい轟音が鳴り響いた。


「な、なんだ!?」

「敵襲か!?」

 宿にいた冒険者たちが一斉に武器を構え、アディも即座に剣の柄に手をかけて表へと飛び出した。珠子も「わわっ!?」とピンクの紙を持ったままその後を追う。


宿の入り口の目の前、大通りのど真ん中に、巨大な「何か」が墜落していた。

 もうもうと立ち込める砂煙が晴れると、そこにあったのは、煌びやかな絹の布で何重にも厳重に包まれた、長さ三メートルほどもある『巨大な丸太』だった。


上空を見上げると、巨大な皮膜の翼を持つ飛竜ワイバーンが、ギャアアアッと鳴き声を上げながら夜の闇の彼方へ飛び去っていくところだった。


「ひ、飛竜が街の上空に……!? いや、それよりも、あの飛竜が落としていったアレは……!」

 アディは警戒しながら巨大な丸太に近づき、包まれていた布の隙間から覗く木肌を見て、パチリと瞬きをした。

 そして、信じられないものを見るように目を見開いた。


「馬鹿な……。透き通るような白銀の木肌に、この周囲の魔力を清浄化するほどの強烈な芳香……! 間違いない、これは『世界樹の枝分かれ(トレント・ロイヤル)』の木材だ!!」

「えっ、なにそれ? いい匂いの木?」

 珠子が呑気に首を傾げる。


「いい匂いなどという次元ではない! これは、国に一つあるかないかの超特級素材だぞ! 国王の玉座や、大聖堂の祭壇にしか使われない幻の霊木だ! なぜこんなものが空から降ってくる!?」

 アディの叫びに、騒ぎを聞きつけた宿の親父ガンツも飛び出してきた。


「おいおい、飛竜が落とし物をしていったって!? ……こりゃあ驚いた。どうやら、最近この辺りの街道を荒らしてる密輸業者の荷馬車が、飛竜に襲われたらしいな。飛竜は光る布に包まれたこの木材を獲物だと勘違いして掴んで飛んだが、重すぎて途中で落としちまったってとこだろう」

 ガンツの推測は、見事に状況を説明していた。

 しかし、アディの思考は別の次元でパニックを起こしていた。


(密輸業者が襲われた? 飛竜が獲物と勘違いした? それが重すぎて、よりによって『今、このタイミングで』『私たちの目の前に』落下したというのか……!?)


アディは、珠子が右手にヒラヒラと持っている『ピンクの紙』を戦慄の目で見つめた。

 珠子はさっき、そこに何と書いた?

『私は最高級の波動を放つベッドを手に入れ……』


(偶然の連鎖……いや、違う!! この女は、己の願望を具現化させるために、飛竜の生態や密輸業者の行動といった周囲の状況を無意識下で操作し、世界そのものの因果律を強制的に書き換えたのだ! これが……『ヒキヨセのほうそく(事象改変魔法)』……!!)

 アディの額から、滝のような冷や汗が流れ落ちた。

 紙に文字を書くだけで現実の確率を操作し、国宝級のアイテムを空から降らせる女。もし彼女が「帝国が滅びる」とピンクの紙に書いたら、明日には隕石でも降ってきて国が消滅するのではないか。


「ひぃっ……!」

 かつての帝国最強の騎士は、ピンク色の紙切れを前にして本気の悲鳴を漏らした。


「わぁ~、すごーい! 本当に最高級の木材が引き寄せられちゃった!」

 そんなアディの恐怖など露知らず、珠子は大はしゃぎで白銀の丸太に抱きついた。

「でもこれ、どうやってベッドにしよう?」


「がはははっ! 嬢ちゃん、そりゃあ俺の出番だ!」

 ガンツが腕まくりをして前に出た。

「俺は冒険者になる前は、王都で木工職人をやってたんだ! 嬢ちゃんには腰を治してもらった大恩がある。持ち主のいない密輸品なら貰っちまってもバチは当たらねえ! 俺が徹夜で、この木材から極上のベッドを削り出してやるぜ!」

「本当!? やったー! ガンツさんありがとう!!」


* * *


翌朝。

 出張サロンのスペースには、ガンツの職人魂が爆発した『幻の香木トレント・ロイヤル製の超高級マッサージベッド』が鎮座していた。

 白銀に輝く美しい木目。そして、その木材から放たれる清浄な香りは、ただ近くで深呼吸するだけで寿命が延びるような強烈な癒やしの波動(※超高濃度の光属性マナ)を放っていた。


「うわぁ……すっごくいい香り! 横になるだけでチャクラが全開になりそう!」

 珠子はふかふかのクッションを敷いたベッドに寝転がり、手足をバタバタさせて喜んだ。


「これでお客様を最高に癒やせるね! やっぱり、新月の願い事は現在進行形で書くのが一番だわ! 宇宙さん、今回もありがとう!」

 珠子はピンクの紙にキスをして、大事にリュックにしまった。


「…………ああ、そうだな。宇宙とやらに感謝しておけ」

 アディは、神聖な光を放つベッドからそっと距離を取りながら、虚ろな目で呟いた。


(事象改変に、国宝級のアイテム召喚。この女がその気になれば、世界征服など三日で終わるだろう……。私が、私が手綱を握っていなければ……)


アディの使命感(と胃への負担)は、限界を突破してさらに強固なものになっていた。

 そして、この『幻の霊木ベッド』から放たれる強烈なマナの匂いが、とんでもないものを街に「引き寄せて」しまうことに、二人はまだ気づいていなかったのである。

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