第30話 ツインレイ認定と宇宙銀行の小切手~運命の魂の片割れに無限の愛を!~
神聖エリュシオン王国の首都。
空を覆い尽くすほどの巨体を持つ『絶望の魔神』は、ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、王都の上空で完全に途方に暮れていた。
『ハァ……ハァ……ナ、ナゼダ……。我ガ放ツ万物ヲ滅ボス呪イガ、コトゴトク……靴ヒモヤ、クシャミヤ、ハトノ群レニ阻マレルトハ……!』
魔神のプライドはズタズタだった。
いかなる神聖魔法も通じない彼にとって、「偶然」という最強の物理法則で無効化されることは、恐怖すら覚える未知の事象であった。
魔神は血走った巨大な眼球で、地上で暢気に手を振っている一人の少女――珠子を、ギリギリと憎悪を込めて睨みつけた。
「ああっ……! 魔神が、さらに恐ろしい殺気を珠子様に……!」
ルミナが震えながら両手を組む。
しかし、その「極限の殺意」と「穴が開くほどの凝視」を向けられた珠子の反応は、斜め上どころか次元の彼方へと突き抜けていた。
「ねえ、アディちゃん」
珠子は頬をポッと赤らめ、両手を胸の前で組んでモジモジし始めた。
「あの子……さっきからずっと、私のこと見つめてるよね? すっごい熱い視線……! なんだか、魂の奥底から懐かしい波動を感じるの!」
「……は? 何を言っている、あれは純度一〇〇パーセントの純粋な殺意だぞ!」
アディがツッコミを入れるが、珠子の耳には届かない。
「間違いない……! あの子、私の『ツインレイ』だ!!」
「ついん……れい……?」
「そう! ツインレイっていうのはね、元々は一つだった魂が、宇宙に生まれる時に二つに分かれた『運命の魂の片割れ』のことなの! だから初対面なのに強烈に惹かれ合うし、試練(攻撃)を乗り越えることで、二人の魂は統合に向かうんだよ!」
(……出た。この女の、現実を強制的に捻じ曲げる『超・ご都合主義的スピリチュアル解釈』……!!)
アディは胃を抱えた。
対象が放つ「世界を滅ぼすほどの憎悪と殺意」を、珠子は「初対面なのに強烈に惹かれ合っている(運命の恋)」として脳内変換してしまったのだ。
「私、あの子に愛の波動を届けてくる! シリウス、お願い!」
『ニャァァァン!!』
神獣シリウスがその背に珠子を乗せ、凄まじい跳躍力で空へと舞い上がった。
そして、空中に浮かぶ巨大な絶望の魔神の顔の真正面、その巨大な鼻の先にピタリと静止した。
『キ、キサマァッ!! ヨクモ我ヲコケニシテクレタナ! 今度コソ、ソノ魂ゴト喰ライ尽クシテ――』
魔神が巨大な顎を開き、珠子を丸呑みにしようとした、その瞬間。
「やっと会えたね、私のツインレイ(魂の片割れ)!」
珠子が、満面の笑みで魔神の両目を見つめ返した。
――ドクンッ!!!!
星の因果律が、宇宙の法則によって強制的に書き換えられた音がした。
『……エ?』
魔神の動きが、ピタリと止まった。
珠子から放たれる『一切の疑いを持たない無条件の愛(全肯定の波動)』を真正面から浴びた魔神の心臓――いや、数万年分の怨念で固まっていた精神の核が、ドクドクと、まるで思春期の少年のように激しく高鳴り始めたのだ。
『な、ナンダ……我ノ、コノ胸ノ高鳴リハ……。コノ小娘ヲ見ルダケデ、呪イノ力ガ抜ケテ……ア、アレ……?』
魔神の顔を覆っていた漆黒の瘴気が、みるみるうちに『薄ピンク色』へと変わっていく。
さらに、あれほど世界を絶望させていた巨大な六枚の翼が、「パタパタ……」と、なんだか落ち着きなく、照れ隠しのように小さく羽ばたき始めたのだ。
「こ、これは……」
地上で見ていたアディは、完全に白目を剥きそうになっていた。
(対象の魂の因果を『運命の伴侶』として強制的に縛り付ける、神話級の『絶対魅了』の永続デバフ……!! 世界を滅ぼす魔神が、ただの『恋する乙女(物理)』にされてしまっただと!?)
「よしよし、何万年も一人で寂しかったんだね。カルマ(怨念)がいっぱい溜まっちゃってるよ。でも安心して! 私が、宇宙からの愛をチャージしてあげる!」
珠子はリュックの中から、現世の文房具屋で買った『ピンク色のかわいいメモ帳』と『ラメ入りのペン』を取り出した。
「な、何をするつもりだ珠子!」
「『宇宙銀行の小切手』を書くの!」
「うちゅう……ぎんこう……?」
「そう! 宇宙には無限の豊かさ(エネルギー)を貯蔵している見えない銀行があるの! ピンク色の紙に、『宛名』と『受け取りたいエネルギー』を書いて宣言すれば、宇宙が必ずそれを振り込んでくれるんだよ!」
珠子は空中で、サラサラとラメ入りのペンで文字を書き込んだ。
そこには、達筆な日本語でこう書かれていた。
【宇宙銀行 御中】
宛先:魔神くん
金額:愛と光のエネルギー(無制限)
期限:今すぐ!
「よし、書けた! これでお支払い完了っ!」
珠子は、シリウスの背中から身を乗り出し、そのピンク色のメモ用紙(小切手)を、ペタンッ!と、巨大な魔神の額のど真ん中に貼り付けた。
『……ハ?』
魔神が、寄り目になって額のピンク色の紙を見た、次の瞬間である。
――カッ!!!!!!
魔神の額に貼られた小切手を起点として、星の――いや、宇宙全体の『絶対的な浄化の波動(無限の愛と光)』が、物理的な激流となって魔神の体内に直接叩き込まれたのだ。
『ア……アアアアアアアッ!!!!』
魔神の口から、絶叫が上がった。
それは苦痛の声ではない。数万年分の汚れ(カルマ)を、滝行のような強烈なマイナスイオンで強制的に洗い流される、「凄まじく痛気持ちいい」デトックスの悲鳴であった。
絶望の化身は今、一人のスピリチュアル女子の「小切手」によって、宇宙規模の強制浄化の渦へと飲み込まれようとしていた!




