第28話 帝国との決着! 50万円の開運の壺~自己肯定感(アファメーション)で魔力覚醒~
神聖エリュシオン王国の首都。
空を覆っていた『絶対魔力遮断結界』は珠子の裸足によって破られ、王都を灰にするはずだった極大消滅レーザーは『私は宇宙に愛されている』という珠子の言葉によって、無数の桜の花びらへと強制変換された。
桜吹雪が美しく舞い散る中。
王都の中庭に、上空の空中要塞から一人の男が転送魔術で降り立った。
帝国の最高頭脳にして、狂気の天才魔導科学者・ゼノス所長である。
「……私の結界を破り、主砲までをも防ぐとはな。だが、いかなる未知のアーティファクトを使おうと、使い手が『出来損ない』である事実は変わらんぞ、アディ」
ゼノスは冷酷な目でアディを睨みつけながら、自らの両腕に装着した『超高出力・対人殲滅魔導ガントレット』を起動させた。ギュイィィン!という危険な魔力駆動音が中庭に響き渡る。
「ゼ、ゼノス所長……!」
アディは無意識に後退りし、肩を震わせた。
かつて帝国最強の騎士として戦いながらも、魔力回路の異常を理由に研究室へ送られ、実験動物のような扱いを受けた過去。毎日浴びせられた「お前はゴミだ」「魔力回路が歪んだ、ただの出来損ないだ」という言葉の呪縛が、アディの心を氷のように冷たく縛り上げていく。
(体が……動かない。結界が解けて魔力は戻ったはずなのに、この男を前にすると、自分の中の魔力が凍りついて……)
アディは歯を食いしばるが、手足は恐怖で鉛のように重かった。
「フン、所詮は不良品のガラクタか。死ね、アディ!!」
ゼノスがガントレットから、必殺の圧縮魔力弾を放とうとした、その時。
珠子がスッと、アディの前に立ち塞がった。
「珠子! よせ、お前では……!」
「アディちゃん」
珠子はアディの方を振り向き、これ以上ないほど優しい、すべてを包み込むような笑顔を向けた。
「あのね、アディちゃんは『出来損ない』なんかじゃないよ。過去に誰に何を言われたとしても、アディちゃんの価値はそんな言葉で決まったりしない」
「……え?」
「そのままのアディちゃんで、完璧なの! 今の自分を全部許して、愛してあげて。アディちゃんは、宇宙の最高傑作なんだから!!」
――ドクンッ。
珠子の放った、究極の全肯定(絶対承認のアファメーション)。
その言葉がアディの鼓膜を震わせた瞬間、彼女の心臓の奥深くで、何かがパチンと弾ける音がした。
(私は……出来損ないじゃない。宇宙の、最高傑作……!?)
アディの脳裏を支配していた、冷たい研究室の記憶や、ゼノスの暴言の呪縛が、春の雪解けのように急速に溶けていく。
アディの「魔力回路の異常」とは、物理的な欠陥などではなく、自らを「出来損ないだ」と信じ込まされたことによる『精神的なメンタルブロック(枷)』に過ぎなかったのだ。
珠子の無条件の愛(全肯定)によって、その枷が完全に外れた瞬間。
ゴォォォォォォォォッ!!!!
アディの全身から、かつて帝国最強と呼ばれていた全盛期すらも遥かに凌駕する、白銀の魔力の奔流が爆発的に吹き上がった。
あまりの魔力密度に周囲の空間が歪み、桜の花びらが竜巻のように舞い上がる。
「な、なんだこの魔力値は!? ガントレットの計測器が振り切れているだと!?」
ゼノスが驚愕して後ずさった。
「……不思議なものだな」
アディは、フリフリのエプロンを魔力風に揺らしながら、静かに、しかし圧倒的な威圧感と共に一歩前に出た。
「かつてはあれほど恐ろしかったお前の存在が、今の私には、ちっぽけな石ころのようにしか見えない。……私が本当に恐れていたのは、お前ではなく、『自分を否定する自分自身の心』だったのだな」
「ほ、ほざくな出来損ないめぇぇッ!!」
ゼノスが狂乱し、ガントレットの全魔力を込めた殲滅光線をアディに向けて放った。
しかし、アディはそれを見向きもせず、ただ指先を軽く振った。
――パキンッ!
それだけで、帝国の粋を集めた殲滅光線は空中で真っ二つに裂け、霧散した。さらにアディの放った不可視の魔力刃が、ゼノスの両腕のガントレットだけを正確に粉砕した。
「あ、ああっ……私の、私の最高傑作の魔導具が……ッ!!」
ゼノスはその場に膝から崩れ落ちた。
絶対的な自信を持っていた己の科学が、辺境に捨てた「出来損ない」の圧倒的な力の前に、完全に敗北したのだ。
「ば、馬鹿な……私の科学は、私の理論は……間違っていたというのか……」
ゼノスは地に手をつき、ポロポロと絶望の涙を流し始めた。
その時である。
完全に心を折られ、生きる希望すら失いかけていたゼノスの目の前に、スッと何かが差し出された。
「おじさん、大丈夫?」
「……な、なんだ貴様は……」
見上げると、そこには珠子が、現世の雑貨屋(百均レベル)で買ったと思われる、謎の『花柄の瀬戸物の壺』を両手で掲げて立っていた。
壺の表面には、現世の文房具屋で売っているような「開運」「大吉」と書かれた金色のシールがペタペタと貼られている。
「心が弱ってる時はね、悪い気が入り込みやすくなってるんだよ。でも安心して! これは私が特別に宇宙のエネルギーをチャージした『運気が劇的に上がる奇跡の壺』なの!」
「き、奇跡の……壺……?」
「そう! これを玄関の東側に置いて毎日『ありがとう』って話しかけるだけで、科学のインスピレーションがバンバン降りてくるし、部下からの人望も上がるし、毎日ハッピーになれるんだよ! 今なら特別価格、金貨五百枚でいいよ!」
(……出た)
背後で見ていたアディは、完全に白目を剥いた。
(精神が崩壊し、すがるものを失った人間に、原価が銅貨三枚にも満たないガラクタを、法外な値段で売りつける究極の悪徳霊感商法……!)
しかし、今のゼノスは完全に『スピ子のカモ』として出来上がっていた。
プライドを打ち砕かれ、心の隙間が限界まで広がっていた彼の目に、珠子の壺は、世界で唯一の『救い』として輝いて見えたのだ。
「か……科学のインスピレーションが……降りてくる……」
ゼノスは震える手で、懐から帝国の研究資金である金貨の袋(金貨五百枚入り)を取り出し、珠子に差し出した。
「か、買う……! 私に、その壺を売ってくれ……!!」
「毎度ありー! おじさん、これからは数字やデータばっかり見てないで、自分の直感を大切にするんだよ!」
「おおお……なんて温かい壺だ……。私の中に、良い気が、良い気が満ちてくる……!!」
帝国の最高頭脳であるゼノスは、百均の壺を我が子のように大切に胸に抱きしめ、ボロボロと感動の涙を流しながら、転送魔術で空中要塞へと逃げ帰っていった。
その後、帝国の研究所に「毎朝、壺に向かって感謝の祈りを捧げる謎の時間が追加された」という噂が流れるが、それはまた別の話である。
「よしっ! なんか臨時収入が入っちゃった! これでサロンの新しいアロマディフューザー買おっと!」
珠子は金貨の袋をチャリンチャリンと鳴らしてご機嫌だ。
アディは、完全に魔導兵器を無力化し、あまつさえ敵の総司令官から大金を巻き上げた珠子の恐るべき「商魂」に、もはや尊敬の念すら抱き始めていた。
(……この女にかかれば、帝国の科学すらも『ただのネガティブな思い込み』に過ぎない。この世界はもう、完全に彼女の手の中にあるのだな……)
帝国との因縁を、開運の壺で華麗に(?)清算したスピ子とアディ。
しかし、世界の危機はこれで終わったわけではなかった。
空を覆っていた帝国の要塞が撤退したその直後、王都の地下から、真の絶望が産声を上げようとしていたのである。




