第26話 空中要塞襲来と裸足のアーシング~電磁波には地球と繋がるのが一番!~
邪教団の魔神召喚の儀式が「騒音苦情」としてクリスタルボウルで粉砕されてから数日後。
王都の空は、突如として絶望の影に覆い尽くされた。
「な、なんだあれは……!」
「空が……黒い鋼鉄の塊に塞がれていくぞ!」
白昼堂々、太陽の光を遮って王都の上空に現れたのは、巨大な岩盤と無数の歯車、そして魔力炉心を搭載した規格外の怪物――神聖帝国の最新鋭『超弩級・空中魔導要塞』であった。
その圧倒的な威容に、王都の市民たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
要塞のメインブリッジ。
冷たい金属の床にブーツの音を響かせ、一人の男が眼下の王都を見下ろしていた。
帝国の最高頭脳にして、狂気の天才魔導科学者・ゼノス。
かつてアディの魔力回路を「出来損ない」と断定し、辺境の森へと捨て去った元上司である。
「フハハハッ! 見ろ、野蛮な魔法に頼る旧時代の者どもが、アリのように右往左往しているぞ」
ゼノスは白衣を翻し、ブリッジの操作盤に手を置いた。
「ルークスからの報告によれば、あのアディ・フォン・ローゼンバーグがこの街で生き延び、未知の超技術アーティファクトを隠し持っているとのことだったが……。手荒いが、まとめて回収させてもらおう。メインエンジン、出力最大。王都全域に『絶対魔力遮断結界』を展開しろ!」
ゼノスの号令と共に、要塞の下部からドーム状の青白いパルス波が放たれ、王都全体をすっぽりと包み込んだ。
その瞬間、王都中で異変が起きた。
「ひぃっ!? 炎の魔法が出ない!」
「魔導具の灯りが消えたぞ! マナが……大気中のマナが、完全に消滅している……!?」
宮廷魔導師たちが次々と膝をつき、パニックに陥る。
帝国の科学の粋を集めたその結界は、空間の魔力を完全に遮断し、いかなる高位魔術師であってもただの無力な人間に変えてしまう『魔法殺し』の絶対領域だった。
* * *
『コスミック・ワン 王都本店』のサロン内でも、その影響は如実に現れていた。
「……っ!!」
アディは突然の魔力喪失による激しい眩暈に襲われ、カウンターに手をついた。
体内の魔力が封じ込められ、呼吸すら苦しい。
そこへ、要塞の拡声魔術によって、ゼノスの冷酷な声が王都中に響き渡った。
『――聞こえるか、アディ。出来損ないのガラクタめ。私が直々に迎えに来てやったぞ』
「ゼノス……所長……!!」
アディの全身から血の気が引いた。
冷たい研究所のベッド、絶望的な人体実験、そして「ゴミ」として捨てられた過去のトラウマが、フラッシュバックして彼女の心臓を鷲掴みにする。
『お前が隠し持っている未知のアーティファクトと、大聖女とやらを差し出せば、命だけは助けてやろう。だが抵抗するなら、魔法を封じられたこの街ごと、要塞の主砲で灰に変えるまでだ!』
「お、終わりだ……。魔法が使えなければ、この国はおろか、教皇猊下ですらあの要塞には手も足も出ない……。私が、私がいるせいで、この街が……っ!」
アディが絶望に打ちひしがれ、その場に崩れ落ちそうになった、その時である。
「うわぁ~、なんか急に外が暗くなったと思ったら、空気がすっごくピリピリする! 肩も重いし、これ絶対に『電磁波』だ!!」
奥の部屋から、珠子がしかめっ面をしながら出てきた。
「た、珠子……逃げろ、あれは帝国の……」
「ダメダメ! こんなに強力な電磁波スモッグを浴び続けたら、自律神経が乱れて夜も眠れなくなっちゃうよ! 5Gどころの騒ぎじゃないよこれ!」
王都を滅亡の危機に陥れている究極の魔法遮断結界を、珠子は「ルーターの近くにずっといる時に感じる嫌なアレ」と同列に処理していた。
「こういう時は、体に溜まった静電気(邪気)を外に逃がさないと! アディちゃん、ちょっとお庭行くよ!」
「えっ? お、おい、引っ張るな……!」
珠子は抵抗するアディの手を引き、サロンの裏にある広々とした中庭(土の地面)へと出た。
空を見上げれば、絶望的な大きさの空中要塞が不気味な青い光を放っている。しかし珠子は全く動じることなく、なんとその場で履いていたスニーカーと靴下を脱ぎ捨てたのだ。
「た、珠子!? こんな時に何を……」
「『アーシング(グラウンディング)』だよ! 靴を脱いで、直接地球(土)に触れるの! そうすれば、体に溜まった悪い電磁波が足の裏から地面に抜けていって、代わりに地球の純粋なエネルギーが体に入ってくるんだから!」
珠子はニコニコしながら、裸足でペタッと中庭の土の上に立った。
「ん~! 土が冷たくて気持ちいい! アディちゃんも深呼吸して、地球と一つになる(ワンネス)イメージだよ!」
――次の瞬間。
ドクンッ!! と。
アディの足元で、いや、王都の大地そのものが、巨大な心臓のように脈打った。
(な……なんだ、この足元から湧き上がってくる、途方もない力は……!?)
アディの魔導眼が、信じられない光景を捉えていた。
大地の奥深く――星の中心を流れる巨大な魔力の脈流。
珠子が裸足で土に触れたその一点を起点として、星そのものが持つ『無限の自然マナ』が、竜巻のように巻き上がり、珠子の身体を通して上空へと逆流し始めたのだ。
帝国の『絶対魔力遮断結界』は、あくまで「人間が大気中から練り上げる魔力」を封じるものだ。
だが、珠子が行っているのは魔法ではない。
ただの『地球との接続』である。星そのものの圧倒的な生命エネルギー(マイナスイオン)を、足の裏からダイレクトに吸い上げ、空に向かって放出しているだけなのだ。
「いくよー! 地球のエネルギー、大放出っ!!」
珠子が両手を空に向かって突き上げた。
ズゴォォォォォォォォンッ!!!!
珠子の足元から、直径数十メートルにも及ぶ黄金の光の柱(超極大の自然マナの奔流)が、空を覆う結界に向かって一直線に撃ち放たれた。
* * *
「な、なんだ!? 王都の中心から、規格外のエネルギー反応が上昇してくるぞ!」
空中要塞のブリッジで、観測員が悲鳴を上げた。
「馬鹿な! 我が結界内で魔法が使えるはずが――」
ゼノスがモニターを見た瞬間、彼の科学的常識は木端微塵に打ち砕かれた。
パリィィィィィィンッ!!!!
王都を覆っていた『絶対魔力遮断結界』が、下から突き上げられた黄金の光の柱の圧倒的な質量に耐えきれず、限界点を突破。まるで薄いガラスのように、空中で粉々に砕け散ったのだ。
そればかりか、結界を破った光の余波が要塞の魔力炉心に干渉し、ブリッジの計器類が次々と火花を吹いてショートし始めた。
「警報! 警報! メインエンジン、謎の光属性マナの過負荷により出力低下! 要塞の高度が維持できません!」
「あり得ん……! 星の核から直接マナを引き上げただと!? あの女、歩く星核炉心か何かか!?」
ゼノスは顔を歪め、コンソールに爪を立てた。
* * *
「ふぅ~、スッキリした! やっぱりアーシングは最高だね!」
中庭で裸足のまま伸びをする珠子。
結界が破壊されたことで、アディの体内にも本来の強靭な魔力が戻ってきていた。
(……この女、ついに『靴を脱ぐだけ』で、帝国の最高軍事機密である魔法封じの結界を過負荷で吹き飛ばしおった……)
アディは震える手で、中庭の土を見つめた。
珠子の足跡が残るその土からは、まだ微かに、神聖な黄金のマナが湯気のように立ち上っている。
「あっ、でも空に浮かんでるあのドローンみたいなやつ、まだちょっとピリピリする電波出してるかも。なんとかしないとね!」
珠子はのんきに空の要塞を指さした。
帝国の天才科学者ゼノスと、スピリチュアル女子・珠子の、常識を賭けた戦い(ギャグ)は、まだ始まったばかりである。




