第24話 王都2号店オープンと狂信の番犬~アロマスプレーは対教会の最終兵器!?~
神聖エリュシオン王国の首都。
数百年にわたる「魔王の呪縛」から解放され、ムキムキの超健康体となって宮殿の庭を駆け回る国王の姿は、瞬く間に王都中の噂となった。
その奇跡を起こしたのが、辺境からやってきた『大聖女・珠子』であるという事実と共に。
「大聖女様! 我が王家の命を救っていただいた恩、いかほど積んでも返しきれませぬ! どうか、この王都の一等地に立つ洋館を、新たなサロンとしてお使いください!」
「あと、運営資金として金貨十万枚を王室の金庫から手配いたしましたわ!」
国王と王女ルミナの全面的なバックアップを受け、珠子は王都の中央通り――貴族や大商人が行き交う最高級エリアに、巨大な三階建ての物件を無料で手に入れてしまった。
「わぁーい! すっごい広い! やっぱり、引き寄せの法則を信じて行動すれば、宇宙はちゃんと一番良いタイミングでご褒美をくれるんだね!」
珠子は新しい店舗のホールでくるくると回り、大はしゃぎしている。
一方、フリフリのエプロン姿のアディは、カウンターに積み上げられた『金貨十万枚(国家予算レベル)』の山を見て、完全に感情が死んだ目をしていた。
(……王家の財の半分が、この小娘の『マッサージ代』として支払われた。もはやこのサロンは、実質的に国家の財務を支配しているも同然だ。もうどうにでもなれ……)
アディは悟りを開いた顔で、大人しくハーブティーを淹れ始めた。
かくして、『異世界スピリチュアル・サロン:コスミック・ワン 王都本店』は、華々しくオープンの準備を進めることとなった。
だが、この状況を面白く思わない者たちが、王都の暗部に存在していた。
* * *
聖教会の総本山、大聖堂の地下会議室。
そこでは、教会の既得権益を牛耳る恰幅の良い枢機卿たちが、顔を真っ赤にしてテーブルを叩いていた。
「ええい、忌々しい! どこから湧いたか分からん小娘が、王の呪いを解いただと!? 『奇跡』は我ら聖教会だけが独占し、管理すべきもの! これを放置すれば、我々の権威は地に落ちるぞ!」
「その通りだ! 今すぐ異端審問局を動かし、あの偽聖女を捕らえて火あぶりにせよ! 王城の警備など、教会の暗殺部隊を使えば容易く突破できよう!」
腐敗した枢機卿たちが、珠子の暗殺計画で盛り上がっていた、その時である。
――ガチャリ。
重厚な扉が開き、一人の男が静かに会議室へと入ってきた。
黒衣の法衣に身を包んだ、異端審問局筆頭・クラウスである。
「おお、クラウス! 良いところへ来た。貴様に命じる、今すぐ王都にのさばる偽聖女のサロンを襲撃し――」
「おやおや、皆様。そんなに眉間にシワを寄せて、大声を出してはいけません。空間にネガティブな波動(邪気)が充満してしまいますよ」
「……は?」
枢機卿たちはポカンと口を開けた。
冷血無比、泣く子も黙る教会の猟犬として恐れられていたクラウスの顔に、春の陽だまりのような、薄気味悪いほど穏やかな微笑みが浮かんでいたからだ。
「ク、クラウス? 貴様、何を言っている……? それに、なんだその手にある妙な筒は」
クラウスの手には、珠子から「お土産」として渡された、透明なプラスチック製のスプレーボトルが握られていた。
「これですか? これは珠子様から賜った、愛と光のアーティファクト。空気が重い時に『シュッ』とひと吹きするだけで、空間がクリアに浄化される素晴らしい神具です」
クラウスの目が、ギラリと狂信の光を帯びた。
「皆様の心には、権力欲と嫉妬という名の『カルマ』がこびりついています。インナーチャイルドが泣いていますよ。さあ、深呼吸をして、宇宙の愛を受け入れてください」
「き、狂ったかクラウス! ええい、衛兵! この男を捕らえ――」
「シュッ、シュッ!!」
クラウスは一切の躊躇なく、スプレーボトルのトリガーを引いた。
微細な霧となって噴射されたのは、珠子が心を込めて作った『ありがとう水(神代のエリクサー)』と、『ラベンダー&セージのアロマオイル』の混合液。
それが、密閉された地下会議室の空気に混ざり合った瞬間。
凄まじい高濃度の『神聖浄化マナ』が、物理的な衝撃波となって枢機卿たちの顔面を直撃した。
「グワアアアアアッ!?」
枢機卿たちは顔を押さえ、床を転げ回った。
(浄化される……! 我々の体内に蓄積した、数十年の賄賂と陰謀の穢れが、強制的に洗い流されていく……!!)
彼らの脳内に、天使のラッパの音が鳴り響いた。そして、広大で美しいお花畑のビジョンと、無償の愛を注いでくれる光の存在(珠子のイメージ)が直接流れ込んでくる。
数十秒後。
霧が晴れた会議室の床には、号泣しながら祈りを捧げる枢機卿たちの姿があった。
「おお……なんという温かさだ……。私は今まで、なんてくだらない石ころ(権力)にしがみついていたのだ……!」
「すべては一つ(ワンネス)……。教会の財産など、ちっぽけなエゴの塊に過ぎない。そうだ、すべて大聖女様のサロンに寄付しよう……!」
「明日からは、スラム街で炊き出しを行います……愛と平和……!」
聖教会の最高幹部たちは、完全に毒を抜かれ、全員が悟りを開いた聖者のような顔になっていた。
「素晴らしい。皆様のオーラが、見違えるように綺麗になりましたよ」
クラウスは満足げに頷き、スプレーボトルを懐にしまった。
「珠子様を害そうとするネガティブな存在は、この『番犬』がすべて、愛と光の波動でデトックスして差し上げましょう。フフフ……ハハハハハッ!!」
かつての冷血な異端審問官は、世界で最も恐ろしい『スピリチュアル過激派』として完全に覚醒していた。
教会の暗部は、この日を境に「毎日アロマの香りが漂い、神官たちが笑顔で募金活動に励む」という、不気味なほどのホワイト機関へと変貌を遂げたのである。
* * *
数日後。
『コスミック・ワン 王都本店』の開店日。
「はーい、王都の皆さんも、宇宙のエネルギーと繋がってハッピーになりましょうねー!」
珠子がリボンを切ると共に、店の前に並んでいた貴族や市民から大歓声が上がった。
そこへ、教会の紋章を掲げた巨大な馬車が何台も連なって到着した。
中から降りてきたのは、柔和な笑顔を浮かべた枢機卿たちと、その後ろで満足げに頷くクラウスだった。
「大聖女様! 我ら聖教会、これまでの非礼を深くお詫び申し上げます! どうか、教会の資産の半分を、サロンの運営と、世界を愛で満たすための活動にお使いください!」
枢機卿たちが、またしても莫大な金塊や魔石の箱を、サロンのホールへと次々に運び込んでいく。
「わぁっ! 教会のおじさんたちも、すっごく良いオーラになったね! 寄付ありがとう! サロンのポイントカード作っておくね!」
珠子は満面の笑みで金塊を受け取っている。
一方の受付カウンター。
積み上がる国家予算(王室)と、教会の全財産の半分を前に、アディは静かに、ただ静かに、床に膝をついた。
(……王家すら凌駕する権力を持つ聖教会が、一滴の血も流さず、ただ『良い香りのする水(超極大精神浄化兵器)』を吹きかけられただけで、完全降伏して財布を差し出してきた……。もうダメだ。この国は……いや、この世界は、完全にこの小娘の『スピリチュアル(事象書き換え)』の支配下に入ってしまった……)
かつて帝国に捨てられたアディは、今やこの世界で最も安全で、最も裕福で、そして最も「常識が崩壊した」空間の受付係として生きる運命を受け入れたのだった。




