第23話 奇跡のヨガポーズ~王家の呪いは単なるデスクワークの代償!?~
神聖エリュシオン王国の首都、王城の最奥。
国を統べる王の寝所は、およそ一国の主が眠る場所とは思えないほど、重く淀んだ死の空気に包まれていた。
「……ダメだ。教皇猊下の特級浄化魔法をもってしても、呪いの進行を遅らせることすらできん……」
「数百年前に魔王が王家の血脈に刻み込んだ『絶対硬直の呪詛』。ついに、現国王陛下の代で完全に発動してしまったか……」
王のベッドを囲む数十人の宮廷魔導師や高位神官たちが、絶望に顔を歪めて首を横に振っている。
豪奢な天蓋付きベッドの上に横たわる国王は、肌が石のように灰色に変色し、呼吸をしているのかすら分からないほど全身がカチコチに硬直していた。もはや指一本動かすこともできず、ただゆっくりと死を待つだけの状態である。
「お父様……ッ!!」
そこへ、寝室の重厚な扉を開け放ち、王女ルミナが駆け込んできた。
その後ろには、大きなリュックを背負った能天気な少女・珠子と、フリフリのエプロン姿のアディが続いている。(※神獣シリウスは「王城が壊れる」という理由で、中庭で待機中である)
「ル、ルミナ殿下!? おお、ご無事で……しかし、そのお肌のツヤと、溢れんばかりの膨大な魔力は一体……!?」
驚く宮廷魔導師たちを無視し、ルミナはベッドにすがりついた。
「お父様、どうかご安心を! 世界を救う本物の大聖女様をお連れいたしました! 珠子様、どうか、父を……!」
「うんうん、任せて!」
珠子はズカズカとベッドに近づき、石のように固まった国王の体をペタペタと触り始めた。
「無礼者ッ! どこの馬の骨とも分からん小娘が、陛下のお体に気安く触れるな!」
「下がれ! 我々ですら解呪不可能な、魔王の特級呪詛だぞ! 素人が触れれば呪いが伝染るわ!」
神官たちが怒鳴り声を上げるが、アディがスッと前に出て、彼らの前に立ち塞がった。
「……悪いことは言わん、黙って見ていろ。お前たちの常識が音を立てて崩れ去る瞬間をな」
かつての帝国最強の騎士から放たれる凄まじいプレッシャー(と、妙に似合っているエプロン姿のギャップ)に、神官たちは思わず後ずさる。
そんな周囲の騒ぎなど全く気にも留めず、珠子は国王の身体をポンポンと叩いて診断を下した。
「うわー、おじさん、背中が丸まってガチガチじゃん! それに、みぞおちの辺りの『第3チャクラ(マニプーラ)』が完全に閉じちゃってるよ! これ、完全に『デスクワークによる猫背と運動不足』が原因だね!」
「「「……は?」」」
宮廷魔導師と神官たちの声が見事にハモった。
「デスク……わーく……?」
「そう! 王様って、毎日ずーっと玉座に座りっぱなしでしょ? しかも難しい書類ばっかり見てるから、無意識に呼吸が浅くなって、背骨にストレス(邪気)が溜まりまくってたんだよ。魔王の呪いとかじゃなくて、ただの職業病!」
国家を揺るがす数百年の呪殺術式が、珠子の手によって突如「座り仕事の代償」へと強制格下げされた瞬間である。
「ふざけるな! 陛下の御体を蝕むのは、間違いなく魔王の――」
「よし! それじゃあおじさん、ちょっと痛いかもしれないけど、固まった筋肉とチャクラをほぐしていくからね! ルミナちゃん、ちょっと手伝って!」
「は、はいっ!」
珠子はルミナと共に、石のように硬直した国王の腕を引っ張り、無理やりベッドから引きずり下ろして床にうつ伏せに寝かせた。
「な、何をする気だ貴様ァッ!!」
神官たちが悲鳴を上げるが、珠子の「治療」は止まらない。
「はい、まずは呼吸を整えてー。息を吸いながら、両手で床を押して、上半身をゆっくり反らせます! 胸を開いて、宇宙のエネルギーを第3チャクラに取り込むイメージで! いくよ、えいっ!」
珠子は国王の背中に膝を当て、その両腕を掴んでグイッと背骨を反らせた。
ヨガの基本ポーズ、『コブラのポーズ(ブジャンガアーサナ)』の強制実行である。
――バキバキバキバキッ!!!!
王城の寝室に、人間の体から鳴ってはいけないレベルの、凄まじい骨の鳴る音が響き渡った。
「ひぃぃぃぃっ!? へ、陛下ァァァァッ!!」
「背骨が折れたぞぉぉぉっ! 衛兵! この小娘を今すぐ捕らえろォォッ!!」
魔導師たちがパニックになり、アディでさえも「やりすぎたか!?」と青ざめた、その直後だった。
「おおおおおお……ッ!?」
床にうつ伏せになっていた国王の口から、数ヶ月ぶりに野太い声が漏れた。
そして、彼の灰色に硬直していた肌に、みるみるうちに赤みが差し始めたのだ。
「ああっ!? 陛下の体表に張り巡らされていた、魔王の呪詛の術式が……砕け散っていく……!?」
魔導師の一人が、目玉が飛び出んばかりに驚愕して叫んだ。
アディの魔力感知眼にも、そのあり得ない光景がハッキリと映っていた。
(……背骨。人体の魔力経路の最大幹線である大動脈を、物理的な外力によって強制的に正しい位置へと整復しただと……!? その結果、魔力回路に詰まっていた呪いの術式が、膨大なマナの奔流に耐えきれず、物理的に内側から粉砕された……!!)
アディは震える手で額を押さえた。
(ただの奇妙な柔軟体操ではない。これは、肉体と星幽体を完全にリンクさせ、因果律ごと対象の構造を書き換える、神話級の『超高位・肉体再構築魔術』……!!)
「はい、次は『下向きの犬のポーズ(ダウンドッグ)』ね! お尻を高く上げて、背中と足の裏をしっかり伸ばしてー! 大地としっかり繋がるんだよ!」
「ぬおおおおおっ!! な、なんという痛気持ちよさだ……!!」
先ほどまで死にかけていた国王が、自らの意志で四つん這いになり、珠子の指導通りにプリッと見事なポーズを決めている。
そのたびに、彼の体から赤黒い呪いの残滓がパキパキと音を立てて剥がれ落ちていく。
「よし、これで完璧! 背骨の歪みも取れて、チャクラが全開になったよ!」
珠子が手を叩くと、国王はゆっくりと立ち上がった。
その姿に、寝室にいた全員が息を呑んだ。
灰色の石のように萎びていた老王は、いまや二十代の屈強な戦士のように筋骨隆々となり、はち切れんばかりの生命力と、王室特有の莫大な光属性魔力を全身から迸らせていたのだ。
「おお……おおおおおっ!!」
国王は自分の両手を強く握り込み、天を仰いで感涙にむせんだ。
「体が……羽のように軽い!! 息が吸える、血が巡っている! 我が一族を数百年にわたり苦しめてきた呪いの重圧が、微塵も感じられぬ!!」
「お父様ぁぁぁっ!!」
ルミナが泣きながら国王の胸に飛び込む。国王は力強く娘を抱きしめた。
「凄まじい……教会の最高戦力すら手も足も出なかった魔王の呪いを、ただ体を反らせるだけで……!」
「神だ……本物の神の御業だ……!!」
宮廷魔導師と神官たちは、手のひらを返したように床にひれ伏し、珠子に向かって一斉に拝み始めた。
「うんうん! やっぱりヨガは万能だね! おじさん、これからは毎日玉座から立って、一時間に一回はストレッチしないとダメだよ!」
珠子はどこまでもマイペースに、一国の王に向かって健康アドバイスを送っている。
「大聖女様!! この御恩、我がエリュシオン王家の命に代えても報いさせていただきます!!」
完全に健康体を取り戻し、テンションが限界突破した国王は、バァァァン!と寝室の窓を蹴り開けた。
「余は……余は今、無性に走りたい気分だァァァァッ!!」
国王はパジャマ姿のまま、宮殿の広大な中庭へと飛び出し、ムキムキの体で全力疾走を始めた。その後ろを、巨大な神獣シリウスが「遊んでくれるのか?」とばかりに楽しそうに追いかけ回している。
「あはは! おじさん、すっごく元気になったね!」
珠子が窓辺でケラケラと笑う横で。
アディは、王家すらも完全に「スピリチュアル信者」へと堕とした珠子の恐るべき洗脳能力に、ただただ胃薬の存在を天に祈るしかなかった。
ここに、聖王国の最高権力すらも、珠子の手のひら(とヨガのポーズ)の上で完全に制圧されたのである。




