第22話 王都への旅は神獣特急で!~盗賊も魔物もハッピー農家へジョブチェンジ~
『異世界スピリチュアル・サロン:コスミック・ワン』は、「オーナーの出張のため数日お休みします」というポップを玄関に掲げ、静寂に包まれていた。
「王都へは、辺境伯様が手配してくださった一番速い急行馬車を使っても、通常は三週間ほどかかります。父上の体力が持つかどうか……」
王女ルミナが、不安げに空を見上げた。
エプソムソルト(マグネシウム)の経皮吸収によって王家の呪いから完全に解放され、ツヤツヤの美肌と膨大な魔力を取り戻した彼女だが、王都の宮殿で寝たきりになっている国王の身を案じる気持ちは消えない。
「ええっ!? 三週間!? そんなに移動に時間かけてたら、サロンの売上が落ちちゃうよ!」
大きなリュックを背負った珠子が、ポンと手を打った。
「よーし、こういう時は『コスミック特急』の出番だね! シリウスー! ちょっとお出かけするよー!」
『ニャァァァン!!(承知した!)』
珠子の呼びかけに応え、サロンの奥から看板猫のシリウスが現れた。
次の瞬間、ボフンッ!という音と共に、シリウスの体が凄まじい勢いで膨張し始めた。普段は体長二メートル(圧縮モード)で過ごしている彼だが、本来の神話級神獣としての姿――体長五メートルを超える、巨大な『銀雪の破壊獣』の真の姿を現したのだ。
「ひぃぃぃっ!?」
ルミナが悲鳴を上げて腰を抜かした。
「し、神獣が……家より大きくなりましたわ!? やはりこれは伝説の災厄……!」
「大丈夫大丈夫! すっごく背中が広くてモフモフだから、乗り心地は最高だよ! さあ、アディちゃんもルミナちゃんも乗って乗って!」
珠子はシリウスのふかふかの尻尾を足場にして、スルスルと巨大な背中によじ登った。
アディは深い、深い溜息を吐いた。
(……神聖帝国の教本には、『銀雪の破壊獣と遭遇した場合、国家の総力を挙げて迎撃するか、国を捨てて逃げろ』と記されているのだがな。それを、ちょっと遠出するための『乗り物』扱いするとは……)
もはやツッコミを入れる気力すらないアディは、腰を抜かしているルミナの首根っこを掴み、ヒョイとシリウスの背中へ飛び乗った。
「よしっ、全員乗ったね! それじゃあシリウス、王都に向かってレッツゴー!」
『グルァァァァァァッ!!』
シリウスが雄叫びを上げ、大地を蹴った。
ドゴォォォンッ!!という爆音と共に、巨大な神獣の体が弾丸のように空へ向かって跳躍する。
「きゃあああああっ!?」
凄まじい加速にルミナが悲鳴を上げるが、すぐに奇妙なことに気がついた。
(あれ……? これほどの速度で走っているのに、全く風の抵抗を感じない……? それに、揺れも馬車より遥かに少なくて、お尻が全然痛くありませんわ!)
「ふふーん! シリウスの毛皮は極上のクッションだし、なんか透明なバリアみたいなのが張られてるから、快適な空の旅が楽しめるんだよ!」
珠子が風に髪をなびかせることもなく、リュックから取り出したサンドイッチをモシャモシャと頬張っている。
アディの魔導眼には、シリウスの周囲に展開されている『超高密度・物理&魔力絶対反射結界』がハッキリと見えていた。通常、山を一つ吹き飛ばすほどの魔力障壁を、この神獣は「背中のご主人様(珠子)の髪型が崩れないようにする」というだけの理由で常時展開しているのだ。
「あ、見て! 下に人がいっぱいいる!」
珠子が下界を指さした。
王都へ続く街道の途中の荒野。そこには、旅人を襲うために待ち伏せしていた、数十人規模の凶悪な盗賊団『黒狼の牙』が陣取っていた。
彼らは空から凄まじい速度で接近してくる巨大な影に気づき、慌てて武器を構えた。
「な、なんだあのバカでかい魔物は!?」
「空から降ってくるぞ! おい、弓を引け! 魔法使い、迎撃呪文の準備だ!」
盗賊たちが殺気を放ち、一斉にシリウスに向かって攻撃を仕掛けようとした、その瞬間。
「こんにちはー! お仕事お疲れ様でーす! 愛と感謝の波動を送るねー!」
上空を通過するシリウスの背中から、珠子が満面の笑みで大きく手を振った。
――カッ!!!!
シリウスの神獣としての圧倒的な神聖オーラと、珠子の放つ『無自覚な究極のポジティブ波動』が混ざり合い、目に見えるほどの黄金の光の津波となって、下界の盗賊団へと降り注いだ。
「うおおおっ!? 目が、目がァァァ……!?」
盗賊たちが悲鳴を上げて目を押さえた。
しかし、彼らに訪れたのは肉体的な苦痛ではなかった。
脳内に直接、宇宙の愛と光、大自然の営みの美しさ、そして「生きとし生けるものが手を取り合うワンネスの精神」が、超高圧縮された情報量として叩き込まれたのだ。
「……あ、あれ?」
光が収まった後、盗賊の首領は握りしめていた血まみれの蛮刀を、ポロリと地面に落とした。
「俺は……なんでこんな、人を傷つけるような鉄の棒を持っているんだ……? そんなことより、土だ。土を耕したい……」
「お頭……俺もです。なんだか急に、トマトが育てたくなりました」
「俺は、荒野を小麦畑に変えたい……! 母ちゃん、俺、立派な農家になるよ……っ!」
盗賊たちは次々と武器を投げ捨て、ボロボロと大粒の涙を流しながら、荒野の土を素手で掘り起こし始めた。どこからともなくクワやスキを取り出し、完全に「ハッピー農家」へとジョブチェンジを果たしてしまったのである。
シリウスの背中からその光景を見ていたアディは、完全に白目を剥いていた。
(……広域精神汚染。通りすがりに手を振っただけで、数十人の凶悪犯の自我を根本から書き換え、善良な農民へと再構築しただと……!? もはや歩く……いや、空飛ぶ戦略級洗脳兵器ではないか!!)
その後も、道中に現れた凶悪なワイバーンの群れや、森の主である巨大なトレントなどが現れるたびに、珠子が「わー! おっきい鳥さんだー!」と手を振るだけで、魔物たちは空中でピタリと静止し、「愛、平和……」と悟りを開いた顔で道を譲っていった。
「す、凄すぎます……。この国の治安と生態系が、珠子様が通り過ぎるだけで完全に書き換えられていきますわ……!」
ルミナは畏敬の念に震え、完全に珠子を「歩く神」として崇拝する目になっていた。
「いやー、やっぱり旅行っていいよね! 知らない人と波動を交換できるし!」
珠子はのんきに笑いながら、三週間かかるはずだった王都への道のりを、わずか半日で走破してしまった。
夕暮れ時。
堅牢な城壁に囲まれた、神聖エリュシオン王国の首都。
その巨大な正門の前に、体長五メートルの神話の化け物がドスンと降り立った時、王都の門番たちが泡を吹いて気絶したのは言うまでもない。




