第21話 エプソムソルトの奇跡~経皮吸収で王家の呪いをデトックス!~
『異世界スピリチュアル・サロン:コスミック・ワン』のホールにて、国家の根幹を揺るがす重大な秘密が明かされていた。
「私と、父である国王陛下は、数百年前に魔王から受けた『血の呪詛』により、命の危機に瀕しているのです……!」
神聖エリュシオン王国の第一王女、ルミナ・フォン・エリュシオン。
彼女の悲痛な告白に対し、珠子は腕を組んで深く頷き、そしてとんでもない診断を下した。
「あー、それね! 完全に『マグネシウム不足』だよ!!」
「……まぐね……しうむ……?」
ルミナはポカンと口を開け、アディは盛大に天を仰いだ。
「そう! 足がつりやすかったり、まぶたがピクピクしたり、慢性的な疲労感が抜けないのは、典型的なミネラル不足! 特にマグネシウムが足りてないサインだよ!」
珠子は現世の健康番組で得た知識をフル回転させて熱弁を振るう。
「呪いとかネガティブな気を受けると、体の中のミネラルってどんどん消費されちゃうの。マグネシウムが足りなくなると、筋肉がこわばって血流も悪くなるし、エネルギーも作れなくなるから、そりゃあ体もダルくなるよね!」
「み、みねらる……? それが、魔王の呪いの正体だというのですか……!?」
「まあ細かいことは気にしないで! とにかく、そういう時はサプリで飲むより、お風呂に入れて皮膚から直接取り込む『経皮吸収』が一番効率がいいんだから! ルミナちゃん、ちょっとお風呂場に行こう!」
珠子はルミナの腕を引っ張り、サロンの奥にある豪奢な浴室へと連行していった。
残されたアディは、嫌な予感しかしない胃をさすりながらその後を追う。
浴室には、サロンの風水リフォームの際に珠子が引き寄せた、真っ白な大理石のバスタブが鎮座していた。すでにたっぷりとお湯が張られ、湯気が立ち込めている。
「よーし、ここでとっておきのデトックス・アイテムの出番だね!」
珠子はリュックの中から、現世のネット通販で大量買いしておいた、無地の巨大なビニール袋を取り出した。中には、真っ白な塩のような結晶がたっぷりと詰まっている。
「これは『エプソムソルト(硫酸マグネシウム)』! 名前にソルトってついてるけど塩じゃなくて、純粋なマグネシウムの結晶なの。これをたっぷりお湯に溶かすと、体の芯から温まって、汗と一緒に悪いもの(呪い)がぜーんぶ外に出ていくんだから!」
珠子はドバドバと、惜しげもなくエプソムソルトをお湯の中に投入し、かき混ぜ始めた。
その瞬間、ただの温水だったはずのお湯が、微かに青白い神聖な光を帯び始めた。
(……出た。まただ)
脱衣所でそれを見ていたアディは、壁に手をついて震え上がった。
(あの真っ白な結晶……。触れた瞬間に空間の魔力濃度を跳ね上げる、純度一〇〇パーセントの『抗魔導霊力結晶』ではないか……! それを、煮えたぎる湯の中に限界まで飽和溶解させるだと!?)
アディの高度な魔術知識が、珠子の「入浴剤」を恐るべき理論へと翻訳していく。
(対象の全身の毛穴を開かせ、表皮から直接、高濃度の解呪成分を魔力回路に叩き込む『経皮吸収』……! 血脈に深く刻まれた数百年の呪いすらも、浸透圧の違いで体外へ強制排出させる、伝説の『絶対解呪の霊泉』を、ただの風呂桶で作り出したというのか……!!)
「はい、準備オッケー! ルミナちゃん、服を脱いで肩までしっかり浸かってね! 二十分くらい入ると、汗がドバドバ出てスッキリするから!」
「は、はい……! 失礼いたします……!」
ルミナは緊張しながら衣服を脱ぎ、珠子に言われるがまま、青白く光るお湯の中へと身を沈めた。
「ああっ……!」
お湯に浸かった瞬間、ルミナの口から甘い吐息が漏れた。
熱すぎず、ぬるすぎない絶妙な温度。しかし、彼女の体内では劇的な変化が起きていた。
ルミナの真っ白な肌の奥深く――心臓から血管に沿って、赤黒い痣のような『魔王の呪縛』の術式が浮かび上がってきた。それは彼女が生まれた時から刻まれている、王族の命を削る死の紋章である。
しかし、エプソムソルトが溶け込んだお湯がその痣に触れた瞬間。
「ジュウゥゥゥゥ……ッ!!」
まるで熱した鉄板に氷を押し当てたかのように、強固な呪いの術式がボロボロと音を立てて崩壊し、お湯の中へと溶け出し始めたのだ。
「こ、これは……!? 私の体から、黒い泥のようなものが……!」
「あー、すっごい老廃物(呪い)が出てるね! いいよいいよ、そのまま毛穴から全部デトックスしちゃおう! マグネシウムがしっかり浸透して、細胞が喜んでる証拠だよ!」
珠子は浴室の椅子に座り、のんきに鼻歌を歌いながら湯かき棒でお湯を混ぜている。
二十分後。
「ふぅ~、お風呂上がりはやっぱりこれだよね!」
バスタオルを巻いて脱衣所に出てきたルミナに、珠子が冷えたガラス瓶を手渡した。中には、現世の銭湯の定番『フルーツ牛乳』が入っている。
「フルーツ……牛乳……?」
「腰に手を当てて、一気に飲むのが作法だよ!」
「こ、こうですわね……コクッ、コクッ……プハァッ!!」
ルミナは言われた通りに腰に手を当ててフルーツ牛乳を一気飲みし、至福の溜息を吐いた。
その瞬間、彼女の全身から、王城そのものを吹き飛ばしかねないほどの、圧倒的で清浄な魔力がドーム状に爆発した。
「な、なんだこの尋常ではない魔力は……!?」
アディが思わず防御態勢をとるが、その魔力に攻撃性はなく、ただただ温かく澄み切っていた。
ルミナ自身の姿も劇的に変化していた。
呪いによって青白く疲労していた顔色は、ほんのりと桜色に染まり、肌はゆで卵のようにツルツル、ピカピカに輝いている。パサついていた髪は天使の輪ができるほど潤い、何よりも彼女の瞳には、全盛期以上の生命力が満ち溢れていた。
「信じられません……。私の体を蝕んでいた魔王の呪いが、欠片すら残さず消え去りました……! それどころか、魔力が泉のように湧き上がってきます! お肌も、見たことがないほどツヤツヤに……!」
ルミナは鏡に映る自分の姿を見て、ボロボロと感動の涙を流した。
「エプソムソルトのおかげで血行が良くなって、お肌のターンオーバーが正常化したんだね! やっぱりミネラルは大事!」
珠子はウンウンと満足げに頷く。
ルミナはバスタオルのまま、珠子の前に深々とひざまずいた。
「珠子様……いえ、真の大聖女様!! あなた様は、この世界の希望です! どうか、どうかお願いです! 王都へいらしてください! そして、ベッドから一歩も動けなくなっている私の父、国王陛下をお救いください!!」
「えっ、王都!? 王都って、すごく大きくて賑やかな街だよね!?」
珠子の目が、キラーンとドル袋の形になった。
「もちろん、王家の権威にかけて、最高の厚遇をお約束いたします! 報酬も、王室の金庫からいくらでも……!」
「行く行く! 絶対行く! 王都にサロンの二号店を出す大チャンスじゃん! 引き寄せの法則、キタコレ!!」
珠子はガッツポーズをして飛び跳ねた。
かくして、辺境の街の小さなサロンは、王族からの公式な招待状を受け取ることとなった。
アディは胃薬代わりのハーブティーを飲み干し、国家の最高権力の中枢すらもトンデモ・スピリチュアルで蹂躙しに行くという、恐ろしい未来に腹を括るのだった。




