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第2話 ダウジングは神聖なる導き?~超魔導兵器(五円玉)が示す道~

「……異常だ。どうなっているんだ、私の身体は」


深い森に朝日が差し込む中、銀色の甲冑を身に纏った騎士アディは、自身の両手を見つめて戦慄していた。


あれほど彼女の命を確実に蝕んでいた赤黒い呪いは、完全に消滅している。そればかりか、彼女の体内を巡る魔力回路マナ・サーキットは、以前よりも遥かに太く、強靭に拡張されていたのだ。

神聖帝国において「出来損ない」と蔑まれた彼女の魔力許容量が、一晩にして帝国最強の魔導騎士すら凌駕するレベルにまで跳ね上がっている。


(あの時、あの女が私に飲ませた液体……『あ・り・が・と・う』という未知の多重付与術式を施したエリクサー。あれが私の魔力回路を強制的に再構築したとでもいうのか……?)


アディはちらりと視線を横に向けた。

そこには、奇妙なリュックサックを背負い、両手を広げて太陽を直視するという正気の沙汰とは思えないポーズをとっている女、寿珠子――通称、スピ子がいた。


「ん~っ! 今日も太陽のエネルギーがビンビンにチャージされてる! これでお肌もツヤツヤ、波動も最高潮だね!」

「……おい、珠子。お前、さっきから何をしている。なぜ無防備に太陽を直視しているのだ。視神経が焼かれるぞ」

「えっ? アディちゃん知らないの? これはサンゲイジングって言ってね、太陽のエネルギーを直接チャクラに取り込む最高のアセンション行動なんだよ! 太陽の精霊さんと繋がれるの!」


(たいようの……せいれい、だと……?)


アディは息を呑んだ。

精霊信仰はこの世界の基盤の一つだが、中でも「太陽の精霊」は最上位の高次存在であり、並の魔導師では交信することすら不可能とされる。それをこの女は、ただ太陽を見つめるというノーモーションの行動だけで成し遂げているというのか。

事実、アディの目から見ても、現在の珠子の全身からは暴力的なまでの純粋な光属性マナが立ち昇っていた。


「……お前は、恐ろしい女だな。それほどの力を持っていながら、なぜ呪文一つ唱えようとしない」

「呪文? あー、マントラのこと? たまに『オーム……』とか唱えるけど、今日は面倒くさいからいいや!」

「マ、マントラ……? (また未知の古代語か……!)」


アディの論理的思考回路は、すでに限界を迎えつつあった。

この女の行動はすべてが科学の常識を逸脱している。だが、結果として超常的な現象を引き起こしている以上、彼女が「規格外の超魔導師」であることは疑いようがなかった。


「よし、チャージ完了! それじゃあアディちゃん、早速この森を抜けて街に行こうよ! 私、早くサロンを開きたいんだ!」

「……分かった。だが、私は追われる身だ。帝国……いや、私の故郷には知られたくない事情がある。これからは私のことは『流れの傭兵アディ』として扱ってくれ。お前は私を雇った、ただの商人だ。いいな?」

「うんうん、お忍びだね! ワクワクする! 任せて!」


珠子は呑気にサムズアップをした。

かくして、出来損ないの元エリート騎士と、現世からやってきたスピリチュアル女子の奇妙な珍道中が始まったのである。


* * *


二人は鬱蒼とした森の中を歩き続けた。

この森が周辺諸国から「死の樹海」と呼ばれている魔境であることをアディは知っていたが、なぜか魔獣が一匹も襲ってこない。

それもそのはずである。珠子が昨晩、無自覚に「セージ」と「粗塩」で展開した神聖防壁の余波が、彼女の身体に強力な消臭・魔除けのパッシブスキルとして定着しており、低級の魔獣たちは彼女の波動オーラを感じただけで泡を吹いて気絶していたのだ。


だが、問題が発生した。

数時間歩いたところで、道が完全に三つに分かれていたのである。


「困ったな……」

アディは周囲の地形を確認しながら舌打ちをした。

「私はこの辺りの地理に疎い。太陽の位置から方角は分かるが、どの道が最寄りの街へ続いているのか……。地形探査の魔術を使うか? いや、魔力波を出せば追手に感知される危険が……」


アディが論理的なリスク計算を行っている横で、珠子は「あ、そっか! こういう時は……」とリュックをごそごそと漁り始めた。

そして取り出したのは、一本の紐の先に、見慣れない金色の硬貨(五円玉)がくくりつけられた奇妙な道具だった。


「なんだ、それは? まさか、また超魔導遺物アーティファクトか!?」

「え? ううん、ただの五円玉だよ! でもね、ご縁があるっていう縁起のいい硬貨なの。これでダウジングすれば、私のハイヤーセルフ(高次元の自分)が正しい道を教えてくれるんだよ!」


言うが早いか、珠子は五円玉をぶら下げた紐の端をつまみ、三又の道の前に立った。

そして、目を閉じてぶつぶつと呟き始めた。


「ハイヤーセルフさん、ハイヤーセルフさん……私たちが無事に街にたどり着く道は、どれですか?」


すると、珠子の指先は微動だにしていないにもかかわらず、ぶら下がっていた五円玉が、ふわりと持ち上がり、一番右の道をピタリと指し示したのだ。


「おっ、右だって! やっぱり私の直感通り! 行こ、アディちゃん!」

「ちょ、待て……! お前、今何をした!?」


アディは珠子の腕を掴み、その五円玉を凝視した。

「紐の先にある金属を、大地の地磁気と魔力脈レイラインに同調させ、無意識下で術者の魔力とリンクさせることで、目的地の空間座標を完全に割り出したというのか……!? これほどの高度な探知魔術を、詠唱もなしに、こんな安っぽい……いや、未知の金属片一つでやってのけるだと!?」

「えっ? ただペンデュラムが揺れただけだよ? 潜在意識の働きだね!」

「センザイイシキ……!? 己の意識すら魔術の触媒にするというのか……お前は、本当に人間なのか……?」


アディの額から冷や汗が滝のように流れていた。

この女を一人にしてはいけない。もし他国に渡れば、世界のパワーバランスが一瞬で崩壊する。アディのその決意は、もはや確信に変わっていた。


「さあさあ、ポジティブな波動を出して歩こう! きっと素敵な街が待ってるよ!」


珠子の足取りは軽い。

そして、その「五円玉ダウジング」が示した道は、奇跡的なまでに魔獣の生息域を避け、最短距離で国境の街へと続く完璧なルートであった。


* * *


森を抜けると、巨大な城壁に囲まれた街が見えてきた。

聖王国領、辺境都市リーゼン。

神聖帝国とは対立関係にある、聖女信仰と祈りを重んじる国の玄関口である。


「よし、着いたね! すっごく活気がありそうな街!」

珠子は目を輝かせた。

アディは持っていたマントを深く被り、銀の甲冑を隠すようにして周囲を警戒する。


「珠子、いいか。ここは聖王国の領地だ。私のような素性の知れない流れ者は怪しまれる。入国の審査では、お前が主導権を握れ。……だが、絶対に妙な真似はするなよ」

「分かってるって! 笑顔と感謝、これが人間関係の基本だからね!」


二人が城門の検問所に向かうと、槍を持った門番の兵士が怪訝な顔で近づいてきた。

「止まれ。見ない顔だな。特にそっちの女、その奇妙な服は何だ?」


珠子が着ているのは、現世のOLが休日に着るような量産型のワンピースである。この世界から見れば、見たこともない特殊な布地ポリエステルにしか見えない。


アディが(しまった、服のことを忘れていた)と冷や汗をかいた瞬間。


「こんにちは! お仕事お疲れ様です! これ、ほんの気持ちですけど、よかったらどうぞ! 塩分補給にぴったりですよ!」

珠子は満面の笑みで、リュックから『粗塩』を取り出し、門番の手にポンと乗せた。


「なんだこの白い粉は……って、うおっ!?」


門番がその粗塩に触れた瞬間、彼の身体を覆っていた日々の疲労という名の微弱な邪気が、パァァン!という弾けるような音と共に一瞬で浄化された。

肩こりは消え去り、視界はクリアになり、全身に活力がみなぎってくる。


「な、なんだこれは……!? 触れただけで、身体の不調が消し飛んだぞ!? まさか、聖女様の精製した『特級聖塩』か!?」

「ふふっ、浄化の波動をたっぷり込めてますからね! それじゃあ、通ってもいいですか?」

「は、はいっ! どうぞお通りください、聖女様……!」


門番たちは深々と頭を下げ、珠子とアディのために道を開けた。


「……珠子。お前、今度は国境警備隊にまで精神操作の魔術をかけたのか……?」

「違う違う、ただの粗塩だってば! ほら、アディちゃんも波動を高くして!」


呆然とするアディの手を引きながら、珠子はウキウキとした足取りで辺境都市リーゼンの門をくぐった。


「よし、決めた! 私、この街で『異世界スピリチュアル・サロン』をオープンする! みんなのチャクラを開いて、ハッピーな波動で満たしてあげるんだから!」


現世で散々搾取されたスピリチュアル女子は、異世界でそのポンコツ知識を大爆発させる準備を、着々と整えつつあった。

その横で、凄腕の元エリート騎士は、これからの苦労を思って深く、深く胃を押さえていた。

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