第3話 宿屋の親父とレイキヒーリング~その波動、特級治癒魔法につき~
聖王国領、辺境都市リーゼン。
活気あふれる市場を抜け、珠子とアディの二人は、まずは当面の拠点となる宿を探していた。
「うーん……異世界の街ってすっごくテンション上がるけど、私たち、あんまりお金ないんだよね」
「ああっ。私が森で倒れていた時に持っていた路銀しかない。帝国からの追跡を避けるため、目立つ身なりは処分してきたからな」
珠子の財布は現世から持ち込んだ日本円とクレジットカード(もちろん使えない)のみ。実質的な所持金は、アディが持っていた銀貨数枚だけである。
「引き寄せの法則でどうにかなると思うけど、とりあえず安くて波動の良さそうな宿を探そっと! あっ、あそこなんかどう?」
珠子が指さしたのは、大通りから一本路地に入ったところにある『木漏れ日亭』という、少し年季の入った木造の宿屋だった。
建物は古いが、入り口には綺麗に花が飾られており、珠子いわく「すごく愛のエネルギーを感じる」とのことだった。
カラン、とベルを鳴らして中に入ると、恰幅のいい中年の店主がカウンターの奥から出てきた。
かつては屈強な冒険者だったと思わせる丸太のような腕をしているが、なぜか「イタタタ……」と顔をしかめ、不自然なほど前かがみの姿勢で歩いてくる。
「いらっしゃい……。見ない顔だな。宿泊かい?」
「はい! 二人なんですけど、一番安いお部屋って空いてますか?」
「ああ、空いてるぜ。一泊、銀貨一枚と銅貨五枚だ。朝と夜のまかない飯もつくぜ。……イテテッ」
店主が宿帳を出そうとした瞬間、ビキッという嫌な音がして、彼はその場にうずくまってしまった。
「ちょ、大丈夫ですか!?」
珠子が慌てて駆け寄る。
「ああ、悪いな……。昔、迷宮でロックゴーレムに腰を思いっきりぶち砕かれてな。教会の神官様に治癒魔法をかけてもらったんだが、どうにも芯の部分の『呪い』が抜けきってねえらしくてよ。寒くなると、こうして激痛が走るんだ……」
店主は脂汗を流しながら自嘲気味に笑った。
「神官様の魔法は高いからな、俺みたいな平民には何度も頼めねえ。薬草を煮詰めた湿布で誤魔化してるが……もう、そろそろ限界かもしれねえな」
アディが横から店主の腰のあたりを鋭い目つきで観察する。
(……間違いない。ただの後遺症ではない。ゴーレムが放つ特有の『土属性の魔力残滓』が、神経に絡みついて石化を進行させている。教会の治癒魔法は表面の肉を治しただけで、魔力の根源までは届いていなかったか)
アディの論理的見解では、これはもう手遅れだった。魔力による神経の石化は、一度定着すれば帝国の魔導技術でも切断を余儀なくされる難病である。
「アディちゃん! おじさんの腰のあたり、すごくオーラが淀んでるよ! 第2チャクラが完全にブロックされて、ネガティブな波動が溜まりに溜まってる!」
「いや、珠子。それはオーラなどというフワッとしたものではない。土属性の呪いによる石化の――」
「おじさん、ちょっとうつ伏せになって! 私が『波動当て』してあげるから!」
「は、はどう……? なんだいそりゃあ」
戸惑う店主をベッドにうつ伏せにさせると、珠子は「ふぅーっ」と深呼吸をした。
そして、自分の両手を胸の前で勢いよく擦り合わせ始めた。
シュッシュッシュッシュッ!
「宇宙の無限のエネルギーよ……私のハイヤーセルフと繋がり、愛と癒やしの光をこの手にもたらしたまえ……!」
(なっ……!?)
アディは息を呑んだ。
珠子が手を擦り合わせるたびに、周囲の空間から莫大な量の光属性マナが彼女の手のひらに恐ろしい密度で収束していくのが見えたのだ。
「え、ええと……嬢ちゃん? なんか、あんたの手がピカピカ光ってるように見えるんだが……気のせいか?」
「気じゃないよ、レイキ(霊気)だよ! 手のひらから宇宙の愛の波動が出てるの! いくよー、えいっ!」
珠子は、光り輝く両手を、店主の腰にペタンと押し当てた。
――カッ!!!!
「ウオオオオオオオッ!?」
店主がベッドから飛び跳ねるほどの絶叫を上げた。
珠子の手から放たれた極太の『レイキ(という名の特級神聖魔法)』が、店主の腰に絡みついていた土属性の魔力残滓を、文字通り一瞬で塵一つ残さず浄化し尽くしたのだ。
そればかりか、長年の労働で擦り減っていた軟骨すらも完全再生させ、全身の血流を二十代の頃のピーク状態にまで若返らせてしまった。
「ど、どうだ……? 俺の、腰は……」
店主は恐る恐るベッドから降り、腰を回してみる。
痛くない。それどころか、羽が生えたように身体が軽い。
「はっ! ふっ! とぉっ!!」
店主はその場でバク転を三回連続でキメてみせた。
「おおおぉぉぉっ!! 動く! 動くぞ!! 痛みが欠片もねえ!! なんだ嬢ちゃん、あんた高位の神官様だったのか!?」
「ちがうよー、おじさんの波動が整っただけで、治ったのはおじさんの自己治癒力のおかげなんだからね!」
珠子がのんきに笑う横で、アディは頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
(直接魔力注入……。術式の構築も、魔法陣の触媒も一切なしで、己の肉体を大気中のマナの通過点とし、対象の病巣に直接『純粋魔力』を流し込んで物理的にバグを上書きしたというのか……。そんな力技、一歩間違えれば術者も対象者も魔力暴走で爆死するぞ……。お前はどれだけデタラメな出力回路を持っているんだ……!)
アディの胃がキリキリと痛み始める。
しかし、そんなアディの苦悩をよそに、大号泣する店主が珠子の手を強く握りしめた。
「嬢ちゃん、いや、聖女様! あんたは俺の命の恩人だ! 俺はガンツっていうんだが、あんたたちがこの街にいる間、宿代もメシ代も一切いらねえ!! ずっとタダで泊まってくれ!!」
「えっ、本当!? やったー! やっぱり引き寄せの法則って実在するんだ! 宇宙さん、ありがとう!!」
珠子は万歳をして大喜びした。
「でも、ただで泊めてもらうのは悪いから、毎日ガンツさんの肩と腰に『波動当て』してあげるね! 肩こりもスッキリするよ!」
「ありがてえっ! 嬢ちゃんのその『はどう』とやらがあれば、俺は生涯現役で働けるぜ!」
こうして、珠子とアディの二人は、気前のいい宿屋の親父ガンツの厚意により、衣食住の心配を完全にクリアしたのである。
「よし、アディちゃん! ここを拠点にして、この街のスピリチュアル・サロンを開業しよう! まずは宿の一角を借りて、出張サロンからスタートだね!」
「…………ああ。お前が世界を滅ぼさないように、私がしっかり見張らせてもらう」
アディは疲労困憊の顔で頷いた。
この『木漏れ日亭』の片隅で始まった、奇妙な二人組による胡散臭いヒーリングが、やがて国中を巻き込む大騒動に発展していくことを、二人はまだ知らない。




