第15話 第一章完結:サロン『コスミック・ワン』正式オープン!~世界最強のパワースポットへようこそ~
自警団が『鉄甲暴走猪』の群れを負傷者ゼロ、お守りの石が数個割れただけという歴史的歴史的大勝利で退けた日の翌朝。
街の外れに佇む洋館の周囲は、まだ夜が明けきらぬ時間から、信じられないほどの熱気に包まれていた。
「おい、押すな! 俺は昨日の夕方から並んでるんだぞ!」
「自警団のルーク隊長から聞いたんだ! ここにいる大聖女様は、どんな致命傷でも一瞬でなかったことにする神のお守りを授けてくださるって!」
「俺は商業ギルドの回し者だ! ギルド長を二十歳も若返らせたという伝説の聖水を、何としても買い取るのだ!」
押し寄せる群衆の数は、数百、数千、いや、万の単位に達しようとしていた。辺境都市始まって以来の大パニック。もはや一介のサロンの開店を祝う列ではなく、神の降臨を待つ狂信者たちの巡礼のようであった。
そんな狂乱のパレードが外で繰り広げられているとは露知らず、洋館の内側では、珠子が最後の仕上げにと、受付カウンターに可愛らしい手書きのポップを並べていた。
「よしっ! 『初回限定・チャクラ解放体験コース:銅貨一枚』! ポップのデザインも現世のカフェっぽくポップにして、バッチリだね!」
珠子は太陽のような満面の笑みを浮かべ、満足げに腰に手を当てた。
彼女が立つ受付の隣には、黒い布地に白いフリルがこれでもかとあしらわれた『カフェ風エプロン(※アディの闘気と魔力を100%遮断する絶対隠蔽衣類)』に身を包んだアディが、疲れ切った顔で受付名簿を広げていた。
「……珠子。お前のその、どこから湧き出てくるのか分からない根拠のない自信には毎度恐れ入るが、外の状況を少しは見たらどうだ? すでに街の冒険者ギルドと商業ギルドのトップ、さらには領主である辺境伯の代理人からまで『コスミック・ワンを街の最重要特区に指定する』という公式書簡が届いているぞ。お前がどれだけ『ただの街のサロンだよ~』と言い張っても、周囲はここを教会の総本山と同等……いや、それ以上の『最高級聖域』と見なしている」
「えー? アディちゃん、朝から頭が硬いよ! ここはただの、みんなが日々の疲れを癒やして、ちょっとだけハッピーになるためのスピリチュアル空間。そんな大層な名前で呼んだら、お客様が緊張してリラックスできなくなっちゃうじゃん。ほら、深呼吸して! 宇宙の愛を感じてごらん?」
「お前の存在そのものが、私の脳内に一番のネガティブな大混乱をもたらしているんだが……」
アディがキリキリと痛む胃を摩りながらため息をついた、まさにその瞬間。時計の針が開店時刻である午前九時を回った。
「はーい、皆さんお待たせしました! 『異世界スピリチュアル・サロン:コスミック・ワン』、本日より正式にグランドオープンでーす!!」
珠子がホールの大きな両開き扉をバァンと開け放った。
その瞬間、押し寄せていた群衆から、地鳴りのような大歓声が巻き起こる。
「おおおおおおっ! ついに扉が開いたぞ!!」
「大聖女様ーーっ! 俺の淀んだチャクラとやらを救ってください!!」
熱狂する客たちが、我先にと洋館の中へと足を踏み入れる。
――そして、その一歩を跨いだ瞬間、ホールの空間全体がシン……と静まり返り、かすかに黄金色の光が自発光した。
「お、おお……なんだこれは……!?」
「一歩入っただけで、体が……軽い!? 長年の冷え性と、古傷の関節痛が綺麗に消えたぞ……!?」
入ってきた商人や冒険者たちが、次々とその場にへたり込み、自分の体を触りながらボロボロと涙を流し始めた。
洋館の中に満ちているのは、現世の百円ショップで珠子が大量に仕入れてきたアロマオイル(ラベンダー&ティーツリー)の清潔な香りなのだが、この世界の住人の鼻腔を通った瞬間、それは脳の松果体を直接刺激して、体内の魔力回路に溜まったゴミを物理的に洗い流す「神の至高の息吹」へと変換されていた。
「はーい、まずはウェルカムドリンクの『ありがとう水』をどうぞー! まずは体の中からしっかりデトックスして、良いエネルギーを受け入れる準備をしましょうね!」
珠子は、今朝も心を込めて「ありがとう」を千回唱えて作った、なみなみと輝く透明な水をコップに注いで客たちに手渡していく。
「う、美味すぎる……! 水なのに、喉を通った瞬間に五臓六腑が歓喜の歌を歌っているようだ!!」
「これが伝説に聞く神代のエリクサー……! 飲むだけで体内の魔力総量が引き上げられていく感覚がわかるぞ!!」
客たちはコップを両手で神聖に掲げ、まるで聖水の儀式を行うかのように、一滴すら無駄にせぬよう丁寧に飲み干していく。アディはその光景を遠い目で見つめながら、受付名簿に淡々と名前を記入していた。もはや彼女の騎士としての常識の辞表は、心の中で完全に受理され、粉砕され、虚空へと消え去っていた。
(……終わった。完全にこのリーゼンの街の生態系は、この女の手によって書き換えられた。一歩入るだけで致命傷すら自動修復が始まり、お茶代わりに国家予算レベルのエリクサーが配られるサロン。もしここに邪悪な魔王軍が十万の兵を率いて攻めてこようものなら、玄関のマットを踏んだ瞬間に悪意のカルマを強制消滅させられて、全員が従順な子羊のようにデトックスされ、涙を流して畑を耕し始めるだろうな……)
「アディちゃん、はいこれ! 昨日から一番問い合わせが多かった『耳つぼ調律マッサージ』の予約札ね! ベッドの方に案内してあげて!」
「あ、ああ……。ええと、耳つぼマッサージをご希望のお客様は、こちらの白銀のベッドへどうぞ。順次、当店のオーナーが宇宙の波動を流しますので……」
かつて帝国最強と恐れられた魔導騎士は、今やフリフリのエプロンを揺らしながら、最先端の神聖魔術(と周囲が勝手に勘違いしている耳もみ)の受付係兼案内人として、完璧なホスピタリティを発揮していた。
サロン『コスミック・ワン』の正式オープン初日は、リーゼンの街の歴史に永遠に刻まれるレベルの奇跡(大パニック)の連続だった。
車椅子で運ばれてきた老富豪が「ありがとう水」を飲んだ瞬間に立ち上がってステップを踏み始め、呪いによって片目の視力を失っていた凄腕の暗殺者が、珠子の「ちょっと目の周りのオーラが暗いね~」という手かざし(レイキ)によって視力を完全に取り戻し、大号泣しながら更生を誓って去っていった。
あまりの効能の凄まじさに、街中の犯罪率がその日だけ完全にゼロになり、全ギルドの負傷者が一瞬で絶滅するという、世界の医療と治安のパワーバランスを根本から崩壊させる大盛況のうちに、夜の営業終了時刻を迎えた。
――夜。
完全に客が引き、静まり返った洋館のホール。
カウンターの上に山と積まれた金貨と銀貨、さらには感謝の印として置いていかれた珍しい魔石や美術品を前に、珠子はマグカップを片手にふぅ、と息をついた。中に入っているのは、現世のインスタントココアである。
「ふぅ~、今日も良い引き寄せがたくさんできたなぁ! やっぱり、まずは自分から目の前の人たちをハッピーに(ギブ)すると、それが巡り巡って、自分にも何倍もの大きな豊かさ(テイク)として返ってくるんだよね。これが宇宙の『豊かさの循環の法則』だよ!」
『ニャァァァン(全くその通りだ)』
受付の横で、高級なツナ缶(現世産)をこれでもかと平らげたシリウスが、満足げに喉をゴロゴロと鳴らしていた。その巨体が震えるたびに、ホールに溜まった微弱なホコリが光の粒子となって消滅していく。
「……そうだな。お前が世界をハッピー(物理的因果改変)にするたびに、私の平穏な隠居生活という名のハッピーは、遥か彼方の銀河の向こうへと遠ざかっていくがね」
アディはハーブティーをすすりながら、ようやく少し落ち着いた自分の胃を優しくさすった。
しかし、文句を言いつつも、アディの表情はどこか穏やかだった。
帝国を追われ、世界の全てに絶望して森で死にかけていた自分に、あの怪しいペットボトルの水を無理やり飲ませて救ってくれたのが、この風変わりな少女だ。彼女のハチャメチャな行動の根底には、常に「目の前の人を笑顔にしたい」という、狂気的なまでの純粋な善意しかないことを、アディは誰よりもよく知っていた。
何はともあれ、自分たちはこの辺境の街で、完璧な「安全」と「居場所」、そして絶対に飢えることのない莫大な富を手に入れたのだ。
「アディちゃん、第一章は大成功だね! 明日からもこの調子で、もっとたくさんの人のチャクラを開いて、世界全体の波動をアゲアゲにしちゃうぞー!」
「……ああ。お前がこの世界を文字通り『アセンション(次元上昇)』させて、次元の彼方へ消滅させないように、私はどこまでも付き合ってやるさ。それが、私の新しい『騎士の使命』というやつだ」
珠子はココアを飲み干し、夜空に浮かぶ二つの満月を見上げて微笑んだ。
「宇宙さん、今日も最高のイチニチをありがとう!」
こうして、スピリチュアル女子・珠子の異世界転移ストーリー・第一章【出張サロンと最悪の事故物件編】は、文字通りの大団円を迎えて幕を閉じた。
しかし、彼女たちが無自覚に撒き散らした「奇跡の大聖女」というあまりにも高すぎる波動(噂)は、リーゼンの街の壁を越え、聖王国の中心――権威と陰謀が渦巻く、教会の本山へと届こうとしていた。
次なる舞台は、聖王国の既得権益を守るために派遣される、冷酷無比な「異端審問官」。
珠子のトンデモ・スピリチュアル無双は、国家の宗教権威すらも巻き込み、さらなる爆笑と混乱の第二章へと突入していくのだった!
(第一章・完/第二章へ続く)




