第12話 お引っ越しは風水レイアウトで!~神獣の引っ越し業者と幻の霊木~
数百年にわたり人々を恐怖に陥れていた「特級の事故物件」は、珠子のアメジストとセージの煙によって、チリ一つないピカピカの洋館へと生まれ変わっていた。
「うーん、素晴らしい! 空気がとっても澄んでる! これなら最高のサロンが作れそう!」
珠子は広いホールの真ん中で、くるくると回りながら歓声を上げた。
一方のアディは、壁に寄りかかって深くため息をついていた。
「……綺麗になったのはいいが、中はもぬけの殻だぞ。お前、家具を揃える資金は残っているのか?」
「大丈夫、辺境伯様からもらった謝礼がまだたっぷりあるからね! それに、メインの施術ベッドはガンツさんの宿に置いてあるでしょ? あれを運んでくれば、すぐにでも営業開始できるよ!」
珠子はリュックから、見慣れない丸い道具を取り出した。
方位磁針に、複雑な漢字や模様がびっしりと書き込まれた『風水盤』である。
「まずはレイアウトを決めなきゃ! 風水は環境のエネルギーを整える基本中の基本だからね!」
珠子は風水盤を手に、ホールのあちこちを歩き回り始めた。
「えーっと、入り口から見て右奥の『財方』には、金運を上げるアイテムを置きたいな。黄色いカーテンと、丸い葉っぱの観葉植物! そして南の『火の気』の方角には……あ、ここにシリウスの定位置を作ろう! あのモフモフは最高の陽エネルギーの塊だから!」
アディは目を細めた。
(また未知の魔導具か……。だが、あの盤が示しているのは間違いなくこの土地の魔力脈の起伏だ。あの女、無造作に家具の配置を決めているように見えて、実はこの洋館全体を一つの巨大な『魔力増幅魔法陣』として再構築しようとしているのか……!?)
アディの論理的解釈によれば、珠子の風水レイアウトは「マナの滞留を防ぎ、常に新鮮な光属性マナを循環させる超高度な結界構築」であった。
「よし、配置は決まった! アディちゃん、宿に戻ってシリウスとベッドを連れてこよう!」
「……連れてくるって、あの『幻の香木』のベッドをどうやって運ぶ気だ? 大人五人がかりでも持ち上がらないほど重いぞ。荷馬車を手配するか?」
「ううん、引っ越し業者にはもう心当たりがあるの!」
珠子はニカッと笑った。
* * *
一時間後。
辺境都市リーゼンの大通りは、騒然としていた。
「おい、見ろアレ……!」
「嘘だろ……神話の化け物が、荷物を背負って歩いてるぞ……」
街の人々が道を空け、ポカンと口を開けて見つめる先。
そこには、体長二メートル(圧縮モード)の巨大なサイベリアン風の神獣・シリウスが、背中に『白銀に輝く巨大な木製ベッド』をくくりつけられ、のっしのっしと歩いている姿があった。
「よしよし、いい子だねシリウス! その調子!」
『ニャン!(任せろ!)』
珠子が前を歩いて誘導し、その後ろをシリウスが誇らしげについていく。
その後方で、アディはマントで顔を隠し、死にそうな顔で俯いて歩いていた。
(……屈辱だ。神聖帝国の騎士団ですら恐れる『銀雪の破壊獣』を、ただの駄馬のように……いや、引っ越し業者としてコキ使っている……。しかも、背負っているのは国宝級の幻の霊木……。どんな罰当たりな光景だこれは……)
しかも、最悪なことに、シリウス(神獣)とベッド(特級キャットニップ兼マナの塊)が合わさることで、歩くたびに強烈な『浄化のオーラ』が周囲に撒き散らされていた。
シリウスが通り過ぎた後には、道端のゴミは消滅し、枯れかけていた街路樹は青々と葉を茂らせ、すれ違った腰痛持ちの老人は「おおっ、腰が治った!」とバク転をキメている。
「す、すげえ……大聖女様のお引っ越しだ!!」
「ありがたや、ありがたや……!」
道行く人々が、シリウスと珠子に向かって次々と手を合わせ始めた。
「わぁ、みんな手振ってくれてる! こんにちはー! 新しいサロンは街の外れの洋館でーす! よろしくねー!」
珠子はアイドルのように愛想よく手を振りながら、堂々と新居へのパレード(?)を完遂した。
* * *
洋館に到着すると、珠子の指示通りに家具が配置されていった。
ホールの中心、一番日当たりの良い南の方角に、幻の霊木ベッドがドスンと置かれる。
シリウスはさっそくそのベッドに飛び乗り、丸くなって『ゴロゴロ……』と巨大な喉を鳴らし始めた。
――カッ!!!!
その瞬間、洋館全体がまばゆい黄金色の光に包まれた。
珠子が施した『風水レイアウト(魔力増幅魔法陣)』と、シリウス&霊木ベッドの『特級聖域』が見事にリンクし、洋館のエネルギーが爆発的に跳ね上がったのだ。
「うわぁ~! すっごくいい気(波動)が満ちてる! これなら、一歩入っただけでお客様のチャクラが開いちゃうね!」
珠子は深呼吸をして大満足だ。
「……ああ。そうだな……」
アディは壁に手をつき、虚ろな声を出した。
(霊災害の跡地をベースに、神獣と霊木を核とした、永久機関型の超特級結界……。この洋館はもはや、聖教会の総本山すら足元にも及ばない、地上最強の『絶対防衛要塞』と化してしまった……)
たとえ帝国軍が十万の兵で攻めてこようと、この洋館に足を踏み入れた瞬間に、全員の敵意が浄化されて「愛と平和……」と呟きながら畑を耕し始めるだろう。
「よしっ! それじゃあアディちゃん、明日はいよいよプレオープンだよ! 街の人たちを呼んで、新しいメニューも試してもらおっと!」
「……プレオープン。私が、受付をやるのか?」
「もちろん! アディちゃんは制服ね! 現世から持ってきた『エプロン』があるから、それ着てね!」
「エ、エプロン……? 騎士である私に、そんなヒラヒラした布を……ッ!」
抗議の声を上げるアディだったが、珠子に満面の笑顔で押し切られる未来しか見えなかった。
かくして、地上最強の要塞と化した洋館で、トンデモ・スピリチュアル・サロンのプレオープンが幕を開けようとしていた。




