第86話 願い
光が集まりましたわ——静かにでございますの。眩しくはございませんでしたわ。ただ、明るうございましたの。
女神フィレーネでございましたわ。
白い衣でございますの——セバスチャンを見ておりましたわ。わたくしを見ましたの。
「……はじめまして、クラリッサさん。女神のフィレーネです」
わたくしは立ちましたわ——一礼しましたの。
「……フィレーネ様」
「魔王討伐を引き受けてくださり、ありがとうございます。お礼に、一つだけ願いを叶えさせてください」
わたくしは紅茶を一口飲みましたわ。
「セバスチャンを蘇生してくださいませ」
「ええ」
少し間がございましたわ。女神フィレーネが少し困った顔をしましたの。
「……何か、ご自分のためには?」
「紅茶は手元にございますわ」
女神フィレーネが少し笑いましたわ。「……そうですか」
光がございましたわ——セバスチャンの傍でございますの。静かな光でございますわ——広がりましたの——収まりましたわ。
セバスチャンが動きましたわ。
起き上がりましたの——周囲を見ましたわ。クーリエを見ましたの。ヴァルターを見ましたわ。わたくしを見ましたの。
「……どういうことだ?」
わたくしは紅茶を一口飲みましたわ。
長い間がございましたわ。
セバスチャンがわたくしを見ておりましたの。
「……そうか」
クーリエが小さく笑いましたわ——声を出さずにでございますの。ヴァルターが一礼しましたわ。
セバスチャンが立ち上がりましたの——周囲を見渡しましたわ。少し間がございましたの。
「……終わったか?」
「ええ」
また間がございましたわ。
「……どこへ行くんだ、これから」
「東に、まだ採っていない茶葉がございますわ」
「……そうか」
セバスチャンが背を向けましたわ——歩き始めましたの。
「達者でな」
振り返りませんでしたの——そのまま歩いておりますわ。荒野の中へでございますの。黒い鎧が遠くなりましたわ——小さくなりましたの——見えなくなりましたわ。
クーリエがわたくしを見ましたの。
「……どこへ行くんですかね?」
「さあ、どうでしょう」
風が吹きましたわ——草が揺れましたの。空が広うございますわ。
天界転生局
セラフィナは覗き石から目を離した。
しばらく、机の前に座っていた。石を置いた。
管理台帳を開いた。最後の欄だった——羽根筆を持った。印を押した。5本目だった。
業務日誌を開いた。新しい頁だった。羽根筆を持った。
「討伐完了。」
筆が止まった。続きが出なかった。
しばらくそのままだった。
扉が開いた。エリオだった。
「……どうしましたか」
「……書けません」
「何がですか?」
「……わかりません」
エリオが少し間を置いた。何も言わなかった。
しばらく経った。
セラフィナは羽根筆を持った。
「討伐完了。蘇生完了。均衡回復。以上をもって、本件は終了とする」
書き終えた。少し止まった。
余白があった。何も書かなかった。嘘もついていなかった。でも雲紙が湿っていた。
「ご感想は?」とエリオが言った。
少し間があった。
「……ありがとうございます」
「誰に言ってるんですか?」
「わかりません」
雲紙がまた少し湿った。
セラフィナは羽根筆を置いた。台帳を閉じた。
窓の外を見た——天界の空は白かった。地上の方角だった。何も見えなかった。




