第81話 限界
ポルトゥスを出ましたの。
東へでございますわ——石畳が砂利道に変わりましたの。空が広うございますわ。荷物が軽うございましたの——アルヴァニア・インペリアルの缶だけが重うございますわ。
2日ほど歩きましたわ。
村でございましたの。
街道沿いの小さな村でございますわ——水路がございましたの。畑の傍でございますわ。村人が何人か集まっておりましたの——水路の縁でございますわ。笑い声がしましたの。老いた男性と若い男性が並んで立っておりましたわ——肩が触れておりますの。
「……世界が動いていますわね」
「何かあったんですか?」とクーリエが言いましたわ。
「さあ、どうでしょう」
クーリエが村人の方を見ましたわ。前を向きましたの。「……水路の話、聞こえましたよ。長年揉めていたのが、急に解決したって」
「ええ」
「なんで急にですかね」
「さあ、どうでしょう」
クーリエが少し間を置きましたわ——ヴァルターを見ましたの。ヴァルターが前を向いておりましたわ。
次の村でも似たような話でございましたの。隣村と争っていたのが静かになったと、宿の主が言いましたわ——理由はわからないと。ただ静かになったと言いましたの。
道を歩き続けましたわ。
道中に茶葉がございましたわ。
街道の脇の丘でございますの——低い草の中に、小さな葉でございますわ。わたくしは立ち止まりましたの。
「これは?」とクーリエが言いましたわ。
「採っておきましょう」
少し採りましたの——乾いた香りでございますわ。名前のない茶葉でございますの。
宿でございましたわ。夕食が終わりましたの——クーリエが湯を持ってまいりましたわ。
「淹れてみます」
「ええ」
クーリエが淹れましたわ——少し真剣な顔でございますの。量を確かめておりましたわ——蒸らし時間も数えておりましたの。カップを渡してまいりましたわ。
「どうですか」
一口飲みましたの。
「悪くございませんわ」
クーリエが自分のカップを飲みましたわ。
「……なんか、草の匂いがしますね」
「ええ」
「悪くないですね」
「ええ」
ヴァルターがカップを両手で持ちましたわ——一口飲みましたの。それからもう一口でございましたわ。
3人で静かに飲みましたの——窓から夕暮れが見えておりますわ。
夜でございましたわ。
窓の外が静かでございますの——風の音でございますわ。遠くで犬の声がしましたの——それから静かになりましたわ。
クーリエがカップを持ったまま少し考えておりましたの。
「……最近、セバスチャンさんを見かけませんね」
ヴァルターが窓の外を見ておりましたの。「……静かですね」
「ええ」とわたくしは言いましたわ——一口飲みましたの。
クーリエがカップを置きましたわ。外を見ましたの——ヴァルターと同じ方角でございますわ。何も言いませんでしたの。
わたくしはもう一口飲みましたわ——茶が少し冷えておりますの。それでも飲みましたわ。
しばらく3人で黙っておりましたの——風の音だけでございますわ。
翌朝でございましたわ。
宿の扉を開けましたの。
黒い鎧でございましたわ。
宿の前でございますの——壁に背を預けておりますわ。腕を組んでおりましたの。空を見上げておりますわ。
「……また会いましたわね」
セバスチャンが少し間を置きましたわ。
「……ああ」
わたくしは扉を開けたままにしておりましたわ——中へでございますの。セバスチャンが少し間を置きましたの——入ってまいりましたわ。頭を少し下げましたの。
食堂でございましたの——クーリエとヴァルターがおりましたわ。
クーリエがセバスチャンを見ましたの——少し目を丸くしましたわ。何も言いませんでしたの。ヴァルターが小さく頷きましたわ。
わたくしは銀のティーポットを取り出しましたわ——湯がございますの。茶葉でございますわ——昨夜のものでございますの。
4人分淹れましたわ。
セバスチャンの前にカップを置きましたの。
セバスチャンがカップを見ましたわ——両手で持ちましたわ。一口飲みましたの。
黙っておりましたわ。
「……均衡が、もう持たない」
「存じておりますわ」
「私が直接動かなければならない場所が増えている。限界が近い」
「ええ」
カップをテーブルに置きましたわ——静かな音でございますの。長い間がございましたわ。
クーリエが何も言いませんでしたの——カップを両手で持ったままでございますわ。ヴァルターが前を向いておりましたの——動きませんでしたわ。
「……どうすればいいかわからん」
静かな声でございましたわ——低うございますの。
食堂が静かでございましたわ——外から鳥の声がしましたの。それも止みましたわ。
わたくしは一口飲みましたの。
「……そうでございますわね」
セバスチャンがカップを見ておりましたの——それからもう一口飲みましたわ。クーリエが窓の外を見ましたの。ヴァルターが少し息を吐きましたわ——静かにでございますの。
昼になりましたわ。夕方になりましたわ。
4人でございましたの——ずっと食堂でございますわ。誰も動きませんでしたの。湯を足しましたわ。茶を淹れ直しましたの。
夕暮れでございましたわ。
セバスチャンがわたくしを見ましたの。
「……今夜、泊まっていいか」
「ええ」




