第80話 ポルトゥス
ポルトゥスでございましたわ。
南の道から戻りましたの——石畳の音が戻ってまいりましたわ。荷車の音、露店の声でございますの。空気が変わりましたわ——乾いた南の風から、港の湿気へでございますの。
クーリエが少し深く息を吸いましたわ。
「戻ってきましたね」
「ええ」
セバスチャンが立ち止まりましたわ——4人の中で足が止まりましたの。
「ここで別れる」
「お疲れ様でございましたわ」
「……疲れてはいない」
「そうでございますわね」
セバスチャンがわたくしを見ましたの。
「……次は」
「また均衡が動いた時でございますわ」
「そうか」
セバスチャンが背を向けましたわ——歩き始めましたの。3人で見ておりましたわ——人の流れの中に入っていきましたの。黒い鎧が遠くなりましたわ。
「……また来てくれますかね」とクーリエが言いましたわ。
「均衡が動けば」
「それって来てくれるってことですか」
「ええ」
クーリエが少し考えましたわ——頷きましたの。
エドワルドが出迎えましたわ。
わたくしを見て、クーリエを見て、ヴァルターを見ましたの。
「今日は3名でいらっしゃいますか」
「ええ。お世話になりますわ」
廊下を通りましたの——中庭が見えましたわ。手入れの行き届いた中庭でございますの。変わっておりませんでしたわ。
執務室でございましたの。
マルクスが立ちましたわ。
「よくいらっしゃいました——南から戻られましたか」
「ええ」
「南が少し揺れていましたが、静かになりました。先週からです」
「そうでございますか」
マルクスが少し間を置きましたわ——わたくしを見ましたの。
「……また茶葉ですか」
「ええ」
マルクスが小さく笑いましたわ——椅子に座りましたの。
情報をお渡しいたしましたわ。
南の状況でございますの——宗教国家の街の様子、信徒の動き、地下聖堂の構造でございますわ。マルクスが聞きながら紙に書き込んでおりますの。羽根筆が動いておりましたわ。
一通り書き終えましたの——マルクスが羽根筆を置きましたわ。
「……あなたと話していると、世界が静かになっていく感じがします」
「そうでございますかしら」
「そう思います。ご自身では気づいていないんですか」
「紅茶が美味しゅうございますわ」
マルクスが少し間を置きましたわ——紙に目を落としましたの。
わたくしは荷物から小さな缶を取り出しましたの——テーブルの上に置きましたわ。
「こちらが、聖堂の茶葉でございますわ。神聖な泉の傍で育っておりましたの」
マルクスが手を止めましたわ——缶を見ましたの。手に取りましたわ。蓋を少し開けて、香りを確かめましたの。
「試させていただけますか」
「ちょうどそのつもりでございましたわ」
エドワルドが湯を用意いたしましたわ。
わたくしはティーポットを借りましたの——最深部の茶葉でございますわ。量を確かめましたの。ポルトゥスの水でございますわ——現地の清澄な泉の水とは違いますの。少し多めにいたしましたわ。
湯を注ぎましたの。蒸らしましたわ。
注ぎましたの——カップの中に薄い色でございますわ。白みがかった緑でございますの。霧の茶葉より淡うございましたわ。湯気が上がっておりましたの。
一口飲みましたわ。
……。
もう一口でございましたの。
「どうですか?」とクーリエが言いましたわ。
「現地で飲む時とは少し違いますわね——でも香りは残っておりますわ」
クーリエがカップを受け取りましたわ——一口飲みましたの。少し間がございましたわ。目を丸くしましたの。
「……清々しい」
「そうでございますわ」
「泉の傍で飲んだのと同じ香りです」
「茶葉でございますから」
ヴァルターがカップを受け取りましたの——一口飲みましたわ。少し間がございましたの。もう一口でございましたわ。
「……静かな味ですね」
「ええ」
マルクスがカップを受け取りましたわ——両手でございますの。一口飲みましたわ。少し間がございましたの。
「……清々しい」
「そうでございますわ」
マルクスがカップを置きましたわ——缶を見ましたの。
「市場には出ていませんね」
「出ておりませんわ。聖堂の管理下でございますの」
「……そうですか」
「流通の可能性は低いですが——調べてみます」
「そのつもりでございましたわ」
棚からアルヴァニア・インペリアルの缶を取り出しましたわ。
「お約束の品です」
「ありがとうございますわ」
受け取りましたの。重さがございますわ——1缶、きちんと入っておりますの。
マルクスが机の上の書類を手に取りましたわ——少し間を置きましたの。
「一つ、聞いていいですか」
「何でございますか?」
「最近、各地で——均衡が緩んでいるという情報が入っています。戦争寸前だった地域が落ち着いてきている。理由がわからない」
ヴァルターが前を向いておりましたわ——動きませんでしたの。
「そうでございますわね」
「何かご存じで?」
「旅をしておりますわ」
マルクスが羽根筆を持ちましたわ——置きましたの。
「……またそれですか」
「ええ」
マルクスが少し笑いましたわ——書類を引き寄せましたの。
「詳しいことがわかったら、教えてください」
「ポルトゥスに寄るたびにお話いたしますわ」
「それで十分です」
屋敷を出ましたの。
夕方でございましたわ——石畳が陽を受けておりますの。西の空が少し赤うございましたわ。
「均衡が緩んでいる、ってどういうことですか」とクーリエが言いましたわ。
「世界が少し静かになっておりますわ」
「5人のせいですか」
「5人のおかげでございますわ」
クーリエが少し間を置きましたわ——ヴァルターを見ましたの。ヴァルターが前を向いておりましたわ。
「……出発はいつですか」とヴァルターが言いましたわ。
「少し休んでからでございますわ。2日ほどでございますの」
「……了解しました」
3人で石畳を歩きましたの。
アルヴァニア・インペリアルの缶が鞄の中にございますわ——重さが心地ようございましたの。
次の旅でございますわ。




