第69話 宗教国家
街でございましたわ。
門がございましたの——石造りでございますわ。彫刻がございましたの。人の形でございますわ——手を合わせた姿でございますの。門番が2人おりましたわ。武装はしておりませんでしたの。
「旅のお方ですか」と門番が言いましたわ。「ナルバス様のお導きで、どうぞお入りください」
中へ入りましたの。
整然とした街でございましたわ。石畳が続いておりますの——清潔でございますわ。露店がございましたの。人が歩いておりますわ。声が聞こえましたの——でも大きくはございませんでしたわ。
「……なんか、静かですね」とクーリエが言いましたわ。
「西の霧の中とは違う静かさですわ」
「どう違うんですか」
少し間がございましたわ。
「あちらは霧の静けさでございましたの。こちらは——」
前を歩く人を見ましたわ。背筋が伸びておりますの。歩き方が似ておりましたわ——3人とも。
「方向のある静けさでございますわ」
ヴァルターが周囲を見ておりましたわ。「……秩序が、あります」
「ええ」
宿を探しましたの。
通りがかりの女性に声をかけましたわ。「宿でございますか——ナルバス様のお恵みで、こちらをご案内いたします」と言いましたの。宿まで歩いてくれましたわ。途中で2度、知人と挨拶しておりましたの——どちらも「ナルバス様のお導きで」という言葉がございましたわ。
宿でございましたの。宿主が出てまいりましたわ。「ナルバス様のご加護で、ようこそいらっしゃいました」
部屋に案内されましたの。清潔でございましたわ。窓から街が見えましたの。
クーリエが窓を開けましたわ。「……みんな、同じ言葉を使うんですね」
「ええ」
「ナルバス様の、なんとかで、って」
「ええ」
クーリエが街を見ておりましたわ——しばらく黙っておりましたの。
「……なんか、全員が同じ方向を向いてる感じがします」
わたくしは荷物を置きましたの。「そうでございますわね」
夕食でございましたわ。
宿の食堂でございますの——テーブルが4つございましたわ。他の客が2組おりましたの。静かに食べておりますわ。声が低うございましたの。
料理が来ましたわ。皿が2つでございますの——煮込みと、平たいパンでございますわ。質素でございましたの。でも丁寧でございますわ。湯気が上がっておりましたの。
クーリエが一口食べましたわ——目が丸くなりましたの。もう一口でございますわ。
「おいしいです」
「何が入っているかわかりますか?」
「……わかりません。でもおいしいです」
「南の香草でございますわ。昨日の道で踏みそうになったものと近い種でございますの」
クーリエが皿を見ましたわ。「あれが入ってるんですか」
「似たものでございますわ。煮ると香りが変わりますの」
「変わるんですか」
「生のままと煮たのとでは違いますわ。面白いでしょう」
クーリエがもう一口食べましたわ——今度はゆっくりでございますの。「……たしかに、道で嗅いだのとは違いますね」
「ええ」
ヴァルターが黙って食べておりましたわ——皿をきれいにしましたの。「……おいしかったです」と言いましたわ。
食後でございましたわ。
他の客が部屋に戻りましたの。食堂が静かになりましたわ。宿主が片付けをしておりましたの——棚に皿を戻しておりますわ。
わたくしは宿主に声をかけましたの。
「この街に、茶を扱う商人はおりますか?」
「茶商人でございますか——ナルバス様のお導きで、南通りに1軒ございますよ」と宿主が言いましたわ。「明日お訪ねになれますか?」
「ありがとうございますわ」
翌朝でございましたわ。
茶商人でございますの——南通りの端でございますわ。小さな店でございましたの。棚に缶が並んでおりますわ。南の茶葉でございますの——香草の茶でございますわ。乾燥した葉でございましたの。
店主が出てまいりましたわ——中年の男性でございますの。「ナルバス様のお導きで、ようこそいらっしゃいました」
棚を見ましたわ。缶を1つ手に取りましたの——蓋を開けて香りを確かめましたわ。乾いた草の香りでございますの。
「この聖堂の茶は扱っておりますか?」
店主が少し間を置きましたわ。「聖堂の茶、でございますか」
「ええ。宗教国家でございますから、聖堂に由来する茶があるかと思いましたの」
「……通常の巡礼路沿いのものでしたら少し扱っておりますが——」店主が棚の缶を1つ取り出しましたわ。「ただ、本当に珍しいものは市場には出ておりません。聖堂の最深部、神聖な泉の周囲に育つものがございまして——」
「最深部に、でございますか」
「ええ。立ち入り禁止区画でございますから。信徒でない方はナルバス様のお許しがなければ」
少し間がございましたわ。
「聖堂には入ることができますか?」
「巡礼路は開かれておりますが——迷いますよ。道が複雑で、案内なしでは」と店主が言いましたわ。「最深部となると……」
店主がわたくしを見ておりましたの。
「茶葉のために入りたいのですか?」
「ええ」
「……そうですか」
店主が棚の缶をひとつ直しましたわ——それからわたくしを見ましたの。「ナルバス様に直接お申し出になれば——謁見は受けておられます。明日なら」
「ありがとうございますわ」
缶を1つ買いましたの——南の香草茶でございますわ。
店を出ましたわ。通りでございますの——街の人が歩いておりますわ。皆、背筋が伸びておりましたの。




