第68話 南への街道
南への道でございましたわ。
ポルトゥスを出て2日でございますの。石畳が途切れ、土の道になりましたわ。乾いた風でございますの——湿気がございませんでしたわ。
「……暑いですね」とクーリエが言いましたわ。
「ええ」
「西と全然違いますね」
「そうでございますわね」
ヴァルターが前方を見ておりましたわ——遠くまで見えますの。地平が見えましたわ。西ではそういうことがございませんでしたの。空が広うございますわ。雲が少のうございましたの。
道の両側に草が生えておりましたの——丈が低うございますわ。細い葉でございましたの。花はほとんどございませんでしたわ。
クーリエが足を止めましたわ。
「あ」
下を見ておりましたの。
「踏みそうになりました」
小さな群れでございましたわ——道の端に沿って育っておりますの。葉が細うございますわ。銀色がかった緑でございましたの。
「……香りがします」
「ええ。この辺りに育つものですわ」
クーリエがしゃがみましたわ——葉に触れましたの。指を鼻に近づけましたわ。
「……なんか、食べ物の香りがします」
「料理に使いますの。南の料理は香草が多うございますわ」
「これが入ってるんですか、南の料理に」
「似たものが入っておりますわ。種類がいくつかございますの」
クーリエが立ち上がりましたわ——もう一度下を見ましたの。「踏まなくてよかったです」と言いましたわ。
わたくしは少し先の群れを見ましたわ——別の種でございますの。葉の形が違いましたわ。この辺りは香草が豊富でございますわ。
ヴァルターが歩き始めましたわ。
村がございましたわ。
小さな村でございますの——家が十数軒でございますわ。畑があリましたの。山羊が2頭、柵の中でございますわ。井戸がございましたの——村の中央でございますわ。
湯を分けていただけますかと声をかけましたの。
老人が出てまいりましたわ——日に焼けた顔でございますの。わたくしたちを見ましたわ。旅人だとわかったようでございますの。
「どうぞ」と言いましたわ。
井戸端でございましたの。クーリエが湯を沸かしておりましたわ。わたくしは銀のティーポットの用意をいたしましたの。老人が柵に背を預けて見ておりましたわ。
「旅のお方ですか」
「ええ。南の方へ向かっておりますわ」
「南の——宗教国家の方で?」
「そちらの方でございますわ」
老人が少し間を置きましたわ。
「……少し前に、説法師の方が通りましてね」
クーリエが手を止めましたわ——それから続けましたの。わたくしは老人を見ておりましたわ。
「どのような方でございましたか?」
「立派な方でしたよ」と老人が言いましたわ。「食料を置いていってくれて——ありがたかったんですが」
「ありがたかった、でございますか」
「ありがたかったんですよ。本当に。うちの村は今年、実りが少なくて——助かりましたわ」
少し間がございましたの。老人が山羊を見ておりましたわ。
「なぜか、その後しばらく——自分が情けなくなって」
「情けなく、でございますか」
「……食料をもらった、ということが、なんか」と老人が言いましたわ。「うまく言えないんですが。悪い方じゃないんですよ、全然。善意でしてくれたことはわかってるんですが」
クーリエが湯を注ぎましたわ。銀のティーポットに蒸気が上りましたの。
「他の村の方も、同じようにおっしゃっておりましたか?」とわたくしは聞きましたわ。
「隣村もそうみたいで——みんな、ありがたいと言いながら、なんかこう、しばらく元気がなくなって」
わたくしは一口飲みましたわ。
「そうでございますの」
老人がわたくしを見ましたわ。「……なんでなんですかね」
「さあ」とわたくしは言いましたわ。
老人が少し笑いましたの——それから山羊を見ましたわ。
「もう一杯、いかがですか」
「いただきます」
村を出ましたの。
道が続いておりましたわ——南でございますの。日差しが傾いてまいりましたわ。
「……善意なのに、なぜそうなるんでしょうか」とヴァルターが言いましたわ——歩きながらでございますの。
少し間がございましたわ。
「善意でも、方向がある場合がございますわ」
「方向、ですか」
「ええ。渡す側から受け取る側へ——という方向でございますの。受け取った側は、返す場所がございませんわ」
ヴァルターが少し考えましたわ——それから前を向きましたの。
「……返す場所がない、というのは」
「情けなくなる、でございますわ。老人がおっしゃったように」
クーリエが香草を踏まないように歩いておりましたわ——道の端を注意しながらでございますの。
「……でも、もらった方は助かったんですよね。食料が」
「そうでございますわね」
「それなのに情けなくなる、って——なんか、大変ですね」
少し間がございましたわ。
クーリエが少し考えましたわ——それから空を見ましたの。日が傾いておりますわ。南の空でございますの。
道の先に、また香草の群れが見えましたわ——風が吹きましたの。乾いた香りが流れてまいりましたわ。




