第67話 情報と霧の紅茶
ポルトゥスでございましたわ。
霧の高地を下り、港街を抜けて、道が広くなりましたの。石畳の音が戻ってまいりましたわ——荷車の音、露店の声でございますの。空気が変わりましたわ。湿気が薄れておりましたの。
クーリエが少し深く息を吸いましたわ。
「戻ってきましたね」
「ええ」
ヴァルターが前方を見ておりましたわ——人の流れを確かめておりますの。いつも通りでございましたわ。
エドワルドが出迎えましたわ。
わたくしを見て、クーリエを見て、ヴァルターを見ましたの。少し間がございましたわ。
「今日は3名でいらっしゃいますか」
「ええ」
「……前回より少し長旅だったようですね」
「少し遠くまで参りましたわ」
エドワルドが頷きましたの。それ以上は聞きませんでしたわ。廊下を通りましたの——中庭が見えましたわ。手入れの行き届いた中庭でございますの。変わっておりませんでしたわ。
執務室でございましたの。
マルクスが立ちましたわ。
「よくいらっしゃいました」
「お世話になりますわ、マルクス卿」
エドワルドが茶の用意を始めましたわ。カップが3つでございますの。
情報をお渡しいたしましたわ。
西の状況でございますの——外交国家の街の様子、霧の高地への道、商人の往来でございますわ。マルクスが聞きながら紙に書き込んでおりますの。羽根筆が動いておりましたわ。
「西が静かになった、という話が入っています」
「そうでございますか」
「商人の戻りが増えています。疲弊した顔をしている者が少なくなった」とマルクスが言いましたわ。少し間を置きましたの。「……何かあったんですか」
「旅をしておりましたわ」
マルクスが羽根筆を持ったままでございましたわ——書き込みを止めておりましたの。わたくしを見ましたわ。
少し間がございましたわ。マルクスが紙に目を落としましたの——それから顔を上げましたわ。
「……あなたと話していると、何が起きたのかわからない」
「情報はお渡しいたしましたわ」
「そうですね」
マルクスが少し笑いましたわ——計算の笑いではございませんでしたの。書き込みを続けましたわ。
わたくしは荷物から小さな缶を取り出しましたの——霧の茶葉でございますわ。テーブルの上に置きましたの。
「こちら、霧の茶葉でございますわ。約束しておりましたの」
マルクスが手を止めましたわ——缶を見ましたの。手に取りましたわ。蓋を少し開けて、香りを確かめましたの。少し間がございましたわ。
「試させていただけますか」
「ちょうど試していただきたいと思っておりましたわ」
エドワルドが湯を用意いたしましたわ。
わたくしはティーポットを借りましたの。茶葉の量を確かめましたわ——ポルトゥスの水でございますの。前回の洞窟の茶葉の時と同じ水でございますわ。少し少なめにいたしましたわ。
湯を注ぎましたの。蒸らしましたわ。
注ぎましたの。カップの中に淡い色でございますわ——洞窟の茶葉より明るうございますの。霧の淡さでございましたわ。湯気が上がっておりましたの。
一口飲みましたわ。
……。
もう一口でございましたの。
「どうですか?」とクーリエが言いましたわ。
「霧の中と少し違いますわね」
「違うんですか?」
「現地で飲む時とは違いますの——水のせいでもございましょうわ。ただ悪くはございませんわ」
クーリエがカップを受け取りましたわ——一口飲みましたの。少し間がございましたわ。
「……霧の匂いがします」
「ええ」
「現地で飲んだのと同じ匂いがします。なんで同じなんですか」
「茶葉でございますから」
「茶葉ってすごいですね」
ヴァルターがカップを受け取りましたの——一口飲みましたわ。少し間がございましたの。カップを両手で持ったままでございましたわ。
「……飲み終わりたくないですね」
「そうでございますわね」
マルクスがカップを受け取りましたわ——両手でございますの。一口飲みましたわ。少し間がございましたの。もう一口でございましたわ。カップを置きましたの。
「……霧の味がする」
「そうでございますわ」
マルクスが缶を見ましたわ——それからわたくしを見ましたの。
「市場には出ていませんね」
「出ておりませんわ。ソフィアさんが実質的に場所を押さえておりましたの——これからどうなるかは、わかりませんわ」
「……そうですか」
マルクスが少し考えましたわ——それから缶を閉めましたの。
「流通の話を調べてみます。置いておいていただけますか」
「そのつもりでございましたわ」
棚からアルヴァニア・インペリアルの缶を取り出しましたわ。
「お約束の品です」
「ありがとうございますわ」
受け取りましたの。重さがございますわ——1缶、きちんと入っておりますの。
マルクスが机の上の書類を一枚手に取りましたわ——それからわたくしを見ましたの。少し間を置きましたわ。
「一つ、聞いていいですか」
「何でございますか?」
「次はどちらへ」
「ポルトゥスでしばらく休んでから考えますわ」
マルクスが頷きましたわ——それから書類を置きましたの。
「では、しばらく滞在されるなら——南の方から、少し気になる話が入っています。急ぎではないですが」
「伺いますわ」
マルクスが少し前に乗り出しましたわ。
「南の方から——説法師が増えているという話が入っています。村々を回って、善意で食料を配り、人の話を聞いて回っている」
「ありがたい話でございますわね」
「そう言う人もいます。ただ——釈然としない、という人もいる」
わたくしはマルクスを見ておりましたわ。
「釈然としない、でございますか」
「何も悪いことはない。善意で来て、善意で去っていく。ただ——その後で何か置いていかれた気がすると。何を置いていかれたかは、わからないと」
少し間がございましたわ。
「南でございますわね」
「心当たりが?」とマルクスが言いましたわ。
「ございますわ」
マルクスが少し目を細めましたわ——計算する前の顔でございますの。
「……また茶葉の話になりますか」
「なるかもしれませんわ」
「なりそうですね」
マルクスが書類を引き寄せましたわ——羽根筆を持ちましたの。
「詳しいことがわかったら、教えてください」
「ポルトゥスに寄るたびにお話いたしますわ」
「それで十分です」
屋敷を出ましたの。
夕方でございましたわ。石畳が陽を受けておりますの——西の空が少し赤うございましたわ。
「南ですか」とクーリエが言いましたわ。
「ええ」
「釈然としない、ってどういう感じですかね?」
「行けばわかりますわ」
「行くんですか?」
「茶葉があるかもしれませんの。まだ南は旅しておりませんわ」
クーリエが少し考えましたわ——それからヴァルターを見ましたの。ヴァルターが前を向いておりましたわ。
「出発はいつですか」とヴァルターが言いましたわ。
「少し休んでからでございますわ。荷物を整えたいのでございますの」
「どのくらいですか」
「2日ほどでございますわ」
「……了解しました」
3人で石畳を歩きましたの。
南の空は、まだ明るうございましたわ。




