第63話 答えの無い核心
朝でございましたわ。
宿の食堂でございますの——クーリエが銀のティーポットで紅茶を淹れておりましたわ。朝食の用意でございますの。ヴァルターが窓の外を見ておりましたわ——今日も霧でございますの。セバスチャンは昨夜も外でございましたわ——今朝もまだ姿がございませんでしたの。
ソフィアが食堂に下りてきましたわ。
「おはようございます」
「おはようございますわ」とわたくしは言いましたの。
ソフィアが席に着きましたわ——クーリエが紅茶を配っておりましたの。ソフィアの前にも置きましたわ。ソフィアが両手でカップを持ちましたの——一口飲みましたわ。それから少し間がございましたの。
「クラリッサさん」とソフィアが言いましたわ。
「何でございますか?」
「少し、外でいいですか」
クーリエがわたくしを見ましたわ。わたくしはカップを持ちましたの——立ち上がりましたわ。
「ええ」
ヴァルターが窓から目を離しましたわ——それから前を向きましたの。何も言いませんでしたわ。
宿の外でございましたわ。
霧でございますの——今日も霧でございますわ。朝の霧は薄うございましたの——光が通っておりますわ。石畳が濡れておりましたの。荷車が遠くを通りましたわ——音だけでございますの。霧の中では姿が見えませんでしたわ。
ソフィアが宿の壁に背を預けましたわ。腕を組みませんでしたの——ただ壁にもたれておりましたわ。カップを持ったままでございますの。
「続きを、しましょうか」
「ええ」
「あなたって——何を考えてるかわかんないですよね」
「観察しておりますわ」
「観察」とソフィアが繰り返しましたわ——少し間を置いてから、でございますの。
「それって孤独じゃないですか?」
「何故でございますか?」
「ずっと見てる側って——見られることがないじゃないですか。何かに巻き込まれることも、何かに揺さぶられることも」
わたくしは霧の中の石畳を見ましたわ。
「揺さぶられておりますわよ」
ソフィアが少し止まりましたわ。
「何に?」
「紅茶が冷めた時でございますわ」
ソフィアが少し間を置きましたわ——それから小さく笑いましたの。力の抜けた笑い方でございましたわ。
「……そっか」とソフィアが言いましたわ。「紅茶か」
「ええ」
霧が流れておりましたわ——石畳の上でございますの。荷車の音が遠ざかりましたわ。
少し間がございましたわ。
ソフィアが壁から背を離しましたの——石畳を見ましたわ。足元に水たまりがございましたの——霧が集まったものでございますわ。朝の光が薄く映っておりましたの。
「あなたは仲裁者ではなく、最後の一人になろうとしていますわ」
ソフィアが止まりましたわ。
「……仲裁者ですよ、わたし」
「ええ。そして——全員がいなくなった後に、何をするつもりでございますの?」
ソフィアが石畳を見たままでございましたわ。
長い間でございましたの。霧が薄く動いておりましたわ。石畳の水たまりに光が入りましたの——それから雲が動いて消えましたわ。
「……わたし、答えを持ってないんですよ」とソフィアが言いましたわ。静かでございましたの——追い詰められた声ではございませんでしたわ。ゆっくりと、自分で見つけながら言っているようでございましたの。「ずっと疲労で消耗させて、全員がいなくなって——その後、何をするかを一度も考えたことがない」
わたくしは一口飲みましたわ。
「あなたは仲裁者ではなく、最後の一人になろうとしていますわ」
ソフィアが顔を上げましたわ。
「……さっきも言いましたよね、それ」
「2度言う価値がございましたの」
ソフィアが少し黙りましたわ——それから笑いましたの。
小さい笑い方でございましたわ——声がございませんでしたの。口元だけでございますわ。
「でも、あなたには効果がなかった」とソフィアが言いましたの。「なんでですか?」
「紅茶が美味しゅうございますわ」
「……それだけですか?」
「それだけでございますわ」
ソフィアが石畳を見ましたわ——それからわたくしを見ましたの。
「なんか——それだけでいいんだ、って思いました」
わたくしは一口飲みましたわ。
「よろしゅうございますわ」
ソフィアが石畳を見たままでございましたわ。霧の中でございますの——少しずつ薄うなってきておりましたわ。朝が進んでおりますの。
「……誰かを消耗させてきたのは、本物ですよ。仲裁も本物です」とソフィアが言いましたわ。「ただ——その先を考えたことがなかった。あなたに言われるまで」
「ええ」
「なんで今まで気づかなかったんですかね」とソフィアが言いましたの——自分に向けて言いましたわ。わたくしへの問いではございませんでしたの。
「気づかないように動いていたのでございますわ」とわたくしは言いましたわ。
ソフィアが少し止まりましたわ。
「……そっか」
それだけでございましたの。咎めも、慰めも、ございませんでしたわ——ただ「そっか」でございましたの。ソフィア自身の言葉でございますわ。
霧の中でしばらく、二人でございましたわ。
宿の扉が開きましたわ。
クーリエでございましたの——外套を着ておりますわ。
「あ、ここにいたんですね」とクーリエが言いましたわ。
クーリエがわたくしとソフィアを見ましたの。少し止まりましたわ。
「……なんか、あったんですか?」
「なにもございませんわ」
クーリエがソフィアを見ましたわ——少し迷った顔でございましたの。それから口を開きましたわ。
「ソフィアさん、顔色が——なんか、いつもと違います」
ソフィアが少し目を丸くしましたの——それから笑いましたわ。
「そうですか?」
「なんか、違う気がして。うまく言えないんですけど」
「大丈夫ですよ」とソフィアが言いましたわ。
「本当に?」とクーリエが言いましたの——それから少し止まりましたわ。「あ、すみません。なんか——」
「大丈夫ですよ」とソフィアがもう一度言いましたの。今度は少し柔らかい声でございましたわ。「心配してくれてありがとうございます」
クーリエが少し頷きましたわ——それでも完全には納得していない顔でございますの。
霧が薄くなっておりましたわ——朝が進んでおりますの。石畳の水が少し乾いてきておりましたわ。
ソフィアがわたくしを見ましたわ——少し間がございましたの。それから前を向きましたわ。
「どこでもいいですよ」とソフィアが言いましたの。「案内します」
わたくしはカップを持ったままでございましたの——紅茶が冷めてまいりましたわ。まだ飲めましたの。




