第58話 案内役は4人目の勇者
霧の道はソフィアが先に立って歩きましたわ。
迷いがございませんでしたの。岐路に差しかかるたびに足が止まらずに曲がりましたわ——右か左か、考えている様子がございませんでしたの。足裏が道を知っておりますわ——そういう歩き方でございましたの。
霧が濃うございましたわ。3歩先が白くなっておりますの——ソフィアの後ろ姿だけが前方にございましたわ。明るい茶色の髪でございますの。霧の中で少しぼやけておりましたわ。
「この道、よく来るんですか?」とクーリエが聞きましたわ。
「よく来ますよ」とソフィアが前を向いたまま言いましたの。「茶葉を採りに来る人たちの案内もしてて——最近減りましたけど」
「減ったんですか」
「来ようとする人が少なくなって。まあいいかって思うみたいで、途中で」
クーリエが少し黙りましたわ。
「……誰かに会うから、ですよね」
ソフィアが振り返りましたの。笑顔でございましたわ。
「わたしに会うからです」
はっきり言いましたわ——隠すでもなく、悪びれるでもなく。
「でも、来てくださったんですね。3人とも」
「茶葉がございますから」とわたくしは言いましたわ。
「そうですね」とソフィアが前を向きましたの。「それは、譲れないですよね」
足が止まりませんでしたわ。そのまま歩き続けましたの。
茶葉の群生地でございましたわ。
霧の中の斜面でございますの。低い茂みが広がっておりましたわ——葉が細うございますの。霧を含んで光っておりましたわ。香りは昨日、港街の老婦人の缶で嗅いだものの、さらに奥でございましたの。
わたくしは斜面に降りましたわ。
葉を一枚取りましたの——指で揉みましたわ。香りが立ちましたの。深うございますわ。草の中に甘みがございましたの——霧の甘みでございますわ。こういう香りの茶葉でございますの。
「摘んでいいですよ」とソフィアが言いましたわ。「ここの茶葉、美味しいんですよね」
「飲んだことがあるのでございますか?」
「何度か。淹れるのが難しくて——わたし、うまくできなくて」
クーリエが斜面を見ましたわ。それからわたくしを見ましたの——少し迷っている顔でございますわ。
「手伝いますよ」と言いましたの。
「ありがとうございます」
二人で斜面に入りましたわ。わたくしは摘む手を動かしながら、後ろを聞いておりましたの。
「騎士の方ですか?」
ソフィアの声でございましたわ。ヴァルターに向けておりましたの。
「……以前は、そうでした」
「以前。今は?」
「旅をしています」
「大盾を持って旅するんですね」とソフィアが少し首を傾けましたわ。「義理堅そうですよね、見た感じ。いつも誰かのために頑張ってたりするんですか?」
ヴァルターが少し間を置きましたわ。
「……そう、かもしれません」
「それって大変じゃないですか?」
「大変、とは——」
「ちょっと顔に出てますよ?」とソフィアが笑顔のまま言いましたの。「疲れてるときの顔って、本人が一番気づかないから」
ヴァルターが口を閉じましたわ。盾の柄に手を置いたままでございましたの。
ソフィアが斜面の方に目を向けましたわ。何も追いませんでしたの。
「ソフィアさんは、よく人を見ていらっしゃいますわね」とわたくしは言いましたわ。
「そうですか?」とソフィアが言いましたの。笑顔でございましたわ。「ただ気になってしまうだけで」
「ええ」
ソフィアが斜面を降りましたの。クーリエの隣で腰を落としましたわ——茶葉を一本拾いましたの。
「鋭い人って損することも多くないですか?」
クーリエが手を止めましたわ。
「鋭い?」
「なんか、よく見てるじゃないですか。周りのこと」
「……そうですか?」
「言えないこと、ありそうですよね」とソフィアが言いましたわ。「見えてても言えないこと」
クーリエが少し考えましたわ。
「……あります、かも」
「それって、しんどくないですか?」
「しんどい、かどうか——」
クーリエが束を持ったまま固まりましたわ。
「……なんか、うまく言えないんですけど」
「言えなくていいですよ」とソフィアが言いましたの。「わたしもうまく言えないこと、いっぱいあるので」
笑顔でございましたわ。
茶葉をひととおり確保いたしましたわ。
斜面を上がりましたの。荷物に仕舞いましたわ——量がございますの。霧の茶葉でございますわ。香りが荷物から漂っておりましたの。目的は果たしましたわ。
「ありがとうございます」とわたくしはソフィアに言いましたの。
「どういたしまして」とソフィアが言いましたわ。「今夜、どうしますか? この先に小屋がありますよ。雨露はしのげます」
ヴァルターがわたくしを見ましたわ。
「使わせていただきますわ」
ヴァルターが小さく息を吐きましたの——声にはなりませんでしたわ。
夜でございましたわ。
小屋の前に焚き火でございますの。霧の中の炎でございますわ——光が霧に散りましたの。遠くまで光が届かないでございますわ。4人の輪だけが明るうございましたの。
クーリエが銀のティーポットの用意をしておりましたわ。
道具を並べましたの——茶葉を量りましたわ。湯が沸くのを待っておりますの。ソフィアがその手元を見ておりましたわ。
「ちゃんとやるんですね」とソフィアが言いましたの。
「ちゃんとやらないと美味しくないので」
「茶葉を量るんですね」
「量らないと毎回変わっちゃうので」
ソフィアが少し黙りましたわ。
「……誰かに教わったんですか?」
「最初は教わりました」とクーリエが言いましたわ。「今は自分で考えてます」
「そうか」とソフィアが小さく言いましたわ——独り言のような声でございましたの。
クーリエが注ぎましたわ。銀のティーポットから4つのカップへでございますの。
わたくしがソフィアに一つ渡しましたわ。
「ありがとうございます」
ソフィアが両手でカップを持ちましたわ。一口飲みましたの——それから少し止まりましたわ。もう一口でございますの。
「……おいしいですね」
「ありがとうございますわ」
焚き火の音でございましたわ。霧の中でございますの。ヴァルターが炎を見ておりましたわ——膝の上に大盾を置いておりましたの。クーリエがカップを両手で抱えておりましたわ。
少し間がございましたの。
「クラリッサさんは——疲れないですか?」
ソフィアがわたくしを見ておりましたわ。
「何がでございますか?」
「……旅が、とか」とソフィアが少し間を置きましたの。「色々、とか」
わたくしは一口飲みましたわ。
「紅茶が美味しゅうございますわ」
ソフィアがカップを両手で持ったままでございましたわ。
「……それだけですか?」
「今夜は、それで十分でございますわ」
ソフィアが炎を見ましたわ。少し間がございましたの。
「なんでもないです」とソフィアが言いましたわ。「おいしかったです」
霧が焚き火の煙と混じっておりましたの。光が散っておりましたわ——遠くまでは届きませんでしたの。4人の輪の中だけが、しばらく明るうございましたわ。




