第55話 情報は紅茶一缶
ポルトゥスに着いたのは、3日後でございましたわ。
3人で城門をくぐりましたの。街の音が戻ってまいりましたわ——石畳の音、露店の声、荷車の音でございますの。クーリエが周囲を見渡しましたわ。ヴァルターが習慣のように視線を動かしておりますの。
前回と同じ街でございましたわ。
ただ、3人でございますの。
「セバスチャンさん、いないですね」とクーリエが言いましたわ。
「ええ」
「……なんか、広い気がします。街が」
「そうでございますわね」
クーリエが少し首を傾けましたわ——自分でも何を言いたいかわかっていないようでございますの。それから前を向きましたわ。
「マルクスのところへ参りますわ」
「はい」
エドワルドが出迎えましたわ。
わたくしを見て、クーリエを見て——ヴァルターを見ましたの。少し間がございましたわ。
「今日は3名でいらっしゃいますか」
「ええ」
「……前回と同じですね」
「そうでございますわね」
前回と同じ人数でございましたの。前回と少し違うのは——セバスチャンがいないことでございますわ。エドワルドはその差異に気づいているかもしれませんでしたの。何も言いませんでしたわ。
廊下を通りましたの。中庭が見えましたわ——手入れの行き届いた中庭でございますの。変わっておりませんでしたわ。
執務室でございましたの。
マルクスが立ちましたわ。
「よくいらっしゃいました」
「お世話になりますわ、マルクス卿」
エドワルドが茶の用意を始めましたわ。カップが3つでございますの。
情報をお渡しいたしましたわ。
北の洞窟の近況でございますの——魔獣の状況、洞窟の構造、研究区画の様子でございますわ。商人たちが街道で困っていた魔獣について——命令がなくなった後の動きも申し上げましたの。マルクス卿が聞きながら紙に書き込んでおりますわ。
「……魔獣は今も動いていますか?」
「命令者がいなくなりましたわ。巡回は止まっておりますの。ただ罠の仕掛けは残っておりますわ——洞窟の中に入ろうとする方には申し上げた方がよろしいかと」
「わかりました」
マルクスが少し書き込みました。それから顔を上げましたわ。
「洞窟の中に入ったのですか?」
「ええ」
「……茶葉を採りに?」
「ええ」
マルクスが少し間を置きましたわ。計算する前の間でございますの——何かを測っているような間でございますわ。
「魔法使いは?」
「洞窟の奥に戻りましたわ」
「討伐はされていない?」
「されておりませんわ」
また間でございましたわ。今度は少し長うございますの。
「……そうですか」
それだけでございましたの。マルクスの笑い方が、少し変わりましたわ——計算の笑いではございませんでしたの。何かを理解した人の顔でございますわ。
わたくしは荷物から小さな袋を取り出しましたの。
「こちら、洞窟の茶葉でございますわ」
テーブルの上に置きましたわ。
マルクスが袋を見ましたの。それから手に取りましたわ。袋の口を少し開けて、香りを確認しましたの——少し間を置きましたわ。
「……独特ですね」
「ええ。光の届かない場所で育ちますの。魔力を含んでおりますわ——香りが他とは違いますの」
「試させて頂いても、構いませんか?」
「ちょうど試したいと思っておりましたわ」
エドワルドが湯を用意いたしましたわ。
わたくしはティーポットを借りましたの。茶葉の量を確かめましたわ——帰り道の宿で試した時より、少し少なめでございますの。ポルトゥスの水は前に来た時に確かめておりますわ——中程度の硬さでございますの。洞窟の茶葉には、どちらが合うでしょうか。
湯を注ぎましたの。
蒸らしましたわ。
少し長めでございますの——35秒ほどでございますわ。先日より10秒長うございますの。
注ぎましたわ。
カップの中に、濃い琥珀色でございますの——暗い琥珀でございますわ。湯気が上がっておりましたの。香りが広がりましたわ——土の奥の香りでございますの。しかし今日は違いますわ——部屋の空気の中で少し開いておりますの。
一口でございましたわ。
……。
もう一口でございましたの。
「いかがですか?」とクーリエが言いましたわ。
わたくしは少し考えましたの。
「合格でございますわ」
「及第点ではなく?」
「合格でございますわ」
クーリエが少し目を丸くしましたわ。
「違うんですか?」
「及第点は通った、でございますの。合格は——いいものでございますわ、という意味でございますわよ」
クーリエがカップを受け取りましたわ。一口飲みましたの——少し間がございましたわ。
「……洞窟の中を思い出します」
「前と同じことを言っておりますわよ」
「だって思い出すんです」
「そうでございますわね」
ヴァルターがカップを受け取りましたの。一口飲みましたわ。
「……先日の宿と違いますね」
「水でございますわ。ポルトゥスの水の方が、この茶葉に合うようでございますの」
「水でそこまで変わるんですか?」
「変わりますわよ」
マルクスがカップを受け取りましたわ。一口飲みましたの。少し間でございましたわ。もう一口でございますの。カップを置きましたわ。
「……これは、市場に出回っていませんね」
「出回っておりませんわ。あの洞窟でしか育ちませんの——今のところでございますわ」
「今のところ?」
「挿し木が取れましたわ。うまくいけば別の場所でも育つかもしれませんわ——ただしそれは先の話でございますの」
マルクスが少し前に乗り出しましたわ——商人の顔でございますの。
「もし流通させるなら——一度ご相談いただけますか?」
「ポルトゥスに寄るたびにお話いたしますわ」
「それで十分です」
マルクスが笑いましたの。今日3度目の笑いでございますわ——3回とも、少しずつ違う笑い方でございましたの。わたくしはそれを見ておりましたわ。
棚からアルヴァニア・インペリアルの缶を取り出しましたわ。
「お約束の品です」
「ありがとうございますわ」
受け取りましたの。重さがございますわ——1缶、きちんと入っておりますの。これで3缶でございますわ。旅の道中で少しずつ使いながら、こうして補充されていくのでございますの。
「次のご予定は?」とマルクスが言いましたわ。
「西でございますの」
マルクスが少し考えましたわ。
「西、ですか」
「ええ。西に、まだ参っておりませんの」
マルクスが机の上の地図を見ましたわ。西の方角でございますの。少し間がございましたわ——何かを測っているような間でございますの。
「……少し、お時間をいただけますか?」
「どのくらいでございますか?」
「今日の午後で十分です」
わたくしはクーリエを見ましたわ。クーリエがヴァルターを見ましたの。ヴァルターが前を向いておりましたわ。
「では午後にまた参りますわ」
「ありがとうございます」
屋敷を出ましたの。
午前でございましたわ。ポルトゥスの石畳が陽を受けておりますの。前回来た時より少し季節が進んでおりましたわ——空気が違いますの。
「マルクス、何を調べるんですかね」とクーリエが言いましたわ。
「さあ」
「西についての何かですか?」
「おそらくでございますわ」
「マルクス、なんかいつもより忙しそうでしたね」
「そうでございますわね」
クーリエが石畳を見ましたわ。少し間でございますの。
「……セバスチャンさん、今頃どのあたりですかね」
「北東でございましょうわ」
「元気にしてますかね」
「セバスでございますわよ」
「……そうですね」
クーリエが前を向きましたわ——それで終わりでございましたの。
ヴァルターが静かに言いましたわ。
「昼食にしますか?」
「ええ。どこかよい店はございますか?」
「前回寄った煮込みの店が、この近くだったと思います」
「ヴァルター、よく覚えておりますわね」
「店の前を通ったのを覚えていました」
「寄りましょうか」
「はい」
午後でございましたわ。
エドワルドが出迎えましたの。執務室に通されましたわ——書棚と地図の広げられた机でございますの。前と同じ部屋でございますわ。
マルクスが地図から顔を上げましたわ。
「お待たせしました」
「いいえ」
マルクスが机の地図を少し脇へ置きましたの。
「西の港街への道が——最近また静かになってきています」
わたくしはマルクスを見ましたわ。
「また、でございますか?」
「ええ。疲弊した旅人が増えています。前より範囲が広い」
「前より、と申しますと?」
「以前は港街の近辺だけでした。今は港街から高地方面にかけて——もう少し奥まで」とマルクスが言いましたわ。地図を引き寄せましたの。指で港街の位置を示しましたわ——それから少し上、霧の高地の方角でございますの。「この辺りで採れる茶葉の話、ご存じですか」
「霧の茶葉の話でございますわね」
「ええ」とマルクスが少し間を置きましたわ。「そちらも、ですか」
「ドルトンの村の商人から少し聞きましたわ」
マルクスが地図に目を戻しましたの。港街から霧の高地へ向かう道筋を見ておりますわ。
「ソフィアの勢力圏の端に引っかかります。ご存じでしょう」
「ええ」
少し間がございましたわ。
「……北の洞窟の件、何かあったんですか」
「茶葉を採りに参りましたわ」
「それだけですか」
「今のところは」
マルクスが少し考えましたわ——それから地図を折りましたの。
「西は、北より慎重にどうぞ」
計算の言葉ではございませんでしたわ。
「承知いたしましたわ」
屋敷を出ましたの。
夕方でございましたわ。
クーリエが言いましたの。
「西、どんな場所なんですかね」
「わかりませんわ。行ってみなければ」
「行くんですか?」
「茶葉があるかもしれませんの」
クーリエが少し考えましたわ。
「……マルクスが慎重にって言ってましたね」
「ええ」
「慎重にするんですか?」
「するつもりでございますわよ」
「クラリッサさまの慎重って、どのくらいですか?」
わたくしは少し考えましたわ。
「洞窟の茶葉の前に、情報を集める程度でございますわ」
クーリエが遠い目をしましたの。
ヴァルターが静かに言いましたわ。
「出発はいつですか?」
「明日の朝でございますわ」
「——了解しました」
3人で石畳を歩きましたの。
西の空が、夕陽で赤くなっておりましたわ。




