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第54話 帰り道

お茶の時間でございましたの。


 ただし——飲めませんでしたわ。


 クーリエが気づいたのは、わたくしが袋から生葉を取り出して広げ始めた時でございましたの。


「……あの、これって」


「生葉でございますわ」


「飲めますか?」


「このままでは飲めませんわ」


 クーリエが少し間を置きましたわ。


「……では何のために採ったんですか?」


「処理いたしますわ」


「処理?」


「もんで、置いて、乾かしますの」


 クーリエがわたくしの手元を見ましたわ。葉が広げてありますの——濃い緑の、厚い葉でございますわ。


「……それが茶葉になるんですか?」


「ええ」


「どのくらいかかりますか?」


「今日中には難しいですわ。乾燥に時間がかかりますの——宿で仕上げましょうか」


 クーリエが遠い目をしましたわ。


 セバスチャンが岩に寄りかかったままでございましたの。


「……お茶の時間ではなかったのか」


「準備のお時間でございますわ」


「同じだと思っていた」


「違いますわよ」


 セバスチャンが何も言いませんでしたの。ヴァルターが生葉を見ておりましたわ——何も言いませんでしたの。


 わたくしは生葉を軽く洗いましたわ。水袋の水を少し使いましたの——水が少し残りましたわ。葉の汚れを落としましたの。それからもみ始めましたわ。


 手のひらで押すように、でございますの。葉の細胞を壊す作業でございますわ。少し力がいりますの。


「手伝いますか?」とクーリエが言いましたわ。


「ありがとうございますわ。ただ——力加減が難しいですわ。見ていてくださいますか?」


「わかりました」


 クーリエが傍に来ましたわ。わたくしの手元を見ておりますの。


「……なんか、揉んでますね」


「ええ」


「それで香りが出るんですか?」


「出てまいりますわよ」


 しばらく揉みましたの。葉が少し色を変えてきましたわ——濃い緑から、少し暗い色へでございますの。指に香りがつきましたわ。土の奥の香りでございますの——先ほどより少し開いた香りでございますわ。


 わたくしは指をセバスチャンの方へ向けましたの。


「いかがでございますか?」


 セバスチャンが少し顔を寄せましたわ——それから引きましたの。


「……土の匂いだ」


「今はそうでございますわ。乾燥すると変わりますの」


「本当に変わるのか」


「変わりますわ」


 セバスチャンが黙りましたの。信じていないわけではなさそうでございましたわ——単純に想像ができないようでございますの。




 揉み終わった葉を布の上に広げましたわ。


「しばらくそのままにしておきますの。少し酸化させますわ」


「どのくらいですか?」とヴァルターが聞きましたわ。


「1時間ほどでございますわ。その後、火で乾かしますの——宿でないとできませんわ」


「では宿へ向かいますか」


「ええ。途中の村まで2時間ほどでございましょう」


 クーリエが立ち上がりましたわ。荷物を背負いましたの。それから洞窟の入口を少し見ましたわ——暗い口でございますの。中から空気が流れてきておりますわ。


「行きましょうか」とクーリエが言いましたわ。


「ええ」


 4人で南の街道へ向かいましたの。




 1時間ほど歩いたところで、わたくしは葉を確認しましたわ。


 色が変わっておりましたの。暗い緑から、少し赤みがかった茶色へでございますわ。酸化が進んでおりますの。香りが変わりましたわ——土の奥の香りに、少し甘みが加わっておりますの。


「変わりましたね」とクーリエが覗き込みましたわ。


「ええ。よい兆候でございますわ」


「なんか、さっきと違う匂いがします」


「甘みが出てきましたの」


 クーリエが鼻を近づけましたわ——それから少し目を見開きましたの。


「……ほんとだ」


「茶葉になりたがっておりますわ」


「茶葉が、なりたがっている」


「ええ」


 クーリエが少し考えましたわ——言葉の意味を考えているようでございますの。それから、何も言いませんでしたわ。


 ヴァルターが前を向いたまま言いましたの。


「処理が必要だとは知りませんでした」


「産地で生葉を買う機会はあまりございませんの。市場に出る頃にはもう処理済みでございますわ」


「では今回は特別な工程ということですか」


「洞窟の茶葉でございますわ——特別でございますわよ」


 セバスチャンが聞きましたわ。


「それほどのものなのか、その茶葉は」


「飲んでみなければわかりませんわ」


「……わからないのか」


「飲むまではでございますわ。それが紅茶でございますの」


 セバスチャンがまた黙りましたわ。




 村に着きましたの。


 小さな村でございましたわ——宿が1軒ございましたの。街道沿いの、素朴な宿でございますわ。


 宿の方に事情を話しましたの。


「厨房をお借りできますか? フライパンと弱火がございましたら」


「……フライパンでございますか」


「茶葉の乾燥でございますわ。少しの間だけでございますの」


 宿の方がわたくしを見ましたわ。それからセバスチャンを見ましたの——黒い鎧でございますわ。それからクーリエを見ましたの——荷物を背負った見慣れない顔でございますわ。


「……どうぞ」


「ありがとうございますわ」




 厨房でございましたわ。


 セバスチャンが入ってきましたの。


 厨房にいた宿の料理番の方が固まりましたわ。黒い鎧の大柄な人物が厨房の入口に立っておりますの——固まるのは当然でございますわ。


「見ていくか?」とセバスチャンがわたくしに言いましたわ。


「よろしいですわよ」


「……では邪魔しない程度に」


 セバスチャンが厨房の隅に立ちましたの。


 料理番の方がセバスチャンをちらちら見ておりましたわ。セバスチャンが壁を見ておりますの——鎧の音が少しするだけでございますわ。


「……大丈夫でございますよ」とわたくしは料理番の方に言いましたわ。「慣れますわ」


「は、はあ」


 フライパンを借りましたの。弱火にしましたわ。酸化させた葉を広げましたの——フライパンの上に、薄く伸ばしておりますわ。


 香りが出てまいりましたわ。


 最初は青い香りでございましたの——草の、生の香りでございますわ。それが少しずつ変わってまいりましたの。火が通るにつれて、乾いた香り、甘い香り、深い香りでございますわ——重なってきておりますの。


 クーリエが厨房の入口で嗅いでおりましたわ。


「……いい匂いがします」


「ええ」


「さっきより全然違います」


「火が通りますとこうなりますわ」


「魔法みたいですね」


「魔法ではございませんわ。時間でございますの」


 クーリエが少し考えましたわ。


「時間が茶葉を作る、ということですか」


「もんで、置いて、乾かす——それだけでございますわ。どれも時間がいりますの」


 ヴァルターが入口からフライパンを見ておりましたわ。


「色が変わってきていますね」


「もう少しでございますわ」


 セバスチャンが厨房の隅から進み出てきましたの——1歩だけでございますわ。フライパンを見ましたの。


「……本当に茶葉になるんだな」


「ええ」


「……なるほど」


 なるほど、がどういう意味かはわかりませんでしたわ。ただセバスチャンがもう1歩、フライパンの方へ近づきましたの。


 料理番の方が壁際に移動しておりましたわ。




 翌朝でございましたわ。


 乾燥させた葉を確認しましたの——十分に乾いておりましたわ。色は濃い茶色でございますの。指でつまむとかさかさした感触でございますわ。


 クーリエが湯を持ってきましたわ。


「試しますか?」


「ええ」


 銀のティーポットに葉を入れましたの——通常の茶葉より少し多めでございますわ。洞窟育ちでございますの——魔力を含んでいる分、成分が濃い可能性がございますわ。湯を注ぎましたの。蒸らしましたわ。


 30秒ほどでございましたの。


 注ぎましたわ。カップの中に、濃い琥珀色でございますの——少し暗い琥珀でございますわ。


 一口でございましたの。


 ……。


 もう一口でございましたわ。


「いかがですか?」とクーリエが言いましたわ。


「及第点でございますわ」


「及第点」


「ええ。ただ——ポルトゥスで改めて淹れてみますわ。水が違いますの——この茶葉にどの水が合うか、もう少し試したいですわ」


 クーリエがカップを覗き込みましたわ。


「私も飲んでいいですか?」


「どうぞ」


 クーリエが一口飲みましたわ。少し間がございましたの。


「……なんか、洞窟の中を思い出します」


「そうでございますわね」


「でも洞窟じゃない感じもします」


「外で乾かしましたの——外の空気が入っておりますわ」


 クーリエがもう一口飲みましたわ。何も言いませんでしたの——ただ飲んでおりましたわ。


 ヴァルターがカップを受け取りましたわ。一口飲みましたの。


「……独特ですね」


「ええ。他では飲めない味でございますわよ」


 セバスチャンがカップを見ておりましたわ。わたくしが差し出しましたの。


「どうぞ」


 セバスチャンが受け取りましたの。少し見ましたわ——それから一口でございますの。


 何も言いませんでしたわ。


 もう一口飲みましたの。


「……悪くない」


「ありがとうございますわ」


「褒めたつもりはない」


「存じておりますわ」




 宿を出ましたわ。


 街道の分岐でございましたの。南がポルトゥスでございますわ——わたくしたちの向かう方向でございますの。北東がレオガルドの勢力圏の方角でございますわ——セバスチャンが均衡を保ってきた場所でございますの。


 セバスチャンが立ち止まりましたわ。


「……ここで別れるか」


「そうでございますわね」


 少し間がございましたの。


「お前たちは次も、こういうことをするのか」


「茶葉があればでございますわ」


 セバスチャンが少し間を置きましたわ。


「……茶葉はまだ残っているか」


「いくつかでございますわ。西にまだ参っておりませんの」


 セバスチャンが西の方角を見ましたわ——一度だけでございますの。


「……そうか」


 それだけでございましたわ。


「お疲れ様でございましたわ」


「何がだ」


「洞窟でございますわ。的になっていただきましたの」


 セバスチャンが少し止まりましたわ。


「……迷惑だったと言っているのか」


「助かりましたわ、という意味でございますの」


「……そういう言い方をしろ」


「そうでございますわね。失礼いたしましたわ」


 クーリエが言いましたわ。


「また、会いますよね?」


 セバスチャンが少し間を置きましたわ。


「……さあ。どうだろうか……」


「会えると思います」


「根拠は?」


「なんとなくです」


 セバスチャンが何も言いませんでしたの——ヴァルターがわずかに口元を動かしましたわ。何も言いませんでしたの。


「では参りますわ」とわたくしは言いましたわ。


「ああ」


 4人で南の街道へ向かいましたわ。


 少し歩いてから振り返りましたの。


 セバスチャンがまだ分岐に立っておりましたわ。こちらを見ておりましたの——目が合いましたわ。


 わたくしは前を向きましたわ。


 南の街道が、続いておりましたの。

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