第47話 研究区画
石の扉を押しましたわ。
重うございましたの——しかし鍵はかかっておりませんでしたわ。石が石の上を滑る音がしましたの。内側から光が漏れてまいりましたわ。
開きましたの。
広い空間でございましたわ。天井が高うございますの——通路より3倍はございますわ。発光体が天井に集中して配置されておりましたの。通路より明るうございますわ。
壁沿いに棚が並んでおりましたの。棚の上に、瓶と箱と巻物でございますわ。瓶の中に液体でございますの——色が様々でございますわ。箱は封がされておりましたの。巻物は何本も重なっておりますわ。
机が3つございましたわ。それぞれに作業の途中のものが置かれておりましたの——瓶を固定する器具、小さな秤、羽根筆と紙でございますわ。
「実験室でございますわね」
クーリエが棚の瓶を見ましたわ。
「触らない方がいいですか」
「触らない方がよろしいですわ」
「触りません」
ヴァルターが部屋の奥を確認しておりましたわ。もう一つ扉がございましたの——さらに奥に続いておりますわ。
セバスチャンが机の上の紙を見ましたわ。読もうとして、止まりましたの。
「……読めない」
「専門的な記号でございますわ」
「お前は読めるのか」
「おおよそでございますわ」
わたくしは紙を手に取りましたの。化合の記録でございますわ——素材と結果でございますの。数字と記号が並んでおりましたわ。失敗の記録が多うございますの——成功の印がついているものは、ほとんどございませんでしたわ。
「……長い研究でございますわね」
机の上に置き直しましたわ。
奥の扉を開けましたの。
通路でございましたわ。また通路でございますの——ただし先ほどより天井が高うございますわ。左右の壁に棚が続いておりましたの。保管庫のような通路でございますわ。
クーリエが前を歩いておりましたの。
通路の中ほどで、クーリエが足を止めましたわ。
「……何かいます」
わたくしも止まりましたの。
通路の奥——棚の陰でございますわ。何かが動いておりましたの。音ではございませんでしたわ——空気が動いておりますの。
出てまいりましたわ。
大きうございましたの——先ほどの中型の魔獣より、さらに大きうございますわ。熊に似た体格でございますの——しかし四肢の形が均等ではございませんでしたわ。左前肢が右前肢より長うございますの。後肢も左右が異なりましたわ。作られた個体でございますの——しかし先ほどの魔獣とは違いますわ。先ほどは整っておりましたの。これは、整っておりませんでしたわ。
「実験の途中でございますわね」
クーリエがハンマーを構えましたわ。
「ハンマー、使っていいですか」
「ええ。ただし——動きを見てからでございますわ」
大型魔獣が動きましたわ。
読めませんでしたの。
左前肢が長い分、踏み込みの角度が通常と違いますわ——予測より内側から来ましたの。クーリエが横に飛びましたわ。間一髪でございますの。
ヴァルターが盾を押し込みましたわ。当たりましたの——しかし押し返されましたわ。重うございますの。ヴァルターの足が後退しましたわ。
「クラリッサさま、右の壁」
わたくしはフレアアローを右の壁に当てましたわ。炎が壁を走りましたの——大型魔獣が左に反応しましたわ。炎の熱でございますの。ヴァルターが盾を押し込む角度を変えましたわ。こちらの方が入りましたの——魔獣が右に流れましたわ。
クーリエがハンマーを叩き込みましたの。
当たりましたわ——しかし倒れませんでしたの。
「硬いです」
「体格でございますわね。もう一度」
クーリエが回り込みましたわ。大型魔獣がそれを追いましたの——速うございますわ。
クーリエが通路の棚に追い詰められましたわ。
大型魔獣の前肢がクーリエの肩を押さえましたの——
その瞬間でございましたわ。
ヴァルターの手が光りましたの。
「ヴァルター」
わたくしは名前だけ呼びましたわ。
ヴァルターが止まりましたの。手の光が、消えましたわ。
クーリエが棚を蹴って横に転がりましたの——前肢の下から抜け出しましたわ。距離を取りましたの。
大型魔獣がそちらへ向きを変えましたわ——その間に、わたくしがフレアアローを天井へ当てましたの。天井の岩が欠けて落ちてきましたわ。大型魔獣の背中に当たりましたの——少し止まりましたわ。
セバスチャンが側面から剣を入れましたの。深く入りましたわ。
大型魔獣が動かなくなりましたの。
しばらく、誰も動きませんでしたわ。
クーリエが肩を確認しておりましたの——押さえられた方でございますわ。
「怪我はございますか?」
「……打ち身くらいです」
「ヴァルター」
ヴァルターが向き直りましたわ。
「……申し訳ありません」
「謝罪ではございませんわ。今、何を感じましたの?」
少し間がございましたわ。
「……クーリエさんが」
「それだけでございますの?」
長い沈黙でございましたわ。
発光体の光が、静かに照らしておりますの。大型魔獣が倒れたままでございますわ。クーリエが肩を抑えたままこちらを見ておりましたの。セバスチャンが剣を収めながら少し離れたところに立っておりましたわ。
「……間に合わないと思いました」とヴァルターが言いましたわ。「クーリエさんが怪我をすると。それより先に、手が動こうとしました」
「止まれましたわ」
「……止まれました」
「ええ」
クーリエが口を開きましたわ。
「ヴァルターさん、ありがとうございます」
「何が、ですか」
「止まってくれたことです」
ヴァルターが少し間を置きましたわ。
「……申し訳ありません」
「謝らなくていいです」
ヴァルターが黙りましたの。
研究区画の通路を抜けましたわ。
また扉でございましたの——先ほどより大きな扉でございますわ。石ではございませんでしたの——金属でございますわ。発光体が扉の両脇に2つずつ配置されておりましたの。
空気が変わりましたわ。
湿気でございますの——先ほどまでより、はっきりと感じましたわ。水の近さでございますの。
わたくしは金属の扉を見ましたわ。
それから、来た方向を少し振り返りましたの——棚の並ぶ通路、実験室、命を延ばす研究の記録でございますわ。何年分もの記録でございますの。
独り言のように言いましたわ。
「この研究は——誰かのためではございませんわね」
誰も聞いておりませんでしたわ——おそらくでございますの。
金属の扉に手をかけましたわ。




