第46話 迷宮と罠
通路が分かれましたわ。
左と右でございますの。どちらも発光体の青白い光が続いておりますわ。どちらも同じ幅でございますの。
クーリエが左を見て、右を見ましたわ。
「どっちですか?」
「少し待ってくださいますか」
わたくしは両方の通路を見ましたわ。空気でございますの——左からは何も来ておりませんでしたわ。右からは、わずかに湿気がございましたの。
「右でございますわ」
「なんで?」
「湿っておりますの。奥に水がある方角でございますわ」
クーリエが右の通路の空気を吸いましたわ。
「……確かに」
「地底湖は奥にございます。奥へ向かう方向を選べばよろしいのでございますわ」
4人で右へ進みましたわ。
少し進んだところで、クーリエが足を止めましたわ。
「……壁が増えました?」
そうでございますの。通路の左側に、壁が増えておりましたわ。先ほどまでなかった壁でございますの——石の色が同じでございますわ。継ぎ目もございません。しかし通路が狭くなっておりましたの。
わたくしは少し立ち止まりましたわ。
「幻影でございますわね」
「幻影?」
「ヴァルター、盾を左の壁に向けてみてくださいますか?」
ヴァルターが盾を左の壁に向けましたわ。ゆっくりと近づけましたの——盾の端が壁を通り抜けましたわ。壁がそこにないかのように、でございますの。
「……なるほど」とヴァルターが言いましたわ。
「何がなるほどなんですか」とクーリエが聞きましたわ。
「盾は嘘をつきませんので」
わたくしは少し間を置きましたわ。
「なるほどでございますわ」
「それはどういう意味ですか」とクーリエが聞きましたわ。
「盾は魔法に惑わされない、ということでございますわ。見えているものが本物かどうか——盾に当たるかどうかで確かめられますの」
「……賢い」
「ヴァルターが見つけましたわ」
ヴァルターが少し首を振りましたの。「偶然です」
「偶然でも見つけた方のものでございますわ」
幻影の壁を無視して進みましたわ。
次の曲がり角でございましたわ。
足元でございますの。一歩踏み出したクーリエが、わずかによろめきましたわ。
「あ」
「足元の魔法でございますわよ。平衡感覚を狂わせますの」
「気持ち悪い」
「目を一点に固定してくださいますか。発光体を見ておりますと安定しますわ」
クーリエが発光体を見ながら歩きましたわ。少し安定しましたの。ヴァルターが盾を地面に沿わせながら歩いておりますわ——接地感を確保しておりますの。セバスチャンが何も言わずに歩いておりましたわ——魔法的な感覚の乱れに慣れているのでございましょう。
平衡を狂わせる区画を抜けましたわ。
「……吐きそうでした」とクーリエが言いましたの。
「お疲れ様でございますわ」
中型の魔獣が出てまいりましたわ。
通路の奥から2体でございますの。小型とは明らかに違いますわ——体格が倍ございますの。牛に似た形でございましたわ。角がありますの——しかし自然の角ではございませんでしたわ。左右非対称でございますの。作られた個体でございますわ。
通路の幅が2体でほぼ塞がれましたわ。
「ハンマー、使っていいですか」
「少し待ってくださいますか」
クーリエが止まりましたわ。
わたくしは通路を見ましたの。足元の魔法区画——今抜けてきた箇所でございますわ。2体の後方にも同じ区画があるかどうか、でございますの。
2体の後ろを見ましたわ。壁の色でございますの——後方の床に、薄く光る紋様がございましたわ。同じ仕掛けでございますの。
「ヴァルター、2体を後ろへ押し込めますか?」
ヴァルターが通路を見ましたわ。
「……やってみます」
ヴァルターが盾を構えて踏み込みましたわ。体重ごと押し込みましたの——2体が後退しましたわ。押し合いでございますの。ヴァルターの足が踏ん張っておりましたわ。
「クーリエ、右の壁を」
クーリエが右の壁にハンマーを当てましたわ——轟音でございますの。2体が音に反応して首を右に向けましたわ。一瞬でございますの。
その隙にヴァルターが最後の一押しをしましたわ。
2体が後方の区画に入りましたの。よろめきましたわ——平衡感覚が乱れましたの。前のめりに倒れましたわ。起き上がろうとしておりますが、足元が定まりませんでしたの。
「今でございますわ」
クーリエのハンマーが2体に続けて当たりましたわ。倒れたまま動かなくなりましたの。
「……逆用しましたね」とヴァルターが言いましたわ。
「作った方が丁寧な仕事をしてくださいましたので」
セバスチャンが静かに言いましたわ。
「お前は本当に、褒めているのか貶しているのかわからない」
「観察しておりますわ」
さらに奥へ進みましたわ。
通路の様子が変わりましたの。
壁に、何かが刻まれておりましたわ。魔法陣ではございませんでしたの——文字でございますわ。細かい文字でございますの。発光体の光で読めますわ——数字と記号と、短い言葉でございますの。
ヴァルターが壁を読みましたわ。
「……実験の記録ですか」
「そのようでございますわ」
数字は日付でございますの。年と月が刻まれておりましたわ。最初の日付——ずいぶん前でございますの。わたくしが生まれる前でございますわ、おそらくでございますが。
その隣に、次の日付でございますの。また隣に、次でございますわ。
ずっと続いておりましたの。壁一面に、日付と短い記録でございますわ。途切れることなく続いておりますの。
「……ずっと、続いていますね」とヴァルターが言いましたわ。
「ええ。ずっと続いておりますわ」
クーリエが壁を見ましたわ。
「何の実験ですか?」
わたくしは文字を読みましたの。記号と数字が多うございましたわ——専門的な記録でございますの。ただ、繰り返し出てくる言葉がございましたわ。
「命でございますわ」
「命?」
「命を、延ばす研究でございますの」
誰も何も言いませんでしたわ。
発光体の光が、記録を照らし続けておりましたの。
記録の続く壁の通路を抜けましたわ。
前方に、扉がございましたの。石の扉でございますわ——発光体が扉の周囲に集中して配置されておりましたの。ここから先が、また違う区画でございますわ。
セバスチャンが扉を見ましたわ。
「……奥か」
「ええ」
クーリエがハンマーを持ち直しましたの。ヴァルターが盾を構えましたわ。
わたくしは扉の前に立ちましたの。
石の扉に手をかけましたわ。




