第43話 北への街道
翌朝、ポルトゥスを出ましたわ。
北への街道でございますの。舗装された道が続いておりましたわ。南の方角から来る旅人はそれなりにおりましたの——北へ向かう者は少のうございましたわ。
1時間ほど歩きましたの。
クーリエが足元を見ましたわ。
「……草が薄いですね」
そうでございますの。道の脇の草が、まばらでございましたわ。土が見えておりますの。草が育ちきれていない区画でございますわ——人が手を入れていない荒れ方ではございませんでしたの。地面そのものの問題でございますわ。
さらに歩きますと、道の脇に井戸がございましたの。石組みの古い井戸でございますわ。傍に小さな集落があったのでしょう——建物の跡が残っておりましたの。人はおりませんでしたわ。井戸の底を見ますと、水がございませんでしたの。乾いておりましたわ。
「ここはそういう場所でございますわ。ちょくちょく出てきますの」
「何でそうなるんですか?」
セバスチャンが前を向いたまま言いましたわ。
「均衡が崩れると、魔力が抜ける場所が出てくる。植物が育たない。水も枯れる。人が去る。ただの荒れ地になる」
「……治りますか?」
「均衡が戻れば。今は戻っていない」
クーリエが枯れた井戸を振り返りましたわ。それから前を向きましたの。
4人で歩き続けましたわ。
昼前でございましたの。
街道の脇に荷車が止まっておりましたわ。年配の男性が荷を確認しておりますの。荷台に木箱が積まれておりましたわ——茶葉の匂いでございますの。
わたくしは足を止めましたわ。
「少し寄ってよろしいですか?」
セバスチャンが何も言いませんでしたの。クーリエが「はい」と言いましたわ。ヴァルターが自然に周囲に目を向けましたの——習慣でございますわ。
荷車の傍に近づきましたの。
「北からでいらっしゃいますか?」
男性が顔を上げましたわ。こちらを見て、少し考えましたの。
「ええ、まあ。どちら様で?」
「旅の者でございますわ。茶葉の匂いがいたしましたの」
「ああ、これですか」と男性が木箱を叩きましたわ。「北の村で仕入れた乾燥葉です。土産物として売っておりましたが——今年は仕入れられなかった」
「仕入れられなかった、でございますか」
「洞窟に近い村でしてね。最近、魔獣がうろついてまして。村人が怖がって採りに行けんと言うんですよ」
クーリエが聞きましたわ。
「洞窟ってどんな洞窟ですか?」
「大きな自然洞窟ですよ。昔から奥に地底湖があることで知られておりましてね——昔は観光客も来たくらいで。ただここ数年は魔獣が増えてしまって」
「地底湖、でございますか」
「ええ。その湖のほとりに変わった植物が育っておりましてね。光が届かない場所なのにぴんぴんしておる。それが乾燥させると香りが良くてですね——村の者は昔から食用にしておったようで」
わたくしは少し間を置きましたわ。
「今も育っておりましょう」
「さあ。入れないので確認はできませんが——まあ、育っているんじゃないですかね。何年もそこにあったものが急に消えることもないでしょう」
男性が荷台の木箱を一つ取り出しましたわ。
「去年の在庫がまだ少しありましてね。よろしければ」
「いただきますわ」
銀貨を3枚お渡しいたしましたの。男性が少し驚いた顔をしましたわ。
「多くないですかね」
「情報料でございますわ」
男性が笑いましたの。木箱を手渡しながら言いましたわ。
「お嬢さんたち、洞窟に行くんですか?」
「ええ」
「……魔獣が増えているので、気をつけてください。普通の個体じゃないんですよ。動きが妙で——獣の目をしていない、と村人が言っておりました」
「ありがとうございますわ」
男性が荷車を引いて南へ向かいましたわ。
4人で歩き始めましたの。
セバスチャンが言いましたわ。
「獣の目をしていない、というのは」
「魔法で作られた個体でございますわ。本能で動く通常の魔獣とは違いますの——命令に従って動く個体でございますわ」
「……そんなことができるのか」
「できる方がおられるようでございますわね、この洞窟には」
クーリエが聞きましたわ。
「その方って——勇者ですか?」
セバスチャンが少し止まりましたの。
「……北に、洞窟に籠もって出てこない魔法使いがいる。何年も出てきていない」
「何年も?」
「私が均衡を保ち始めた頃にはもう籠もっておった。それより前からかもしれない」
「勇者ですか?」
「……そのはずだ」
歯切れの悪い言い方でございましたわ。
クーリエが少し首を傾けましたの。
「そのはず、って」
「籠もって出てこないものを確認しようがない。討伐に来た様子もない——ただ、洞窟の外に出てくることもない」
わたくしは前を向いたまま言いましたわ。
「洞窟では紅茶が落ち着いて飲めないでしょう」
セバスチャンが少し足を止めましたの。一歩遅れて、また歩き始めましたわ。何も言いませんでしたの。
クーリエが少し考えましたわ。
「……それは困りますね」
「ええ、困りますわ」
ヴァルターが静かに言いましたの。
「その方も、困っているんでしょうか?」
誰も答えませんでしたわ。
街道が少し登り坂になりましたの。木々が密になっておりますわ。
夕方でございましたわ。
街道沿いに小さな村が見えてまいりましたの。宿の看板が出ておりましたわ。
「今夜はここでございますわ」
セバスチャンが村の先を見ましたの——木々の間から、大きな岩肌が見えておりましたわ。洞窟の方角でございますの。
「……近いな」
「ええ。明日の朝、参りますわ」
4人で村へ向かいましたわ。




