第33話 道すがら
翌日の道中でございましたわ。
街道が少し細くなりましたの。山の裾野に沿った道でございますわ。日当たりがよくて、石が乾いておりますの。歩きやすい道でございますわ。
クーリエが前を歩いておりましたの。ヴァルターが後ろでございますわ。わたくしが真ん中でございますの。
クーリエが急に立ち止まりましたわ。
「あれ、何ですか?」
道の脇でございましたの。茂みの中に、何か光るものがございましたわ。
近づきましたの。
小さな虫でございましたわ。羽が光っておりますの——変異種ではございませんわ。ただの虫でございますが、羽に光の紋様がございますの。
「きれいですね」
「珍しゅうございますわね」
クーリエがしゃがんで見ておりましたわ。虫が羽を広げましたの。光の紋様が動きましたわ。
「触ってもいいですか?」
「やめておいた方がよろしゅうございますわよ」
「なんでですか?」
「珍しいものには理由がございますの。たいていは」
クーリエが少し考えてから立ち上がりましたわ。
ヴァルターが少し後ろから見ておりましたの。
「……ゼルブルクにも、似たような虫がいます」
クーリエが振り返りましたわ。
「そうなんですか?」
「羽が光る虫が。子どもの頃に見ました。川沿いに出るんです、夜に」
「きれいそうですね」
「……きれいでした」
ヴァルターが虫を見ておりましたわ。少し間がございましたの。
「国を出て、もう3年になります」
独り言のようでございましたわ。
わたくしは何も言いませんでしたの。クーリエも黙っておりましたわ。
クーリエが少ししてから聞きましたの。
「帰れますか?」
「……わかりません」
「帰りたいですか?」
ヴァルターが少し止まりましたわ。
「……帰れる顔をしていないので」
それだけでございましたわ。
虫が飛び立ちましたの。光の紋様が空気の中に残って、消えましたわ。
3人でしばらく、その場所を見ておりましたの。
昼の休憩でございましたわ。
道沿いに平たい岩がございましたの。クーリエが湯を沸かしておりますわ。旅用の茶葉でございますの。
ヴァルターが荷物を下ろしながら、少し迷う顔をしておりましたわ。それから口を開きましたの。
「……質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「昨夜の、被害者仲間、とは——どういう方ですか?」
「魔王でございますわ」
ヴァルターが固まりましたの。
「……魔王、ですか」
「選ばれたくないのに選ばれた方でございますの。ご自身の意思ではない役目を押し付けられた——困っておられますわよ」
ヴァルターがわたくしを見ましたの。それからクーリエを見ましたわ。
「お疲れ様です、って言ったら、否定しませんでした」
クーリエが言いましたの。
ヴァルターが少しの間、前を向いたまま黙っておりましたわ。
「……どうして、そういう方と知り合いになるんですか?」
「道中に変異種がいて、同じ方向を向いておりましたわ。それだけでございますの」
ヴァルターが少し考えましたわ。
「……それだけで?」
「それだけでございますわ。セバスチャンと申しますの。今も北東の山岳で変異種を一人で食い止めておりますわ——勇者が動くのを待ちながら」
ヴァルターが黙りましたわ。しばらく、そのままでございましたの。
「……それは、大変ですね」
「そうでございますわね」
クーリエが茶を配りましたわ。ヴァルターが受け取りましたの。一口飲みましたわ。
少し間がございましたの。ヴァルターがカップを両手で持ちながら言いましたわ。
「……私が合流したのも、変異種に囲まれていたところを助けてもらったからですね」
「同じ方向でございましたわ」
「それだけで、一緒に来ていいものなのか——今も、よくわかっていません」
わたくしはカップを置きましたわ。
「ヴァルター、今日の道中で薪を拾いましたか?」
ヴァルターが少し驚いた顔をしましたの。
「……拾いました。昨夜、足りなくなりそうだったので」
「誰かに頼まれましたか?」
「……いいえ」
「それでよろしゅうございますわ」
ヴァルターが、わたくしを見ておりましたわ。しばらく、そのままでございましたの。
「……そういうものですか?」
「そういうものでございますわよ」
クーリエが自分のカップを両手で持ちながら言いましたの。
「ヴァルターさんがいると、後ろが安心です」
「……そうですか?」
「さっきも、後ろから変異種の気配に気づいてくれたじゃないですか」
「……あれは、習慣で」
「習慣でも助かります」
ヴァルターが少し黙りましたわ。それから、小さく頷きましたの。言葉はございませんでしたわ。
午後の道中でございましたの。
街道が少し開けてまいりましたわ。遠くに村が見えてきましたの。今夜の宿が取れるかもしれませんわ。
3人で歩いておりましたわ。




