第31話 道中にて
山を下りるにつれて、道が戻ってまいりましたわ。
獣道が街道になりましたの。街道が広くなりましたわ。轍の跡が新しくなりましたの。人の気配が戻ってまいりますわ——とはいえ、まだ距離がございますの。
セバスチャンは麓で別れましたわ。
「また変異種が増えている。戻る」
「ご苦労様でございますわ、セバス」
「セバスチャンだ」
背を向けて山の方へ戻っていきましたわ。クーリエが小さく手を振りましたの。セバスチャンは振り返りませんでしたわ——ただ、少し歩みが遅くなりましたの。
わたくしとクーリエの2人になりましたわ。
2日目の午後でございましたの。
前方で音がしましたわ。
唸り声でございますの。複数でございますわ。街道から少し外れた森の際——そこに、大盾を背負った人物が立っておりましたわ。
変異種に囲まれておりましたの。6匹でございますわ。人物は盾を構えておりましたの——大きな盾でございますわ、持ち主の背丈をわずかに超えるほどの。変異種が間合いを詰めておりますの。左から来た1匹に盾を向けて弾きましたわ。右から来た1匹を剣で制しましたの。
消耗しておりましたわ。動きが重うございますの。
わたくしは立ち止まりましたの。
一拍でございますわ。
「手伝いますわ」
クーリエがすでに槍を展開しておりましたの。上空に4本でございますわ。
槍が4匹に刺さりましたの。わたくしのフレアアローが残り2匹に当たりましたわ。バーストしましたの。
静かになりましたわ。
大盾の人物が、こちらを見ましたの。30代ほどでございますわ。がっしりとした体格でございますの。短い茶髪と落ち着いた茶の瞳でございますわ。鎧に傷がございましたの——今日のものではございませんわ。旅をしている方でございますの。
人物が盾を下ろしましたわ。
「……ありがとうございます。申し訳ありません、助けていただいて」
「謝罪は不要ですわ。どちらへ向かっておりますの?」
「北の方へ、と思っております。特に決めていませんが」
「同じ方向でございますわ。一緒に参りますわよ」
人物が少し驚いた顔をしましたの。何か言いかけておりましたわ——その間にわたくしは歩き出しましたの。
クーリエが人物を振り返りましたわ。
「行きますよ」
人物が一瞬止まって、それから歩き始めましたの。
道中、3人の距離は均等ではございませんでしたわ。
わたくしとクーリエが並んで、大盾の人物が少し後ろでございますの。ついてきておりますわ——ただし、会話に入ろうとはしておりませんでしたの。
クーリエが後ろを向きましたわ。
「名前、聞いてもいいですか?」
人物が少し驚きましたの。
「……ヴァルターといいます。ヴァルター・ハインです」
「私はクーリエです。こちらはクラリッサさまです」
「クラリッサ・フォン・ヴァルシュタインと申しますわ」
ヴァルターが軽く頭を下げましたの。
「……よろしくお願いします」
「どちらからいらっしゃいましたの?」
「ゼルブルクの方から、と申し上げれば伝わりますか」
「存じておりますわ。遠くからいらっしゃいましたのね」
ヴァルターが少し黙りましたわ。それ以上は続きませんでしたの。
クーリエがまたわたくしの隣に戻りましたわ。小声で申しましたの。
「あまり話したくなさそうですね」
「そのようでございますわね」
「聞かないんですか?」
「必要になったら話してくださるでしょう」
宿に着いたのは夕方でございましたの。
部屋は2室取りましたわ。ヴァルターには別の部屋を、とわたくしが申しましたの——ヴァルターが「申し訳ありません、代金は」と言いましたわ。「結構ですわ」と答えましたの。ヴァルターがもう一度「申し訳ありません」と言いましたわ。
食事の後でございますの。
クーリエが湯を頼みましたわ。茶葉を取り出しておりますの。
ヴァルターがそれを見ておりましたわ。
「……それは、何ですか?」
「紅茶でございますわ」
「紅茶」
「飲んだことがございませんか?」
ヴァルターが少し考えましたの。
「……ありません」
「では、どうぞ」
クーリエが淹れましたわ。3杯でございますの。ヴァルターの前にも1杯置かれましたわ。
ヴァルターがカップを見ましたの。それから持ち上げて、一口飲みましたわ。
少しの間がございましたの。
「……おいしいです」
「そうでございますわ」
クーリエが少し誇らしそうな顔をしましたの。自分が淹れたからでございますわ。
ヴァルターがもう一口飲みましたの。それからカップを両手で持ちましたわ。
3人で飲んでおりましたの。
会話はございませんでしたわ。それでよかったのでございますの——まだ、そういう距離でございますわ。
翌朝でございましたの。
宿を出ると、ヴァルターが入口の前に立っておりましたわ。大盾を背負っておりますの。
「……あの、確認させてください」
「何でございますか?」
「この先まで、ご一緒していいですか?」
わたくしは少し考えましたの。
「途中で別れる必要もございませんわよ」
ヴァルターが少し驚きましたわ。
「……それは、どういう意味ですか?」
「大盾は役に立ちますわ」
ヴァルターが黙りましたの。しばらく、そのままでございましたわ。
「……申し訳ありません、私は騎士団を去った身です。役に立てるかどうか」
「今立ちましたわよ、昨日」
クーリエが横でうなずいておりましたの。
ヴァルターがわたくしを見ましたわ。それからクーリエを見ましたの。それからまた前を向きましたわ。
「……確認させてください、とはこういう時のための言葉ではなかったのですが」
「よろしゅうございますわ。歩きながらでございますわよ」
わたくしは歩き出しましたの。
クーリエがヴァルターを振り返りましたわ。
「行きますよ」
ヴァルターが一拍置いて、歩き始めましたの。
3人でございますわ——まだ、そう呼ぶには早いかもしれませんでしたわね。ただ、3人分の足音がしておりましたの。




