第29話 産地
道が細くなりましたの。
山岳の街道が終わって、獣道に変わっておりましたわ。轍の跡はございませんでしたの。人の足跡もございませんわ。ただ、踏み固められた地面だけがございましたの——長い年月、誰かが通ってきた跡でございますわ。
セバスチャンが先を歩いておりましたの。
「この先を知っているのですか?」
「何度か来たことがある。山岳の変異種を追っていた時に」
「産地まで?」
「近くまでは。入ったことはない」
わたくしは地図を確かめましたの。マルクスの手書きの地図でございますわ。この道でございますの。
「あと少しでございますわ」
木々が開けたところに出ましたの。
斜面の一帯に、茶の木が並んでおりましたわ。
手入れされておりませんでしたの。枝が伸び放題で、隣の木と絡み合っているものもございますわ。雑草が根元を覆っておりましたの。それでも——茶の木は生きておりましたわ。新しい芽が、あちらこちらから伸びておりますの。
わたくしは近くの一本に手を伸ばしましたわ。
葉でございますの。厚みがございますわ。指先で軽く触れましたの。
「これでございますわ」
クーリエが隣に来ましたわ。
「どれですか?」
「全部でございますわよ。この斜面にあるもの全てでございますの」
クーリエが斜面を見渡しましたわ。
「……全部取るんですか?」
「そのような乱暴なことはいたしませんわ。必要な分だけでございますの」
セバスチャンが少し離れた場所で周囲を確認しておりましたの。変異種の気配を探っているのでございますわ。
わたくしは斜面をゆっくりと歩きましたの。一本一本を見ておりますわ。状態のよい木の、状態のよい枝の、状態のよい芽を選んでおりましたの。この木はよろしい。この枝は少し病んでおりますわ。こちらの木の先端は香りが強そうでございますの。
手を伸ばして、丁寧に摘みましたわ。
一時間ほどかかりましたの。
布の上に生葉が並んでおりましたわ。
「これで終わりか?」
セバスチャンが戻ってまいりましたの。
「いいえ、ここからでございますわ」
「ここから?」
「生葉のままでは飲めませんの。処理が必要でございますわ」
わたくしは生葉を水で軽く洗いましたの。それからクーリエに向かいましたわ。
「もんでくださいますか?」
「もむ?」
「ええ。葉をこうして——」
手の中に葉を数枚入れて、両手で優しく押すようにもみましたの。葉が少し暗くなりましたわ。
「細胞を壊しますの。こうすることで香りが出やすくなりますわ。力を入れすぎず、ただ押すように」
「覚えます」
クーリエが葉をもみ始めましたの。最初は力が入りすぎておりましたわ。少し教えましたの。2度目からは加減がよくなりましたわ。
セバスチャンが見ておりましたの。
「何をしているんだ?」
「茶葉を作っておりますわ」
「……産地まで来て、自分で作るのか?」
「産地で作るから意味があるのでございますわ。この場所の空気と水で処理した茶葉は、持ち帰ってから作るものとは違いますの」
セバスチャンが少し黙りましたわ。
もんだ葉を布の上に広げましたの。
「このまま少し置きますわ。酸化させますの」
「どのくらいだ?」
「香りを確かめながらでございますわ。急ぐ必要はございませんわよ」
待つ間に、変異種が来ましたの。
斜面の下から、4匹でございましたわ。普通の変異種ではございませんでしたの——大型でございますわ。昨日遭遇したものより一回り大きゅうございますの。
セバスチャンが剣を抜きましたわ。
「処理が終わるまで待てますか?」
「無理だ。すぐ来る」
「クーリエ」
「壁、出します」
光の壁が展開されましたの。生葉が広がった布の前でございますわ。変異種が壁に当たって止まりましたの。
セバスチャンが2匹に向かいましたわ。大型でございますが、動き方は同じでございますの——ただし力が違いますわ。剣が当たっても、吹き飛ぶ距離が短うございましたの。
わたくしはフレアアローを4本、残り2匹に向けましたわ。当たりましたの。バーストしましたわ。1匹が倒れましたの。もう1匹がまだ動いておりますわ——大型は1発では足りませんでしたの。
セバスチャンが1匹を抑えながら、もう1匹を見ましたわ。
クーリエが壁を消しましたの。槍を2本、その1匹に向けましたわ。刺さりましたの。
「ハンマー使っていいですか?」
「事前に言えましたわ」
「使います」
ハンマーが光の粒を引きながら降りてきましたの。大型の変異種に当たりましたわ。
音が山に響きましたの。
セバスチャンが最後の1匹を剣で仕留めましたわ。
静かになりましたの。
クーリエがハンマーを消しながら、わたくしを見ましたの。
「生葉、大丈夫でしたか?」
布の前に戻りましたわ。壁があった間は守られておりましたの。酸化は続いておりますわ。
「問題ございませんわ」
セバスチャンが近くに来ましたの。
「倒す前に壁を出したな」
「茶葉を守りましたの」
セバスチャンが生葉の広がった布を見ましたわ。
「……なぜ茶葉?」
小さな声でございましたの。独り言のようでございましたわ。
香りを確かめましたの。
もう少し、でございますわ。
セバスチャンが斜面の端に立って、遠くを見ておりましたわ。山の向こうでございますの——北東の方角でございますわ。
「何が見えますか?」
「何も。ただ感じる。変異種の密度が——この一帯だけ高い」
「引き寄せられている、と昨日もおっしゃっておりましたわね?」
「原因がわかれば対処できるんだが」
わたくしは生葉の香りをもう一度確かめましたの。
もう少し待ちましたわ。
それからクーリエに火を頼みましたの。フライパンを取り出しましたわ。弱火でございますの。
「乾かしますわ。焦がしてはいけませんわよ」
「やっていいですか?」
「どうぞ」
クーリエがフライパンを持ちましたの。慎重に動かしておりますわ。香りが出てきましたの。
山の香りでございますわ。この斜面の、この茶の木の香りでございますの。
セバスチャンが振り返りましたわ。
「……いい香りだな」
「そうでございますわ」
クーリエが誇らしそうな顔をしておりましたの。フライパンを動かしながらでございますわ。
仕上がった茶葉を小分けにして仕舞いましたの。
この場所で作ったものでございますわ。持ち帰りましたの。
斜面をもう一度見ましたわ。手入れされていない茶の木が、それでも芽を伸ばしておりますの。
「また来られますかしら?」
「次に来る時は、もう少し道が安全だといいですね」
クーリエが言いましたの。
「そうでございますわね」
山道を下り始めたところで、セバスチャンが足を止めましたの。
「……見られていたぞ」
「存じておりますわ」
斜面の上の方でございましたわ。木々の間に、人の気配がございましたの。変異種ではございませんでしたわ——人でございますの。いつからいたかはわかりませんでしたが、戦闘の頃からかもしれませんわ。
「追いますか?」
クーリエが上を見ましたの。
「必要ございませんわ。見られて困ることはしておりませんの」
セバスチャンが溜息をつきましたの。
「……なぜ私はこんな場所にいるんだ?」
セバスチャンが山の方角を見ておりましたわ。
「私はこの辺りにしばらくいる。変異種の密度が下がるまでは」
「ご苦労様でございますわ」
「……おまえたちは?」
「今夜は麓で泊まりますわ。明日は——」
わたくしは仕舞ったばかりの茶葉のことを思いましたの。
「どこかでこれを飲みたいでございますわね」
セバスチャンが少し間を置きましたの。
「……麓に使える小屋がある。荒れているが屋根はある」
「ご存知でしたの」
「変異種を追っていた時に確認した。それだけだ」
それだけだ、と申しましたわ。
ただ、教えてくださいましたの。
「ありがとうございますわ、セバス」
「セバスチャンだ」
クーリエが少し笑いましたの。初めて笑ったところを見ましたわ——この3人の中では、でございますの。




