第27話 商業国家への帰還
ポルトゥスの城門が見えてまいりましたの。
技術国家の城門と違って、ここは人の流れが止まっておりませんわ。荷馬車が列を作って順番を待っておりますの。行商人が荷物を抱えて通り抜けておりますわ。門番が手慣れた様子で書類を確認しておりますの。
前回と何も変わっておりませんでしたわ。
変わっていないことが、今日は少し落ち着きますわね。
「帰ってきた感じがします」
クーリエが言いましたの。
「ポルトゥスはわたくしたちの拠点ではございませんわよ」
「でも、知ってる場所です」
それはそうでございますわね、とわたくしは思いましたの。
城門を抜けて、大通りに出ましたわ。石畳の継ぎ目が均一でございますの。街灯が等間隔に並んでおりますわ。技術国家の街とは違う均一さでございますの——こちらは商売の効率から来ておりますわ。あちらは設計の正しさから来ておりましたの。
同じ均一さでも、理由が違いますわね。
市場の方から香りが漂ってまいりましたの。香辛料と、焼いた何かと、それから——
「茶葉でございますわ」
「えっ、どこですか?」
「あちらの方角でございますわ」
クーリエが鼻をひくひくさせておりましたの。
「私には香辛料しかわかりません」
「練習が必要でございますわね」
マルクスの執務室に向かう前に、市場に寄りましたの。技術国家で購入した工業処理の茶葉が残っておりますが、それはそれでございますわ。市場を見ずに通り過ぎるのは旅人として惜しゅうございますの。
茶葉の露店が3軒ございましたわ。
1軒目は南方の乾燥茶葉。2軒目は花を混ぜたブレンド。3軒目に、見慣れない小さな木箱がございましたの。
「これはどちらの産でございますか?」
「北東の山岳ですよ。入荷が減っちまって、これが最後の在庫なんですがね」
「北東、でございますか」
「ええ。道が荒れてきたとかで、今年は商人が入りにくいと聞きましてね。変な魔物が増えたとかいう話も——」
わたくしはその木箱を手に取りましたの。
葉の形が細かうございますわ。乾燥の加減が丁寧でございますの。香りを確かめましたわ。
山の空気でございますわ。
「いただきますわ」
木箱を購入しましたの。それから旅用の茶葉を2種類ほど補充して、市場を出ましたわ。
マルクスの執務室に通されますと、エドワルドが3人分の茶を用意しておりましたわ。
壁一面の書棚。地図が広げられた机。マルクスが椅子から立ち上がりましたの。
「お待ちしていました、クラリッサ殿」
「ご無沙汰いたしましたわ、マルクス卿」
マルクスがわたくしを見ましたの。一瞬でございましたわ。損得の計算ではなく、無事を確認するような見方でございましたの。
「ご無事で何よりです」
それだけ言いましたわ。それだけで十分でございましたの。
「——そちらの方は?」
「わたくしのお世話係でございますわ。クーリエと申します」
「クーリエさんですね。よろしく」
「……よろしくお願いします」
クーリエが少し緊張した様子でございましたわ。マルクスの視線は温かそうに見えて、何かを測っておりますの。それがわかるから、緊張するのでございますわ。
席に着きましたわ。エドワルドが用意した茶でございますの。
わたくしはカップを口に運びましたの。
産地がわかりませんわ。ポルトゥスの茶商から仕入れたものでしょう——どの茶商かによって産地が絞れますわ。ただ今日はそれを確かめる場ではございませんの。
「東の方はいかがでしたか」
マルクスが言いましたわ。世間話をするような口調でございますが、耳が仕事をしていることはわかっておりますの。
「技術的な街でございましたわ。均一で、整って、よく管理されておりましたの」
「設計者の意図が街全体に出ているような場所ですね」
「ええ。ただ——設計の外側は、設計されておりませんでしたわ」
マルクスが少し間を置きましたの。
「問題は解決しましたか?」
「邪魔がなくなった、という意味では」
マルクスが地図の前に立ちましたわ。東の方角に視線を向けましたの。
「技術国家は今後、どう動くと思いますか?」
「内向きになるかと存じますわ。当面は」
「……そうですね」
マルクスが地図の上に小さな印をつけましたの。東の位置でございますわ。羽根筆の先が止まらず、そのまま周囲にも点を散らしていきましたの。
「道中で気になったことをお聞かせいただけますか。荷馬車が通れなくなった区間でも、歩いて渡れる場所でも」
わたくしはポルトゥスを出てからの道を思い返しましたの。
「東への街道に入ってから、農地が荒れている場所が3箇所ございましたわ。1箇所目は街道から見えるだけでございましたが、2箇所目は宿場の老夫婦から直接聞きましたの——働き手が減った、と。3箇所目は畑の中に鍬が倒れたままでございましたわ。急いで離れた形でございますの」
マルクスが印をつけながら聞いておりましたわ。
「変異種は?」
「最初の1匹は単独でございましたの。目が赤く、通常種より動きが速うございましたわ。次に出たのは3匹で——」
「複数でしたか」
「横並びで、間隔が均等でございましたの。左右で連携しておりましたわ」
マルクスの羽根筆が止まりましたの。
「それは初めて聞く形です」
「わたくしも初めて見ましたわ」
しばらく、地図を2人で見ておりましたの。印が東から北東にかけて弧を描くように並んでおりましたわ。マルクスが何かを測るように弧の内側を指でなぞりましたの。
「この範囲の商人から、似たような話が増えています」とマルクスが言いましたわ。「変異種の行動が変わった。道が荒れた。人が減った——点が線になってきた」
「線はどちらへ向かっておりますか?」
「今のところ、北東です」
わたくしは地図の北東を見ましたの。
「産地の状況はご存知でございますか?」
マルクスがわたくしを見ましたわ。
「今年は入れた商人がほとんどいないようです。——行くつもりですか?」
「茶葉がございますので」
マルクスが少し考えましたの。それから、わずかに表情が変わりましたわ。
「変異種が増えているとなると、道中が——」
「険しい道は、もともと覚悟しておりますわ」
マルクスが笑いましたわ。今度は損得の笑いではございませんでしたの。
「そうでしたね」
取引の確認をいたしましたわ。アルヴァニア・インペリアルの缶が、机の上に置かれましたの。
「約束通りです」
「ありがとうございますわ、マルクス卿」
缶を受け取りましたわ。手のひらの中で、少し重うございますの。
執務室を出て、ポルトゥスの大通りに出ましたわ。夕方の光が石畳に落ちておりますの。
クーリエが並びながら言いましたの。
「あの人、最初と最後で笑い方が違いましたね」
わたくしは少し考えましたの。
「気づきましたか?」
「なんか、違うなって」
「よく見ておりますわね」
クーリエが少し黙りましたの。それ以上は聞いてきませんでしたわ。
わたくしは封筒のことを思いましたの。旅の荷物の中に仕舞ってある、手書きの地図でございますわ。産地へ通じる街道の入口まで、と記してありましたの。
北東の山岳地帯。変異魔物が増えて道が荒れている。それでもそこに、あの茶葉の産地がございますわ。
険しい道は後回し、と申し上げておりましたの。
ただ、後回しにしている間に道がなくなっては困りますわね。
「クーリエ、明日は早めに出ますわよ」
「どこに行きますか?」
わたくしは北東の方角を見ましたの。
「茶葉を取りに参りますわ」




