第26話 天界の観測記録・第3号
転生特別監視記録の表紙に、確認印を押した。
逆さだった。
セラフィナはそれを見た。少しの間、見た。それから羽根筆を置いた。
覗き石を手に取ったのは、今朝の早い時間だった。
いつもと変わらない朝だった。業務日誌を開いて、前日の記録を確認して、覗き石で転生者の状況を確認する。第1号の記録を始めた頃から続けている手順だった。
石の表面に、宿場が映った。
白銀の光が、強く輝いていた。
セラフィナは覗き石を持ったまま、動かなかった。
石の中で、クラリッサが石畳に足を挟まれていた。アレンが盾を張って間合いに入っていた。クーリエが叫んでいた——音は聞こえない、口の形だけが見えた。それからクーリエから光が溢れて、セラフィナには追えない速さで動いた。
ハンマーが盾に当たった。
音は聞こえないのに、響いた気がした。
アレンが壁に当たって止まった。白銀の光が、最後にもう一度、強く輝いた。
それから、弾けた。
粒になって散った。石畳に落ちて、消えた。
セラフィナは覗き石を机に置いた。
しばらく、そのままでいた。
それから、管理台帳を開いた。
勇者の欄は5名分ある。アレンの欄に、羽根筆で小さく印をつけた。脱落。勇者としての役割の終了。天界転生局の業務として処理すれば、それだけのことだった。
印をつけた欄を見た。
残り4名、とセラフィナは思った。それから、残り4名という数え方が自分らしくないと思った。最初から5名だった。5名のうち1名が脱落した。それだけのことだった。
管理台帳を閉じた。
業務日誌を開いた。
第1号の最初のページが頭に浮かんだ。あの時は「予想の範囲外」と書いた。1件。雲紙が湿って、セラフィナは書類の端を押さえた。
第2号に切り替えた時は、想定外が37件になっていた。1件ずつ丁寧に記録していたものが、37件になった。数えながら書いていた。数えることで、管理できていると思っていた。
今回は——
セラフィナは羽根筆を取った。
想定外の件数を書く欄の前で、止まった。
何件だったか。
荷車の罠を搬入口から抜け出した時。宿の廊下の糸仕掛けを前にして「なかなか楽しい仕事」と言った時。アレンに「茶葉の話でございますわ、ずっと」と返した時。宿場全体が盤面になった戦闘で、クーリエへ何も言わずに建物の影を動いた時。
数えていなかった。
途中から、数えることをやめていた。
セラフィナは欄の前で羽根筆を持ったまま、少しの間、そのままでいた。それから、一行だけ書いた。
「数えるのをやめた」
雲紙が光った。
セラフィナは素早く業務日誌を閉じた。
扉が開いた。
「統括官、今日は何日ですか」
エリオだった。
「水の月、14日」とセラフィナは答えた。すぐに出てきた。
「……珍しいですね」とエリオが言った。「今日は合っています」
セラフィナは返事をしなかった。
エリオが扉を閉めて出ていった。
転生特別監視記録の表紙を、もう一度見た。
逆さの確認印が、そこにある。
羽根筆を取って、直そうとした。
やめた。
第3号の最初のページを開いて、日付だけを書いた。




