第25話 逆上
アレンが動きましたの。
魔道具を起動したのでございますわ——ただし、今度は制御された起動ではございませんでしたの。宿場の石畳が一斉に光り、同時に建物の壁という壁から鉄の腕が飛び出してまいりましたわ。仕込んであったものを全て、一度に起動したのでございますの。
白銀の光が、鋭く強くなりましたわ。
鉄の腕が8本、あらゆる方向から迫ってまいりましたの。
「クーリエ、壁でございますわ」
光の壁が展開されましたの。鉄の腕が2本、壁に当たって弾かれましたわ。残り6本——わたくしはエアープレスを左右に放ちましたの。2本ずつ吹き飛ばしましたわ。残り2本はクーリエが槍で弾きましたの。
一瞬でございましたわ。
アレンが次の魔道具を起動しましたの。
地面が揺れましたわ。石畳が持ち上がりましたの——フロアウォールで足場を固めましたわ。クーリエが隣に着地しましたの。石畳の破片が雨のように降ってきましたわ。
「上でございますわ」
街灯が、一斉に向きを変えておりましたの。熱線を出す仕組みに切り替わっておりましたわ。
「退きますわよ」
エアープレスを足元に当てて跳びましたの。クーリエが後を追いましたわ。熱線が石畳を焼いておりましたの。
アレンが追ってきましたの。
白銀の光が宿場全体を照らすほどに輝いておりましたわ。走りながら魔道具を次々と起動しておりますの。精密な計算ではなく、持っているものを全て使おうとしているような動き方でございましたわ。
クーリエが槍を3本、アレンの前方に落としましたの。アレンが止まらずに迂回しましたわ。また3本。また迂回する。距離が縮まっておりますの。
アレンが、また魔道具を起動しましたの。
石畳でございましたわ。
わたくしの足元の石畳が、左右から持ち上がりましたの。フロアウォールで押さえ……間に合いませんでしたの。石畳が両側からわたくしの足を挟みましたわ。膝から下が、石に埋まっておりますの。
動けませんでしたわ。
フレアアローを放ちましたの。アレンに向けましたわ。アレンが盾を張りましたの。迫りながら盾を構えたままこちらに来ておりますの。フレアアローが弾かれましたわ。エアープレスも同様でございますの。盾ごと押し返そうとしましたわ——盾が分厚い。魔道具で強化してあるのでございますわ。
アレンが間合いに入ってまいりましたの。
白銀の光が眩しいほど輝いておりましたわ。盾の奥から、もう一つの魔道具を構えておりますの。
「クラリッサさまっ——!」
クーリエの声が、聞こえましたわ。
その瞬間でございましたの。
光が、弾けましたわ。
クーリエから、でございますの。白い光ではございませんでしたわ。もっと強い、もっと眩しい何かでございますの。光の粒が、クーリエの全身から溢れておりましたわ。青い瞳が輝いておりますの。
クーリエが動きましたの。
速い、ということはわかりましたわ。ただ、動きが見えないのでございますの。一瞬でそこにいたはずのクーリエが、次の瞬間にはアレンの側面におりましたわ。光の槍が5本、アレンの周囲に展開されましたの——クーリエが動きながら、でございますわ。
アレンが槍を避けようとしましたの。
クーリエはもうそこにはおりませんでしたわ。背後でございますの。光のハンマーが振り上げられておりましたわ。
アレンが向き直ろうとしましたの。
間に合いませんでしたわ。
ハンマーが盾に当たりましたの。音が、宿場全体に響きましたわ。盾が割れましたの。アレンが石畳の上を滑りましたわ。建物の壁に背中が当たって、止まりましたの。
足を挟んでいた石畳の力が、緩みましたわ。
魔道具の集中が切れたのでございましょう。わたくしはフロアウォールで石をこじ開けて、足を引き抜きましたの。
宿場が静かになりましたわ。
クーリエが着地しましたの。光の粒がまだ全身から滲んでおりましたわ。ハンマーを握ったまま、荒い息をしておりましたの。
アレンが壁に背中をつけたまま、立っておりましたわ。手の魔道具が全て、光を失っておりましたの。
白銀のオーラだけが、まだ輝いておりましたわ。
わたくしはアレンを見ておりましたの。
アレンも、わたくしを見ておりましたわ。
穏やかな顔でございましたの。怒りは——もう表面にはございませんでしたわ。
「……一つだけ」
アレンが言いましたの。声が静かでございましたわ。
「あなたは、欠陥のある設計で構わないと言っている。なぜ?」
「構わない、とは申し上げておりませんわ」
わたくしは間を置かずに申し上げましたの。
「欠陥があることと、欠陥のまま放置することは、別の話でございますの。欠陥があるから直す。直せば別の欠陥が生まれる。また直す——それが設計というものでございますわ」
アレンが黙りましたの。
「あなたが作り直した世界でも、同じことをなさればよろしいのではございませんか?」
白銀の光が、ゆっくりと揺れましたわ。
揺れながら——強くなりましたの。
最後にもう一度、強く輝きましたわ。
それから、弾けましたの。
音はございませんでしたわ。白銀の粒が、宿場の空気に散りましたの。石畳に落ちて、消えましたわ。
「……そうか」
アレンが呟きましたの。
それだけでございましたわ。
アレンが壁から背中を離しましたの。服の埃を払いましたわ。それから、宿場の入口の方へ歩き始めましたの。傾いた格子の隙間から出ていきましたわ。
クーリエがハンマーを消しましたの。上空に残っていた槍も、静かに消えましたわ。全身から滲んでいた光の粒も、少しずつ収まっておりましたの。
「……行かせていいんですか?」
「ええ」
宿場が静かでございますの。石畳に焼けた跡がございましたわ。鉄の腕が数本、外れたまま地面に転がっておりますの。街灯が一本、傾いておりましたわ。
クーリエが荒い息を整えながら、自分の手を見ておりましたの。
「……発動しました」
「ええ」
「止まらなかったです。自分で止められなかった」
「よろしゅうございましたわ」
クーリエが少し黙りましたの。
「ハンマー、事前に言えませんでした」
わたくしは少し考えましたの。
「そうでございますわね」
「すみません」
「次からは言えますか?」
「……言えると思います」
「よろしゅうございましすわ」
クーリエが少しだけ表情を緩めましたの。
わたくしは宿場の出口を見ておりましたわ。アレンの姿はもうございませんでしたの。白銀の粒が散った石畳の上に、朝の光が落ちておりましたわ。
さて、でございますわ。
茶葉の在庫を確かめなければなりませんわね。次の宿場まで、どのくらいでございましょう。




