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第23話 技術の罠

 翌朝、宿を出ようとしたところでございましたの。


 扉を開けましたら、廊下に細い糸が張ってありましたわ。床から10センチほどの高さ。透明な素材で、光の角度によってかろうじて見えますの。


 わたくしは廊下に出る前に止まりましたの。


 糸の先を辿りましたわ。廊下の壁の小さな穴に繋がっておりますの。穴の奥に魔道具が仕込んである。それから——もう一本、でございますわ。天井近くに、さらに細い糸が張られておりましたの。最初の糸を切って安全と思って立ち上がった瞬間に、頭の高さで引っかかる仕組みでございますわ。


「クーリエ、足元でございますわ」


 クーリエが覗き込みましたの。


「……気づかなかったです」


「よく考えて作ってございますわ」


 わたくしは少しの間、そのまま廊下を眺めましたの。二本の糸が、朝の薄明かりの中でかろうじて光っております。一本目は気づかせるための罠。二本目は気づいた者のための罠。作った人間が、侵入者の行動を二手先まで読んでいるのでございますわ。


 なかなか楽しい仕事でございますわね。


「切っていいですか?」


「どちらも切らなくて結構でございますわ」


 エアープレスを壁の穴に向けて、ごく小さく放ちましたの。風の衝撃が穴の奥の機構を先に作動させましたわ。天井から小さな鉄の玉が数個落ちてきましたの——糸に触れる前に、仕掛けを先に起こした形でございますわ。両方の糸が弛みましたの。


「なるほど」


「糸を切れば切った記録が残りますわ。機構が先に動いたなら、ただ作動しただけでございますの」


 廊下を進みながら、追加の仕掛けを確かめましたの。階段の手すりに、触れると外れる仕掛けがございましたわ。壁の角に、床に踏むと沈む板がございますの。踏めば音が出る。どちらも傷つけるための仕掛けではございませんわ。動きを記録するための仕掛けでございますの。


 手すりには触れずに、板を避けて降りましたわ。


 クーリエが後ろからついてきながら言いましたの。


「楽しそうですね」


「楽しゅうございますわよ」


「罠が?」


「罠を作った人間の思考が、でございますわ。この廊下だけで、わたくしたちが取りうる行動を少なくとも四つ想定して仕掛けを置いておりますの。よく整理された頭の持ち主でございますわ」


「褒めてるんですか?」


「観察しておりますわ」


 宿の出口で、クーリエが聞きましたの。


「街の外に出ますか?」


「ええ。東の街道に出てしまえば、この街の仕掛けは関係ありませんわ」


 宿を出ましたの。大通りは朝の空気でございましたわ。街灯がまだ灯っておりますの。通りの向こうに人影がございましたわ。昨日と同じ立ち方でございますの。


 東の方角へ歩き始めましたの。



 城門手前の通りで、最初の妨害が来ましたわ。


 通りの幅を塞ぐように、荷車が止まっておりましたの。荷崩れした様子で、木箱が散らばっている。偶然の荷崩れに見えますが、木箱の散らばり方が均一でございますわ。


 通り抜けようとすれば、木箱を踏むか、荷車の脇の狭い隙間を通るしかない。隙間は一人分の幅。


 わたくしは少し止まって、屋根の上を見ましたの。ございましたわ。二人、屋根の縁に伏せておりますの。隙間を通る者に対して、上から対処できる位置でございますわ。


「迂回しますわ」


「えっ、あんな荷車——」


「それを待っておりますのよ。屋根に二人おりますわ」


 クーリエが屋根を見上げましたの。


「……本当だ」


「力で突破すれば、どの程度の力を持っているか記録できますわ。今は見せる必要がございませんの」


 裏通りに入りましたの。こちらには仕掛けはございませんでしたわ。石畳の継ぎ目が大通りより荒い。街灯の間隔が広い。管理の予算が回っていない場所でございますわ。


 城門の手前まで出てまいりましたの。


 城門が閉まっておりましたわ。


「通行証の確認が必要です。出域の際も確認が必要です。新しく定められた手順です」


「新しく、でございますか。確認の窓口はどちらでございますか?」


「中央管理棟です。開棟は昼でございます」


「わかりましたわ。では昼まで待ちますわね」


 踵を返しましたの。


「昼まで待つんですか?」


「待つふりをしますわ。東側の城壁に、搬入口があるはずでございますの」


 東側の城壁に沿って歩きましたの。ございましたわ。城壁の低くなっている箇所に、木製の扉がありましたの。鍵はかかっておりませんでしたわ。


「あっさり出られましたね」


「管理には範囲と優先順位がございますの。城門は人の往来を管理する。搬入口は物の流れを管理する。担当が違えば、網の目が違いますわ」


「隙間ですね」


「設計した者の想定の外、でございますわ」


 昨日アレンに申し上げたことでございますの。


 東の街道に出ましたわ。


 ただ、道中に人影が見えましたの。街道の先、木立の影に数人。荷車の脇に立っておりますわ。


「あちらでございますわね」


「やっぱり来ましたね」


「今度は正面でございますわ。存分にどうぞ」


 クーリエが前に出ましたの。上空に光の槍が10本展開されましたわ。


 工作員たちが構えましたの。6人でございます。荷車を盾にして、半数が弓を構えておりましたわ。残りの半数が抜刀しておりますの。訓練を受けた動きでございましたわ。街の中で見た工作員とは、質が違いますの。


 弓の一人が矢を放ちましたの。


 クーリエが光の壁を展開しましたわ。矢が弾かれましたの。続けて2本、3本。壁が受け続けておりますの。


 その間に、抜刀した3人が左右に散りましたわ。挟み込もうとしておりますの。


「クーリエ、左でございますわ」


 クーリエが槍を3本、左側の工作員たちの前方地面に落としましたの。地面が抉れて、左の3人が足を止めましたわ。


 右側の2人が詰めてきましたの。


 わたくしはフレアアローを1本、右の先頭の工作員の剣に向けて放ちましたの。刃に刺さりましたわ。工作員が止まりましたの——矢が刺さった感触に一瞬だけ動きが止まる。


「そこでございますわ」


 エアランスを薙ぎ払いましたの。右の2人が同時に吹き飛ばされましたわ。石畳の脇の草地に転がって、起き上がれずにおりますの。


 弓の3人がまだ撃ってきましたわ。クーリエの壁が受け続けておりますの。


 ここでございますわ。


「クーリエ、ハンマーを使いたいですか?」


「使いたいです」


「壁が消えますわよ」


「わかってます、でも——」


「弓の3人に向けて槍を全展開してくださいまし。そちらに集中している間に、わたくしが左の3人を抑えますわ」


 クーリエが一瞬考えましたの。


「……はい」


 光の壁が消えましたわ。同時に、上空の残りの槍が全て弓の3人に向けて展開されましたの。3人が慌てて荷車の後ろに飛び込みましたわ。矢が止まりましたの。


 わたくしは左の3人に向けてアールグレイストームを展開しましたの。



 両手を前に出しましたの。


周囲の風が止まりましたわ。アールグレイの香りが地面を這うように広がりましたの


——それから、琥珀色を帯びた風の渦が街道の幅いっぱいに展開されましたわ。


左の3人が浮き上がりましたの。身動きが取れない状態でございますわ。



 フレアアローを3本、浮いた3人に向けて放ちましたの。刺さりましたわ。炎上が始まりましたの。


「フルバーストでございますわ」


 3本同時に爆発いたしましたわ。


 左の3人が草地に落ちましたの。起き上がる様子がございませんわ。


 荷車の後ろに隠れていた弓の3人が、槍の包囲の中で動けずにおりましたわ。


「降参しますか?」とクーリエが槍を向けたまま言いましたの。


 3人が武器を置きましたわ。


 静かになりましたの。


 街道にアールグレイの香りが残っておりましたわ。


「……なんか、いい匂いがします」


 クーリエが言いましたの。


「アールグレイでございますわ。よい魔法でしょう」


 武器を置いた3人と、草地で動けない3人を見ましたの。怪我はしておりますが、命に関わる状態ではございませんわ。


「参りますわよ」


 歩き始めましたの。


 クーリエが並びながら言いましたの。


「さっき、ハンマー使いたいか聞いてくれましたよね」


「ええ」


「聞いてくれると思ってなかったです」


「壁が消えることを知っておいて、黙って使われる方が困りますわ。これからは、使う前に一言おっしゃっていただけますか?」


 クーリエが少し間を置きましたの。


「……次はハンマー使う前に言います」


「よろしいですわ」


 しばらく黙って歩きましたの。街道の先に朝の光が差しておりましたわ。


「クラリッサさま」


「ええ」


「壁とハンマーが同時に使えないこと、最初からわかってましたよね」


「ポルトゥスを出てからの道中で、クーリエが壁とハンマーを同時に使った場面がございませんでしたわ。どちらかを使う時は、どちらかを使っていない。それだけのことでございますの」


 クーリエが少し黙りましたの。


「……気づいてたんですね、ずっと」


「観察しておりますわよ、いつでも」


 技術国家の街が背後に遠ざかっておりますの。煙突の煙が、今日もまっすぐでございましたわ。

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