第21話 変異種と黒い鎧
依頼が来たのは、街に入って2日目の朝でございましたの。
宿の主人が「困っておられる農家があって」と話を持ってきたのでございますわ。街の外れの農地に魔物が出た。駆除の依頼を受けられる者を探しているとのことでございますの。
わたくしは少し考えましたの。
農地でございますわ。街の外れの。
「引き受けますわ」
「クラリッサさま、依頼を受けるんですか?」
「農地の様子を見ておきたいですわ。それに」
宿の窓から外を見ましたの。通りに、昨夜と同じ人影がございましたわ。
「街の中よりも、外の方が動きやすいでしょう」
クーリエが頷きましたの。
農家の主人は50代ほどの男性でございましたわ。街の外れの農地まで案内してくれながら、昨日今日の話ではないと言いましたの。1週間ほど前から魔物の気配がある。最初は夜だけだったのが、昼間も出るようになった。
「何匹ほどでございますか?」
「それが……最初は一匹だったんですが」
農家の主人が少し言葉を止めましたの。
「今は、よくわからないんです。音が、あちこちからするようになって」
農地が見えてまいりましたの。
麦畑でございましたわ。石積みの畦道が整っていて、農具が揃っている。数日前の道中で見た荒れた農地とは違いますわ。ただ、畑の端の方に、明らかに踏み荒らされた跡がございましたの。草が根元から折れている。土が掘り返されている。足跡の大きさが、通常種より一回り大きい。
「ここ数日でこれだけ荒れたのですか?」
「ええ。昨日は畑の真ん中まで入られて」
農家の主人が畑を眺めながら言いましたの。声に疲れがございましたわ。
「承知しました。少し見てまいりますわ」
農家の主人を後ろに残して、畑の端から踏み荒らされた跡を辿りましたの。
「クーリエ、足跡の数を確かめてくださいまし」
クーリエが屈んで土を見ましたの。
「……三種類、ありますね。大きさが違う。全部、同じ種類の魔物だと思うんですけど」
「続きを」
「足跡が……混ざってます。別々に動いた跡じゃなくて、同じ場所を一緒に歩いた感じで」
わたくしは周囲を見ましたの。畑の奥、草が深くなっているあたりに視線を向けましたわ。風が止まっておりましたの。
「クーリエ」
「わかってます」
クーリエが光の槍を展開しましたの。上空に5本。
草が揺れましたの。
一匹ではございませんでしたわ。
最初に出てきたのは、数日前に見た個体と同じ種類でございましたの。猪に似た形、逆立った毛、赤みがかった目。ただし体は一回り小さい。それが2匹、ほぼ同時に草の中から出てまいりましたわ。続いて、もう1匹。こちらは大きい。
3匹が、横に並びましたの。
間隔が均等でございましたわ。3匹が、同じ方向を向いて、同じ間隔で立っている。わたくしは少し止まりましたの。
「クーリエ、中央の大きい個体から」
「はい」
クーリエが槍を3本、中央に落としましたの。大きい個体が前足を踏ん張って受けましたわ。止まらない。2本目、3本目が刺さって、ようやく動きが鈍くなりましたの。
左右の2匹が動きましたわ。
左が先に動いて、右がわずかに遅れる。左が注意を引いて、右が側面に回り込む。クーリエが左に槍を向けた瞬間、右が加速しましたの。
「右でございますわ」
エアープレスを右の個体に向けて放ちましたの。見えない風の衝撃波が横腹を打って、個体が大きく弾き飛ばされましたわ。石積みの畦道に叩きつけられて、動きが止まりましたの。
クーリエが左の個体に槍を2本落としましたの。止まらない。もう1本。今度は止まりましたわ。
中央の大きい個体がまだ動いておりましたの。前足を引きずりながら、それでも前に来ようとしている。クーリエが追加の槍を展開して仕留めましたわ。
右の個体が、石積みの陰からまた動き出しましたの。
フレアアローを2本放ちましたの。右の個体の肩と脇腹に刺さりましたわ。炎上が始まりましたの。個体が身体を揺らして、それでも止まらない。
指を鳴らしましたの。
フルバースト。2本同時に爆発いたしましたわ。
今度は止まりましたの。
静かになりましたわ。
3匹が農地に横たわっておりますの。草の揺れが止まって、土の匂いと焦げた匂いが混ざっておりましたわ。クーリエが息を整えている。わたくしは倒れた3匹を順番に見ましたの。
その時でございましたの。
畑の反対側の草が、大きく揺れましたの。
クーリエが槍を向けましたわ。わたくしも構えましたの。
出てきたのは、人でございましたわ。
黒い鎧でございましたの。装飾のない、実用的な造りの黒い鎧。背が高い。長い黒髪。鎧の隙間から見える目が赤い。魔物の目の赤とは違う、深みのある赤でございますの。
その人物が、横たわった3匹の死骸を順番に見ましたの。それからわたくしたちを見ましたわ。
何も言いませんでしたの。
わたくしは観察しましたの。鎧に傷がございましたわ。新しい傷ではない。長く使われた鎧でございますの。手に武器は持っていない。立ち方に緩みがない。
その人物の視線が、畑の奥に向きましたの。
わたくしもその方向を見ましたわ。草が揺れておりますの。複数の気配でございますわ。
黒い鎧の人物が、無言で畑の奥に向かいましたの。
わたくしはクーリエに目配せしましたの。クーリエが頷いて、反対側に回りましたわ。
しばらく、音がいたしましたの。草が揺れる音、魔物の動く音、それから重い打撃音がいくつか。クーリエの方からは光の槍が落ちる音と短い着地音がございましたわ。
また静かになりましたの。
黒い鎧の人物が草の中から出てまいりましたわ。鎧に土がついておりましたの。
クーリエも戻ってまいりましたの。
「こっちは2匹でした」
わたくしはその人物に向かって言いましたの。
「お疲れ様でございましたわ」
人物が、足を止めましたの。
一歩踏み出しかけた右足が、そのまま地面に戻りましたわ。顔をこちらに向けて、わたくしを見ましたの。それからクーリエを見て、また倒れた魔物を見て、もう一度わたくしを見ましたわ。
何を言われると思っていたのか、何を言われると思っていなかったのか。その人物の目が、少しの間、何かを測るように動きましたの。
それから、何も言わずに歩き始めましたわ。農地の外、街道とは逆の方向でございますの。
「あの人、何者ですか?」
クーリエが聞きましたの。
「さあ。ただ、同じ方向を向いておりましたわ」
「どういう意味ですか?」
わたくしは遠ざかる背中を少し見ておりましたの。黒い鎧が、午前の光の中を歩いていくのでございますわ。
「そのままの意味でございますわ」
クーリエがまだ何か言いたそうな顔をしておりましたわ。わたくしは農家の主人のところへ戻りましたの。
農家の主人が遠くから見ていたようでございましたわ。わたくしたちと、黒い鎧の人物が遠ざかっていく方向に、交互に視線を向けておりましたの。
「片付きましたわ。当面は出ないでしょうけれど、念のため畑の端を確認しておいてくださいまし」
「……あの方は」
「さあ、存じませんの。先に来ておられたようでございますわ」
農家の主人が何か言いかけて、止めましたの。礼を言ってくれましたわ。
街に戻る道で、クーリエがもう一度聞きましたの。
「本当に、誰だと思いますか?」
わたくしは少し考えましたの。
「わかりませんわ」
それだけ言いましたの。
街が見えてまいりましたわ。煙突から白い煙が、まっすぐ上に伸びておりますの。




