第20話 技術国家の街
技術国家の街が見えてきたのは、3日目の昼過ぎでございましたの。
最初に目に入ったのは、煙突でございましたわ。街を囲む城壁の向こうに、細い煙突が何本も立っておりますの。白い煙が細く、まっすぐ上に伸びている。風のある日でしたが、煙はほとんど揺れておりませんでしたの。
「煙がまっすぐですわね」
「風が弱いんですかね?」
「わたくしたちの髪が揺れておりますでしょう」
クーリエが自分の髪を確かめて、それから煙突を見直しましたの。それきり黙って歩いておりましたわ。
城門に近づくにつれて、街道の石畳がさらに精度を上げておりましたわ。継ぎ目がほとんど目視できないほど密に組まれておりますの。脇に立つ道標には、次の地名だけでなく高低差まで刻んでありましたわ。荷車を引く者にとって、坂の角度は距離と同じくらい重要な情報でございますわ。
城門の衛兵が手を上げましたの。
「入域の目的を」
「茶葉の仕入れでございますわ」
少し間がございましたの。
「商人の登録は?」
「旅の者でございますの。商業国家ポルトゥスの紹介状をいただいております」
マルクスからの書類を差し出しましたの。衛兵二人が確認して、返してくれましたわ。
「滞在は?」
「茶葉次第でございますわ。2、3日ほどの予定ですけれど」
通してくれましたの。
城門をくぐった瞬間、わたくしは少し足を緩めましたの。
街が、音をしておりましたわ。
金属を叩く音。何かが回転する音。水が流れる音。それらが重なって、街全体が低く唸っているような響きがございますの。ポルトゥスの喧騒とは違いますわ。あちらは人の声と荷車の音でしたが、こちらは別の種類の音でございますの。
「なんか、いろんな音がしますね」
「稼働しているのでしょう。何かが」
大通りに出ましたの。
街灯が昼間でも立っておりましたわ。まだ灯ってはいないが、二十歩ごとに一本。馬車が何台か行き交っておりましたの。車輪の音が静かでございましたわ。石畳の上を走っているはずなのに、普通の馬車よりずっと音が少ない。
クーリエが馬車を目で追いましたの。
「車輪が違います。軸の部分に金属の輪がついてて……回転が滑らかになる感じがして」
「それで音が少ないのですわね」
クーリエが少し興奮した様子でございましたわ。光の武器の話をする時と同じ顔でございますの。
市場は大通りの突き当たりにございましたの。
屋根付きの市場でございましたわ。天井から採光用の窓が規則的に並んでいて、昼間は灯りがなくても十分明るい。区画が整然と分かれており、各区画に品目を示す金属の札が下がっておりますの。計量台には金属製の分銅が揃っていて、すべて同じ刻印が入っておりましたわ。
「ポルトゥスの市場と全然違いますね」
「そうでございますわね」
「あっちはもっと……賑やかで、あちこち見てたら知らないものが目に入って」
「ここではそれが起きにくい設計でございますわ」
クーリエが首を傾けましたの。
「どこに何があるかわかりやすいのに、それが欠点なんですか」
わたくしは何も言いませんでしたの。茶葉の区画を探しましたわ。
金属の札に「茶・乾燥薬草類」と刻んである区画がございましたわ。
茶葉の種類は思ったより多うございましたわ。産地別に並んでおりますの。それぞれに産地名と処理方法を記した小札が立っており、価格も明示してございますわ。価格交渉の余地がない設計でございますの。小札に記された処理方法の記述が細かい。摘み取りの時期、乾燥の温度、保存の方法まで書いてある。
一つ、手に取りましたの。
葉の形が揃っておりましたわ。通常、手摘みの茶葉は形に多少のばらつきがございますが、これはばらつきが少ない。缶を開けて香りを確かめますと、きれいに整った香りがいたしましたわ。突出したところがなく、欠けたところもない。
「工業的でございますわね」
わたくしは独り言のように言いましたの。
「工業的って、いい意味ですか?」
「面白い、という意味でございますわ」
2缶購入いたしましたの。小札の価格通りでございましたわ。
市場を出たところで、クーリエが少し歩調を落としましたの。
「さっきから、誰かいますよね?」
わたくしは歩調を変えませんでしたの。
「ええ、おりますわね」
「何人ですか?」
「今見える範囲では二人でございますわ。市場の入口から一人、大通りの方から一人。ただ、交代しているだけかもしれませんの。もっと多い可能性がございますわ」
クーリエが排除しようとする雰囲気になりましたの。
「まだ結構でございますわよ」
「でも」
「城門で確認した衛兵、覚えておりますか?」
「鎧が揃ってた人たちですよね?」
「装備を誂えたのではなく、同じ型から作ったものでございますわ。あの城門で何人を管理しているか、どの書類を持った者が通ったか、今頃どこかに記録されているでしょう。わたくしたちが入域してから何をしたかも、同様でございますの」
クーリエが少し黙りましたの。
「……市場で茶葉を買っただけです」
「ええ、それでよろしいのでございますわ。茶葉を買いに来た旅人であることを、行動で示し続ければよろしいですわ」
クーリエがまだ不服そうな顔をしておりましたわ。
「排除したいのはわかりますわよ」
「わかってもらえてるんですね」
「ええ。ただ、今動けば相手に情報を渡すことになりますの。こちらが何に気づいているか、どう動くか。それを見せる必要はございませんわ」
クーリエが少し考えてから、頷きましたの。今度は納得した頷き方でございましたわ。
宿は大通りから一本入った路地にございましたの。
夕方になりましたら、クーリエが今日購入した茶葉を取り出しましたの。
「淹れていいですか?」
「ええ。ただ、その茶葉は処理方法が記してありましたでしょう。小札を確かめながら淹れてみてくださいまし」
「少し低めの温度って書いてありました」
「では昨日より少しお湯を冷ましてからでございますわ」
クーリエが小札を取り出して確認しましたの。それから作業を始めましたわ。お湯を少し冷ます。茶葉の量を測る。蒸らし時間を昨日の失敗から逆算して少し短めに設定しておりましたの。昨日の渋みを覚えているのでしょうわ。
差し出されたカップを受け取りましたの。一口飲む。
「……悪くございませんわ」
クーリエが少し顔を上げましたの。
「合格ですか?」
「及第点でございますわ。ただ、昨日より判断が速くなっておりますわよ。蒸らし時間の調整が」
「昨日の失敗を使ったんです。渋みが出た分、今日は短めにしました」
「ええ、出ておりませんわ。その判断はよろしいですわ」
クーリエがわずかに表情を緩めましたの。
わたくしは茶葉を飲みながら窓の外を眺めましたの。街灯がともっておりましたわ。均一な橙色の光が通りを照らしている。昼間の音が収まって、石畳の通りに人影がいくつかございますの。制服姿の二人組が規則正しい歩調で歩いておりましたわ。巡回でしょう。足音が石畳に揃って響いておりますの。
「この茶葉、クラリッサさまはどう思いますか?」
クーリエが聞きましたの。
「品質が安定しておりますわ。どこを飲んでも同じ味が出る。それは信頼できますわよ」
「でも好きですか?」
わたくしは少し間を置きましたの。
「わたくしが求めているのは、この茶葉にはないものでございますわ」
「何が違うんですか?」
「この茶葉は、作った人間の判断が見えないのでございます。品質を均一にするために、個々の判断を削いでおりますの。安定しているということは、そういうことでございますわ」
クーリエが少し考えましたの。
「それって、欠点ですか」
「用途によりますわ。旅の途中で手に入れるものとしては十分でございますの。ただ」
一口飲みましたの。
「わたくしが産地まで足を運ぼうとしているのは、そこに誰かの判断があるからでございますわ。その年の気候で、その日の葉の状態で、どう処理するかを決めた人間の痕跡が、茶葉に残っておりますの。それが飲みたいのでございますわ」
クーリエがしばらく黙っておりましたの。
「……それが、好き、ってことですか?」
「ええ、そうでございますわ」
窓の外、巡回の二人組が角を曲がって見えなくなりましたの。入れ替わるように、一人の人影が路地の入口に立ちましたわ。少し間があって、また消えましたの。
今夜も、おりますわね。
わたくしは茶葉を最後まで飲み干しましたの。均一な味が、最後まで均一でございましたわ。




