第18話 次の旅へ、そして紅茶を一杯
ポルトゥスを発つ朝は、よく晴れておりましたの。
宿を出る前に、荷物の確認をいたしましたわ。銀のティーポット、茶葉、着替え、マルクスから受け取った書類の束、封筒に入った産地への地図。
全て揃っておりますわ。
最後に、アルヴァニア・インペリアルの缶を確認いたしましたの。残量はあと2回分ほどでございますわ。
「……次の街で補充が必要ですわね」
「独り言ですか?」
クーリエが荷物を背負いながら聞いてきましたの。
「茶葉の話でございますわ」
「また最初に茶葉ですか?」
「いつも最初に茶葉でございますわ。順番は変わりませんの」
クーリエが、もはや驚かない顔をしておりましたわ。成長でございますわ。
宿を出て、街道へ向かう途中でございましたの。
「出発前に、お湯をもらいました」
「銀のティーポットに入っておりますの?」
「1回、試させてもらえますか?」
わたくしは少し考えましたの。
街道の脇に、ちょうど石造りの腰掛けがございましたわ。旅人が休むための場所でございましょう。
「よろしいですわ」
クーリエが、真剣な顔で作業を始めましたの。
銀のティーポットからカップに少量お湯を注いで予熱する。捨てる。茶葉の量を確認する。お湯の温度を手で確かめる。
わたくしは腰掛けに座って、その様子を見ておりましたの。
いつもより動作が落ち着いておりますわ。焦りがない。市場の茶葉専門商人に聞きに行った成果でしょうか。それとも、数を重ねた分だけ手が慣れてきたのでしょうか。
3分後。
差し出されたカップを、両手で受け取りましたの。
一口。
「……」
もう一口。
わたくしはカップをゆっくり置きましたの。
「及第点でございますわ」
クーリエが、ぱっと顔を上げましたの。
「及第点、もらえましたか?」
「ええ」
「本当に?」
「わたくしは嘘をつきませんわ」
クーリエが、しばらくカップを見ておりましたの。それから、少し照れたような顔をしましたわ。
「……嬉しいです」
「素直でよろしいですわ」
「でも、及第点は合格じゃないですよね?」
「正式契約の基準は、満足に、でございますわ。及第点は満足ではありませんの」
クーリエが、また真剣な顔になりましたの。
「次は何が足りなかったですか?」
「後味でございますわ。最後のところで、もう少し香りが出せたはずでございますわ」
クーリエが静かに頷きましたの。答えを求めず、自分で考えるつもりでございましょう。それでよろしいですわ。
「楽しみにしておりますわ」
わたくしは及第点の紅茶を、残り全部飲み干しましたの。
及第点でも、アルヴァニア・インペリアルは美味しゅうございますわ。
街道に出てから、書類を取り出しましたの。
マルクスから受け取った各国の情報書類でございますわ。整理しながら歩きましたの。
「歩きながらできますか?」
「わたくしは社交界で17年間、踊りながら情報収集をしておりましたわ。歩きながら書類を読むくらい、造作もございませんわ」
クーリエが、少し遠い目をしておりましたの。
各国の情報書類は、思ったより詳しゅうございましたわ。マルクスの情報網の広さが見て取れますわ。
レオガルドの軍事勢力は現在、北方の小国を吸収しようとしているとのことでした。領土の拡大に積極的な時期でございますわ。動いている相手に接触するのは、タイミングが難しい。
ナルバスの宗教の国は、布教活動を近隣諸国に広げているとのことでした。信者の数が急増しているとの記録がございましたわ。
北のオルフェウスとソフィアについては、情報が他と比べて少のうございましたの。オルフェウスに至っては何年も洞窟に籠もっているとのことで、外との接触がほとんどないのでしょう。ソフィアは情報が表に出てこない——別の事情があるのでしょうが、今は関係ございませんわ。
アレンの技術の国は、新しい魔道具の開発に注力しているとのことでした。外交よりも内政に集中している時期のようでございますわ。市場があるということは、商人として入りやすい可能性がございますわ。
わたくしは書類を折り畳みましたの。
「茶葉の入手という意味では、市場が開いている国の方が動きやすいですわ」
独りごとのように言いましたの。クーリエが聞いておりましたわ。
「まずは東でございますわ。市場があれば、茶葉の情報も集まりますもの」
「マルクスさんが用意した情報も、東が一番詳しかったですよね」
「ええ。道中で何があるかは、行ってみなければわかりませんわ。ただ、茶葉があるなら寄る価値はございますわ」
クーリエが、少し考えてから言いましたの。
「……東って、アレンの勢力圏のあたりですよね」
「そうでございますわ」
「それで、大丈夫ですか?」
「茶葉があるなら、大丈夫でございますわ」
クーリエが、また遠い目をしておりましたの。
街道を歩きながら、わたくしは銀のティーポットの重さを確かめましたの。
旧世界から持ち込んだ銀のティーポット。追放の日から、ずっと持ち歩いておりますわ。荒野でも、崖から落ちた時も、天界でも、この世界に降り立った時も。
ずっと、ここにありましたの。
クーリエが隣を歩いておりますわ。産地への地図は、ティーポットの隣に仕舞ってあります。アルヴァニア・インペリアルの缶は、もうすぐ空になりますわ。
次の茶葉を探しながら、東へ向かいますわ。
「参りますわよ」
クーリエが、短く答えましたの。
「はい」
東の街道が、どこまでも続いておりましたの。




