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憑依戦々  作者: N
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第七話  借りた命

三ノ火・沖田三冬と激突した春馬と塚原。傷ついた春馬の身体は、完全憑依の力に耐えられず崩れ始める。一方、倒れていたりかの中では、二階堂紫乃が再び目を覚ました。二つの魂は、大切な人を守るために手を取り合えるのか。


挿絵(By みてみん)


第七話「借りた命」


一月一日、午前五時四十二分。


紫色の閃光が、夜明け前の県道を切り裂いた。


三冬「三ノ火――残影三段!」


右。


左。


正面。


三方向から迫る三冬の残像へ、春馬の刀が横薙ぎに振り抜かれる。


春馬・塚原「一ノ火――紫電!」


三つの残像が、一筋の紫光に断ち切られた。


しかし手応えはない。


塚原「上じゃ!」


春馬が顔を上げる。


三冬は宙にいた。


黒い着物を風にはためかせ、両手で握った刀を真っすぐ振り下ろす。


三冬「正解です」


春馬は刀を頭上へ構えた。


刃と刃が激突する。


甲高い音とともに、紫色の火花が辺りへ飛び散った。


春馬「重っ……!」


三冬「塚原さんの力を借りて、その程度ですか?」


春馬「借りてるんじゃない」


三冬「では、何です?」


春馬は奥歯をかみしめる。


春馬「一緒に戦ってるんだよ!」


刀を押し返す。


三冬の体が宙で反転し、数メートル離れた雪の上へ着地した。


三冬「同じ体を使っているのに?」


春馬「同じ体でも、俺は俺だ」


塚原「そのとおりじゃ」


春馬「勝手に同意するな。今いいこと言ったの俺だから」


塚原「ワシの力がなければ、押し返せておらぬ」


三冬が刀を肩へ担ぎ、楽しそうに笑う。


三冬「本当に面白いですねえ、あなたたち」


春馬「こっちは全然面白くない!」


春馬が地面を蹴った。


これまでとは違う。


踏み出した瞬間、周囲の景色が後方へ流れる。


次の瞬間には、三冬が目の前にいた。


春馬「うわ、近っ!」


塚原「止まるな!」


春馬「先に言えよ!」


塚原に導かれるまま、春馬の腕が刀を振り抜く。


三冬は上体を反らし、紙一重で刃を避けた。


白い頬に、細い傷が走る。


血が一筋、顎へ流れた。


三冬の笑顔が消える。


春馬「当たった……」


塚原「油断するな!」


三冬が手の甲で血を拭う。


三冬「いやあ」


傷口を見た三冬の口元が、ゆっくりと持ち上がった。


三冬「生きている感じがしますねえ」


春馬「やっぱり、お前おかしいだろ」


三冬「よく言われます」


再び姿が消える。


今度は春馬にも、わずかに見えた。


三冬の右足が地面を蹴る。


腰が沈む。


鞘から紫色の刃が抜かれる。


塚原「右じゃ!」


春馬が刀を構える。


一撃。


二撃。


三撃。


三冬の刀が、ほとんど同時に三か所へ襲いかかる。


春馬は右肩への突きを防いだ。


続く脇腹への刃を受け流す。


しかし最後の一撃が、右太腿の傷を正確に捉えた。


春馬「ぐっ……!」


足から力が抜ける。


膝をつく寸前、塚原が身体を強引に動かした。


春馬「待て! 勝手に動かすな!」


塚原「止まれば死ぬぞ!」


三冬の刃が、再び首元へ迫る。


春馬は刀で防ぐ。


だが、先ほどまでとは違う。


腕が重い。


呼吸が浅い。


視界の端が黒く染まり始めている。


春馬「何だ……これ……」


塚原「憑依の限界じゃ」


春馬「まだ一分もたってないぞ」


塚原「今のお主は、血を失いすぎておる」


春馬「最初に三か所も刺したの、あいつだろ……」


塚原「知っておる!」


三冬は二人の異変に気づいていた。


刀を振るう速度を落とし、春馬の反応を観察する。


三冬「もう限界ですか?」


春馬「余裕……」


三冬「足が震えていますよ」


春馬「寒いだけ」


三冬「さっきも同じ言い訳をしていませんでした?」


春馬「聞いてたのかよ……」


三冬「耳はいい方なので」


三冬の刀が、春馬の刀を大きくはじく。


紫色の刀が宙を舞い、雪の上へ突き刺さった。


春馬は無防備になる。


三冬が刀を引く。


切っ先が春馬の胸へ向いた。


ひろし「春馬!」


ひろしが二人の間へ走り出す。


春馬「来るな!」


ひろしの足が止まった。


三冬「いい友人ですね」


春馬「だから何だよ」


三冬「君が死んだら、あの人は一生後悔するでしょうね」


春馬「死なねえよ」


三冬「その自信は、どこから来るんです?」


春馬「ない」


三冬の眉が、わずかに動く。


春馬「自信なんか一個もない。怖いし、痛いし、今すぐ逃げたい」


三冬「では、なぜ立つんです?」


春馬は震える足へ力を込めた。


一度、膝が折れる。


地面へ手をつき、それでも立ち上がる。


春馬「俺が逃げたら、りかとひろしが残るからだよ」


塚原が黙って春馬を見つめる。


春馬「俺一人なら、とっくに逃げてる」


三冬「格好悪いですねえ」


春馬「知ってる」


三冬「普通は、そこで『守りたいから』と言うものですよ」


春馬「そういう格好いい台詞、俺に似合わないだろ」


三冬の笑顔が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


三冬「嫌いではありませんよ」


刀が春馬の胸へ突き出された。


その瞬間。


紫色の炎が、三冬の横顔を照らした。


三冬がとっさに刀を引き、後方へ飛ぶ。


直前まで立っていた場所を、巨大な紫炎の刃が通過する。


三冬の黒髪が数本、宙を舞った。


春馬「何だ……?」


道路脇に倒れていたりかが、ゆっくりと立ち上がる。


右目は紫色。


長い赤褐色の髪が、風もないのに揺れていた。


左手には紫色の炎が集まり、細身の刀を形作っている。


りか・紫乃「妾の器へ、ずいぶんと乱暴をしたものじゃな」


三冬「二ノ火……」


ひろし「りかちゃん?」


りか・紫乃は答えない。


その視線は、三冬だけを捉えていた。


三冬「二階堂紫乃ですね」


紫乃「妾を知っておるか」


三冬「有名ですよ。幻真層では」


紫乃「嬉しくない話じゃ」


三冬「一ノ火と二ノ火がそろうとは、今日は運がいい」


紫乃「逆じゃ」


三冬「何がです?」


紫乃「今日、運がいいのは妾たちの方じゃ」


りかの左手に刻まれた「二」が強く輝く。


紫乃が一歩踏み出した。


しかし、その足が止まる。


紫乃「何をしておる」


りかの意識が、身体の奥で紫乃の動きを抑えていた。


りか「春馬を助けて」


紫乃「そのために出てきた」


りか「殺さないで」


紫乃「甘いことを申すな。あの男は春馬を殺そうとした」


りか「それでも、殺さないで」


紫乃「刃を向けた者へ情けをかければ、次はお主が死ぬぞ」


りか「怖いよ」


紫乃「ならば妾へ全てを渡せ」


りか「それは、もっと怖い」


紫乃の表情がわずかに揺らぐ。


りか「また自分じゃなくなるのが怖い。春馬を傷つけるのも怖い」


紫乃「ならば引っ込んでおれ」


りか「嫌」


紫乃「何?」


りか「私も戦う」


紫乃「刀の握り方すら知らぬ娘が?」


りか「教えて」


紫乃「今、この場でか」


りか「今じゃないと、春馬が死んじゃう」


紫乃は黙った。


りかの視界を通し、血まみれで立つ春馬を見る。


その姿に、遠い記憶が重なった。


炎に包まれた村。


地面へ倒れた一人の男。


伸ばした手が届かなかった、四百年前の夜。


紫乃「……もう二度と、見たくはない」


りか「何を?」


紫乃「目の前で、大切な者が死ぬところをじゃ」


りか「だったら、一緒に助けて」


紫乃「妾を拒まぬか」


りか「怖いけど、信じる」


紫乃「なぜじゃ」


りか「紫乃さんも、誰かを助けられなかったことを後悔しているから」


長い沈黙。


やがて、紫乃が小さく息を吐いた。


紫乃「刀を強く握るな」


りか「え?」


紫乃「力めば腕が止まる。妾の動きを感じ、半歩だけ前へ出よ」


りか「うん」


紫乃「返事は短く」


りか「はい」


紫乃「良い返事じゃ」


りかと紫乃の意識が重なる。


左目はりかの青。


右目は紫乃の紫。


二人の手が、一本の刀を握った。


三冬「相談は終わりましたか?」


りか・紫乃「待たせたな」


春馬「その言い方、そっちにも移るの?」


塚原「今はそこではなかろう!」


りかの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


りか「春馬らしい」


紫乃「緊張感のない男じゃ」


春馬「今、どっちが言った?」


りか・紫乃「二人じゃ」


三冬が腹を抱えて笑い出した。


三冬「あははは! そちらも面白いですねえ!」


その笑い声の途中で、りかが動いた。


右から紫炎の刃を振り抜く。


三冬が受け止める。


激しい火花が散った。


三冬「遅い」


紫乃「狙いどおりじゃ」


三冬「何?」


三冬の足元から、紫色の炎が噴き上がる。


りかが放った刃は、攻撃ではなかった。


三冬の意識を右へ向け、左側に春馬の道を作るための一撃。


塚原「今じゃ、春馬!」


春馬「わかってる!」


春馬が雪へ突き刺さった刀を引き抜く。


右足の傷が開く。


それでも踏み出した。


三冬の左側。


死角へ回り込む。


三冬「一ノ火と二ノ火の挟撃ですか」


春馬「二対一で悪いな!」


三冬「いいえ」


三冬の右手にある「三」の印が輝く。


三冬「僕は三人ですから」


姿が三つに分かれる。


一人が春馬。


一人がりか。


最後の一人が、ひろしへ向かった。


ひろし「何で俺!?」


三冬「一番弱そうなので」


ひろし「否定できねえ!」


春馬「ひろし!」


春馬が進路を変えようとする。


塚原「三冬だけを見よ!」


春馬「でも!」


塚原「あれは残像じゃ!」


ひろしへ迫った刀が、直前で紫色の粒子となって消える。


本物は、りかの前。


三冬の刃が、りかの首へ迫る。


紫乃「避けよ!」


りかの体が止まる。


社で自分が春馬へ刀を振り下ろした光景が、脳裏によみがえった。


刃。


血。


春馬の頬の傷。


りか「怖い……!」


紫乃「目を閉じるな!」


三冬の刀が迫る。


紫乃「恐怖を見るのじゃ!」


りかは涙を浮かべながら、目を見開いた。


りか「私は――」


半歩だけ、前へ出る。


三冬の刃が首の横を通過する。


同時に、りかの紫炎が三冬の刀を下からはじき上げた。


りか「もう逃げない!」


三冬の体勢が崩れる。


春馬「塚原!」


塚原「参るぞ!」


春馬と塚原の意識が、一つになる。


恐怖も痛みも消えてはいない。


それでも、刀を握る手は震えなかった。


春馬・塚原「一ノ火――紫電!」


紫色の一閃が、三冬の胸元を横断する。


血が宙へ散った。


三冬の刀が手から離れ、雪の上へ落ちる。


三冬「見事……」


膝から崩れ落ちる。


春馬は刀を止めた。


刃は、三冬の首へ届く寸前にあった。


三冬「なぜ、止めたんです?」


春馬「りかが、殺すなって言ったから」


三冬「敵の命まで助けるんですか?」


春馬「俺は人を殺すために塚原の力を借りたんじゃない」


塚原「春馬」


春馬「守るためなら使う。でも、殺すためには使わない」


三冬「ずいぶんと甘い」


春馬「知ってる」


三冬「その甘さで、いつまで生き残れるでしょうねえ」


春馬「お前より長く生きる」


三冬の表情から笑みが消えた。


春馬「さっき血を吐いてただろ」


三冬「見ていたんですか」


春馬「あと、人生は短いとか、死んだら損とか。死にそうな奴が言いそうなことばっかり言ってた」


春馬「そういう意味じゃない」


三冬が自分の胸を押さえる。


斬られた傷とは違う場所から、紫色の粒子が漏れていた。


三冬「よく見ていますねえ」


春馬「俺じゃない。塚原が気づいた」


塚原「お主も気づいておったであろう」


春馬「じゃあ、二人で気づいた」


三冬は目を閉じた。


三冬「やはり、あなたたちは変ですね」


春馬「よく言われる」


三冬「さっき僕が言いました」


春馬「じゃあ、真似した」


三冬「素直だなあ」


その時。


三冬の背後に、黒い亀裂が走った。


道路の空間そのものが裂け、内側から紫色の霧が漏れ出す。


紫乃「下がれ!」


りかが春馬の腕をつかむ。


亀裂の奥には、上下のわからない暗闇が広がっていた。


無数の鳥居。


宙に浮かぶ瓦礫。


紫色の鎖につながれた、巨大な社。


三冬「迎えが来たようですね」


塚原「幻真層か」


三冬「ええ」


春馬「待て。十一ノ火は誰だ」


三冬「霜月士郎」


初めて、三冬の声から軽さが消えた。


三冬「幻真層を支配する男です」


紫乃「九ノ火を閉じ込めた張本人か」


三冬「そこまで知っていましたか」


春馬「九ノ火は、あの白い女か?」


紫乃「名は九条翡翠。神官の血を継ぐ者じゃ」


三冬「もっとも、今も人の形を保っているかは知りませんけどね」


空間の亀裂から、黒い鎖が伸びる。


鎖が三冬の左腕へ巻きついた。


三冬「時間切れです」


春馬「もう一つだけ教えろ」


三冬「何です?」


春馬「なぜ今日、現れた」


三冬の視線が、車内の時計へ向く。


午前五時四十三分。


三冬「日付と時刻です」


春馬「時刻?」


三冬「火の数字は、ただの順番ではありません」


鎖が三冬の体を亀裂へ引き寄せる。


三冬「自分の数字が日付や時刻に重なるほど、現世への道は開きやすくなる」


紫乃「では、一月一日は……」


三冬「一ノ火にとって、最も現世へ近い日です」


春馬の右手にある「一」の印が脈打つ。


三冬「だから十一ノ火は、今日という日を選んだ」


塚原「何のためにじゃ」


三冬「全ての火を――」


鎖が強く引かれる。


三冬の下半身が亀裂へ沈む。


三冬「現世へ集めるためですよ」


春馬「何をするつもりだ!」


三冬「それは、僕にも確認できません」


三冬は最後まで、人懐こい笑みを浮かべていた。


三冬「次に会う時まで、死なないでくださいね」


春馬「お前もな」


三冬の目が、わずかに見開かれる。


春馬「まだ決着ついてないだろ」


三冬は何かを言おうとした。


しかし声になる前に、黒い鎖がその体を亀裂の奥へ引き込んだ。


空間が閉じる。


県道に、静寂が戻った。


春馬の手から刀が落ちる。


白く染まっていた髪が、元の金色へ戻っていく。


春馬「終わった……?」


塚原の姿が、春馬の身体から離れる。


塚原「まだじゃ」


春馬「もう無理……」


春馬の膝が崩れる。


りか「春馬!」


りかが駆け寄り、その体を抱き止めた。


紫乃の意識が薄れ、りかの右目が元の色へ戻る。


春馬「りか……無事?」


りか「私より、自分の心配をして!」


春馬「怒ってる?」


りか「怒ってるよ!」


りかの涙が、春馬の頬へ落ちる。


りか「勝手に傷ついて、勝手に死にそうになって……私がどれだけ怖かったと思ってるの!」


春馬「ごめん」


りか「謝ればいいと思ってる?」


春馬「思ってない……」


りかは春馬の胸元へ顔を伏せた。


両腕で、強く抱き締める。


りか「生きててよかった……」


声が震えていた。


りか「本当に……よかった……」


春馬は戸惑いながら、りかの背中へ手を回した。


春馬「りかが助けてくれたから」


りか「私だけじゃない。紫乃さんも……」


春馬「じゃあ、二人にありがとう」


りかの意識の奥で、紫乃が小さく鼻を鳴らす。


紫乃「礼などいらぬ」


りか「照れてる?」


紫乃「黙れ」


りかは涙を流したまま、少しだけ笑った。


ひろしが二人へ近づく。


ひろし「感動してるところ悪いんだけど」


春馬「何?」


ひろし「車はパンク。ここは山の中。二人とも血まみれ」


春馬「最悪じゃん」


ひろし「あと、俺だけ何の力もない」


春馬「運転できるだろ」


ひろし「今、一番必要とされてる能力がそれなの、何かむかつくな」


りかが、もう一度笑う。


春馬も笑おうとした。


しかし突然、胸の奥が激しく痛んだ。


春馬「がっ……!」


口から血がこぼれる。


りか「春馬?」


春馬の右手にある「一」の印から、黒い筋が腕へ伸び始める。


塚原「いかん!」


りか「何が起きてるの?」


塚原「憑依の代償じゃ!」


春馬の視界が暗くなる。


遠くで、りかが自分の名前を呼んでいる。


春馬「大丈夫……」


りか「大丈夫じゃない!」


春馬「今度は、本当に……」


言葉の途中で、春馬の意識が途切れた。


倒れる寸前。


車内のデジタル時計が切り替わる。


午前五時四十四分。


春馬の右手に刻まれた「一」の印が、黒く染まった。


――第七話・完――


第七話をお読みいただきありがとうございます。りかと紫乃は、初めて互いの意思を保ったまま共闘しました。しかし三冬を退けた代償として、春馬の身体に異変が起こります。日付と時刻に隠された火の法則、そして十一ノ火・霜月士郎の目的。戦いは現世を越え、幻真層へつながり始めます。

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