第3話 借り物の勇気
第三話をお読みいただきありがとうございます。ひろしを救うため、恐怖を抱えながら神社へ戻った春馬。塚原にすべてを任せるのではなく、「力だけ貸してくれ」と自分の意思で戦いに挑みます。借りものの力と、自分自身の勇気。その二つが重なった時、春馬に新たな能力が現れます。一方、りかの中で目覚めた謎の女・紫乃。塚原と紫乃の過去にも注目しながらお楽しみください。
神社の裏手。
冷たい風が木々を揺らし、ざわざわと不気味な音を立てている。
両手を縛られたひろしが、地面に座らされていた。
口元から血を流しているものの、意識はある。
その周囲を、井出たち六人が取り囲んでいる。
雅也はナイフを手に、春馬へゆっくりと近づいた。
雅也「まず土下座しろよ。そしたら考えてやる」
春馬「いや…」
雅也「立場わかってんのか?」
春馬は息を吸った。
足が震えている。
逃げたい。
今すぐ背中を向けて、来た道を走って戻りたい。
それでも、ひろしから目をそらさなかった。
塚原「春馬。恐れを恥じるな。足を止めぬことだけを考えろ」
春馬「わかってる……」
雅也「さっきから誰と話してんだよ」
春馬「ちょっと考え事…」
雅也「……ふざけてんのか?」
春馬「………怖くて泣きそうだから、ふざけてないと立ってらんねーんだよ!」
春馬は震える拳を強く握った。
春馬「でも、ひろしは連れて帰る」
その瞬間、春馬の両目が淡い紫色に光った。
塚原が周囲を見回す。
塚原「……この気配は」
春馬「どうした?」
塚原「まさか……もう一人、目覚めたのか」
雅也「何ごちゃごちゃ言ってんだ!」
雅也が一気に距離を詰め、春馬の腹を蹴りつけた。
春馬「がっ……!」
春馬は受け身も取れず、地面を転がった。
腹の奥から痛みが広がり、息ができなくなる。
井出「なんだよ。さっきの威勢はどうした?」
春馬「ちょ……タンマ……今の、普通に痛いやつ……」
塚原「立て、春馬!」
塚原「敵を前にして腹を見せるな!」
春馬「犬のしつけみたいに言うな!」
井出が春馬の髪をつかみ、無理やり顔を上げさせた。
井出の拳が春馬の頬に突き刺さる。
鈍い音とともに、春馬の視界が大きく揺れた。
ひろし「もうやめろよ! 春馬は関係ねーだろ!」
雅也「こいつが一番関係あんだろうが!」
ひろし「こいつ、今日ずっと頭おかしいんだよ! 普段は喧嘩なんかできねーし、絡まれたらコンビニ入って、相手が帰るまで雑誌読んでるような奴なんだよ!」
春馬「今それ言う必要ある⁉」
ひろし「だから帰れって言っただろ! なんで来たんだよ!」
春馬「お前が捕まったからだろ!」
ひろし「俺なんか放っとけよ!」
春馬「放っとけるわけねーだろ!」
春馬の声が、暗い山の中に響いた。
一瞬、全員が黙る。
春馬「お前がいなかったら俺、大学辞めてからずっと一人だっただろ」
ひろし「……」
春馬「みんなが就職とか将来とか言ってる時に、何も決まってねー俺を普通に遊びに誘ってくれたの、お前だけじゃん」
ひろし「春馬……」
春馬「だから来たんだよ。言わせんな。恥ずいだろ」
ひろしは唇をかみ、うつむいた。
ひろし「……ばかじゃねーの」
春馬「うん。お前と友達やってるくらいだからな」
ひろし「そこは否定しろよ……」
塚原は、黙って春馬を見つめていた。
その表情から、いつもの険しさが少しだけ消えている。
塚原「春馬。今の言葉、しかと聞いた」
春馬「盗み聞きみたいに言うなよ。全部聞こえてただろ」
塚原「ワシに体を預けよ」
春馬「……また俺、気絶する?」
塚原「先ほどより短くする」
春馬「寿命は?」
塚原「大体――」
春馬「その先は言うな! 一番聞きたくない二文字が出た!」
井出「何一人で騒いでんだ、こいつ」
井出が春馬の腹をもう一度蹴ろうと足を上げる。
春馬は恐怖で目を閉じかけた。
だが、ひろしの顔が見えた。
春馬「塚原」
塚原「なんじゃ」
春馬「全部持ってくのはなしな」
塚原「何?」
春馬「俺の体も、俺の友達も、俺が守る。あんたは力だけ貸してくれ」
塚原は目を見開いた。
やがて口元を上げ、豪快に笑う。
塚原「ハハハハ! 面白い! よう申した!」
春馬「声でかい! 頭の中で響く!」
塚原「ならば貸してやろう! ワシの剣も、ワシの技も! お主の覚悟が尽きるまでな!」
井出の蹴りが迫る。
その瞬間、春馬の右手が井出の足首をつかんだ。
井出「……あ?」
震えていた春馬の足が止まる。
両目の紫色が、先ほどより強く輝いた。
春馬の髪が風もないのに揺れ、体の周囲に淡い紫色の光が立ち上る。
塚原「腰を落とせ。敵の力に逆らうな。流して返せ」
春馬は井出の足を横へ流し、その勢いのまま体を回転させた。
井出の巨体が宙に浮き、背中から地面へ落ちる。
井出「ぐっ……!」
春馬「できた⁉ 俺、今の自分でやった⁉」
塚原「よそ見をするな!」
背後から男が殴りかかる。
春馬は拳を避けようとするが、反応が遅れた。
塚原「右じゃ!」
春馬「右ってどっちから見て右⁉」
拳が春馬の頬をかすめる。
春馬「説明が教習所より雑!」
二人目の男が春馬の肩をつかむ。
春馬は腕を振りほどき、相手の懐へ踏み込んだ。
塚原「みぞおちじゃ!」
春馬「これ?」
春馬の掌底が男のみぞおちに入る。
男は声も出せず、その場に崩れ落ちた。
雅也「こいつ……また目が……」
雅也がナイフを構える。
先ほどまで殺気立っていた男たちも、春馬の異様な姿に足を止めていた。
雅也「何なんだよ、お前!」
春馬「何って…侍?かな…」
雅也は叫びながらナイフを振り下ろした。
塚原「前へ出ろ!」
春馬「刃物に向かって⁉」
塚原「退けば刺される!」
春馬は歯を食いしばり、一歩前へ踏み出した。
ナイフを持つ雅也の手首を両手でつかむ。
刃先が春馬の頬を薄く切った。
赤い血が一筋流れる。
春馬「痛っ……!」
雅也「放せ!」
二人はもみ合いになった。
体格も腕力も雅也の方が上だった。
ナイフの刃先が、少しずつ春馬の喉元へ近づいてくる。
塚原「体を渡せ! ワシが斬る!」
春馬「斬るって、刀ねーだろ!」
塚原「刃などなくとも首は折れる!」
春馬「もっとダメだわ!」
雅也「死ね、このガキ!」
その声を聞いた瞬間、春馬の脳裏に知らない光景が浮かんだ。
雪の降る夜。
燃え上がる屋敷。
血に濡れた刀を持つ塚原。
その足元には、何人もの侍が倒れている。
そして、炎の向こうに立つ一人の女。
春馬「……今の、何?」
塚原「春馬! 気を抜くな!」
刃先が喉に触れる寸前、春馬の左目が強く紫色に輝いた。
春馬の右手に紫色の光が集まる。
それは細長く伸び、刀のような形を作った。
春馬「なにこれ⁉」
塚原「ワシの刀……なぜお主に!」
光の刀がナイフに触れる。
甲高い音が鳴り、ナイフの刃が根元から折れた。
雅也「……は?」
春馬も、折れたナイフを見つめる。
雅也が後ずさる。
春馬の手にある紫色の刀は、揺れる炎のように光っていた。
塚原「構えろ、春馬」
春馬「斬ったら死ぬだろ」
塚原「峰打ちにすればよい」
春馬「光ってる刀のどっちが峰か確認できません!」
雅也は折れたナイフを捨て、ひろしのもとへ走った。
ひろしの髪をつかみ、折れた刃を首元へ突きつける。
雅也「動くな! こいつ殺すぞ!」
春馬の足が止まった。
ひろし「来んな、春馬!」
雅也「それ捨てろ! 早くしろ!」
春馬は右手を開いた。
紫色の刀が霧のように消えていく。
雅也「地面に伏せろ」
春馬「……わかった」
塚原「春馬、何をしておる!」
春馬「動いたら、ひろしがやられる」
塚原「この程度の間合いならば届く!」
春馬「あんたの“大体”も“失敗しない”も、今の俺には同じくらい怖いんだよ」
春馬はゆっくり膝をついた。
ひろし「やめろよ……」
春馬「大丈夫。土下座くらい減るもんじゃねーし」
ひろし「そうじゃねーよ!」
春馬が両手を地面につこうとした時だった。
ひろしは突然、後頭部を雅也の顔へぶつけた。
雅也「ぐあっ!」
ひろし「春馬! 今!」
春馬「お前、そういうことできんの⁉」
塚原「見事!」
雅也が体勢を立て直すより早く、春馬は地面を蹴った。
一瞬で間合いを詰め、雅也の手から折れたナイフを弾き落とす。
拳を振り上げる。
雅也は恐怖で目を閉じた。
だが、春馬の拳は雅也の顔の直前で止まった。
雅也「……」
春馬「俺さ、今でもあんたのことめちゃくちゃ怖いよ」
雅也「……何だよ」
春馬「でも、怖がってる奴をボコって金取る方が、もっとダサいと思う」
雅也「説教してんのか?」
春馬「いや。説教できるほど立派じゃないからお願い」
春馬の紫色に光る目が、雅也をまっすぐ見つめる。
春馬「もう、俺らに関わらないで」
雅也は何も答えなかった。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。
井出「警察だ! 散れ!」
男たちは倒れた仲間を起こし、それぞれ暗闇の中へ逃げていく。
雅也も春馬をにらみつけたあと、井出たちを追って走り去った。
春馬はひろしの縄をほどく。
春馬「立てる?」
ひろし「なんとか」
春馬「顔やば。元からそんな感じだっけ?」
ひろし「助けられた直後じゃなかったら殴ってる」
春馬「元気じゃん」
立ち上がったひろしは、春馬の胸を軽く殴った。
ひろし「なんで来たんだよ、ばか野郎」
春馬「さっき説明したじゃん。二回も言わせんな」
ひろし「……聞こえなかった」
春馬「絶対聞こえてたろ」
ひろし「もう一回言えよ」
春馬「嫌ですー。一回限定ですー」
ひろしは顔を伏せた。
肩が小さく震えている。
春馬「お前、泣いてんの?」
ひろし「泣いてねーよ。寒いだけ」
春馬は何も言わず、ひろしの肩を抱いた。
塚原は少し離れた場所から、その姿を見つめている。
塚原「よき友を持ったな、春馬」
春馬「まあね」
ひろし「誰と話してんの?」
春馬「五十代、無職、住所不定のオッサン」
塚原「誰が無職じゃ!」
春馬「職業あるの?」
塚原「武士じゃ!」
春馬「令和では募集終わってますー」
ひろし「お前、やっぱり病院行った方がいいぞ」
春馬「今の俺を受け入れてくれる診療科、確認できません」
春馬が笑った、その時だった。
ポケットの中で携帯電話が震える。
画面には、りかの名前が表示されていた。
春馬「……りか?」
届いたメッセージは短かった。
『今どこ? 会いたい』
春馬「なんだよ。さっきあんな感じだったのに」
ひろし「女?」
春馬「うん。まあ、ちょっと」
ひろし「行くの?」
春馬「今、顔から血出てるし全身痛いし、さすがに今日は――」
塚原「春馬。その者に会ってはならぬ」
春馬「え?」
塚原の表情から笑みが消えていた。
塚原「先ほど感じた気配が、その女人から発せられておる」
春馬「なんで、りかから……」
塚原「わからぬ。だが、あれはワシと同じものじゃ」
春馬「同じって……」
塚原「何者かが、その女人の中におる」
◇
りかの自宅。
玄関の扉が開く。
祖母「おかえり。寒かったでしょう」
りか「ただいま。起きてたの?」
祖母「りかが帰ってくるまでは眠れないよ」
りか「子供じゃないんだから」
祖母「おばあちゃんにとっては、いつまでも子供だよ」
祖母は安心したように笑い、台所へ向かった。
祖母「温かいお茶を入れようか?」
りか「ううん。今日はもう寝る」
祖母「そうかい。おやすみ」
りか「おやすみ、おばあちゃん」
りかは自分の部屋へ入り、扉を閉めた。
コートを脱ぎ、左手を見る。
紫色の光は消えている。
ほくろも、いつもと変わらない。
りか「疲れてたのかな……」
女の声「違う」
りかの体が凍りついた。
鏡の中。
りかの背後に、長い黒髪の女が立っていた。
古びた白い着物。
りかは勢いよく振り返る。
誰もいない。
もう一度鏡を見ると、女はすぐ後ろに立っていた。
りか「誰なの……」
女「私の名は、紫乃」
りか「しの……?」
紫乃「長い間、お前の血が目覚める時を待っていた」
りか「意味わかんない……出てってよ」
紫乃「それはできない」
りか「なんで私なの……」
紫乃「お前が、私の血を継ぐ者だからだ」
りかは携帯電話を握りしめた。
画面には、春馬へ送ったメッセージが表示されている。
りか「私、こんなの送ってない……」
『今どこ? 会いたい』
紫乃「私が送った」
りか「勝手に人の携帯触らないでよ!」
紫乃「触れてなどおらぬ。お前の指を借りただけだ」
りか「なんなのよこれ!」
紫乃は、鏡の中で静かに笑った。
紫乃「やはり似ている」
りか「誰に?」
紫乃「私にだ」
りか「全然うれしくない」
紫乃「じきに、すべて思い出す」
りか「何を……?」
紫乃の目が紫色に輝く。
次の瞬間、りかの頭の中に再び光景が流れ込んだ。
燃え上がる屋敷。
泣き叫ぶ子供。
血に染まった雪。
紫色に光る刀を握る塚原。
紫乃「塚原一は、私のすべてを奪った」
りか「違う……私は知らない……」
紫乃「ならば会いに行け」
りか「嫌……」
紫乃「お前が想う男の中に、塚原はいる」
りかの左手の甲が再び光り始めた。
紫色の光が血管に沿って腕を上り、首元へ近づいていく。
りか「やめて……春馬は関係ない……」
紫乃「関係がある」
鏡の中の紫乃が、りかの肩へ手を置いた。
氷のような冷たさが全身に広がる。
紫乃「お前か、あの男か」
りか「何を言って……」
紫乃「最後に生き残るのは、どちらか一人だ」
りかの右目が、紫色に染まった。
◇
春馬の携帯電話が再び震える。
りかからの二通目だった。
『神社で待ってる』
春馬「……神社?」
塚原「春馬、返事をするな」
春馬「でも、りかに何か起きてるんだろ?」
塚原「ゆえに近づくなと申しておる!」
春馬「それじゃ、りかを一人にすることになるじゃん」
塚原「相手の狙いはワシじゃ。お主が行けば、命を狙われる」
春馬「だったら、なおさら俺が行かないとダメだろ」
塚原「お主は先ほど死にかけたばかりであろう!」
春馬「でも、怖くても行けって言ったの、あんただろ」
塚原は言葉を失った。
春馬は震える指で、りかへの返事を打つ。
『わかった。今から行く』
送信した直後、春馬は顔を引きつらせた。
春馬「……送っちゃった」
塚原「この大馬鹿者が!」
春馬「いや、そこは勇気ある者って褒めるところじゃないの⁉」
塚原「時と場合によるわ!」
春馬「説教のルール、後から変えるの禁止!」
暗闇の向こう。
山頂にある古びた社から、紫色の光が立ち上った。
塚原は光を見つめ、腰の刀へ手を添える。
その顔には、春馬が初めて見るほどの恐れが浮かんでいた。
塚原「紫乃……やはりお前か……」
春馬「知ってる人?」
塚原は答えない。
紫色の光は空を裂き、夜の山を不気味に照らしていた。
――第三話・完――
第三話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。春馬は塚原の力を借りながらも、ひろしを守るという自分の覚悟で戦い抜きました。しかし、安心したのも束の間。りかの中には、塚原への強い恨みを抱く紫乃が目覚めます。「最後に生き残るのは一人」という言葉の意味、そして塚原が隠している過去とは何なのか。次回、春馬とりかは紫色に染まる神社で再び向き合います。




