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憑依戦々  作者: N
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第二十話  選別の始まり

七ノ火を倒しても、りかの身体に刻まれた呪いは消えなかった。長い年月をかけて育てられた黒い線は二ノ火へ絡みつき、霜月士郎は「器は完成する」という言葉だけを残して姿を消す。その目的さえ分からないまま四宮の館へ戻った春馬たちだったが、今度は霜月士郎の側から接触してくる。そして彼が語り始めたのは、火人だけではなく、何も知らず日常を生きている人間たちにまで及ぶ「選別」だった。




一月一日、午前十一時八分。


四宮千景の館へ意識が戻ったあとも、りかは左手から目を離せずにいた。


七ノ火が消滅したことで術そのものも弱まるのではないかと期待していたが、現実は逆だった。「二」の周囲を這う黒い線は皮膚の奥へ根を張ったように残り、紫乃が内側から力を流しても、表面が僅かに薄くなるだけですぐ元の色へ戻ってしまう。


「痛くはないんだけど……なんか気持ち悪い。自分の身体なのに、ここだけ自分のものじゃないみたい」


りかが左手を開いたり閉じたりすると、隣で四宮が小型の測定器を近づけた。画面へ現れた波形は一定の周期で揺れているものの、二ノ火が反応するたび、その下から別の波が重なる。


「無理に消さない方がいいでしょう。七ノ火が長い時間をかけて作った術なら、呪いそのものがあなたの生命活動へ組み込まれている可能性があります。術だけを剥がしたつもりで、別のものまで傷つけてしまっては意味がありません」


「じゃあ、このまま?」


「いいえ。分からないものを、分かったふりをして触らないという意味です。解析は続けます」


四宮が淡々と答える横で、春馬は椅子へ深く腰を沈めながら天井を見上げた。七重のこと、七ノ火のこと、りかに残された呪い、そして行方の分からないひろしまで、考えなければならないことが増えすぎて、何から手をつければいいのか自分でも整理できなくなっている。


「敵倒したら一個くらい問題減るもんじゃねえの? なんで倒すたび増えてんだよ」


『敵を斬れば全て終わるのであれば、拙者も四百年も彷徨っておらぬわ。ようやくお主にも、物事は刀だけでは片づかぬと分かってきたか』


塚原の言葉に、春馬は少し考えてから眉を寄せた。


「いや、でも最後は斬るだろ?」


『……お主という奴は』


りかが思わず小さく笑った。


七重を失ったことが消えたわけではない。思い出せば今でも胸の奥が締めつけられる。それでも春馬と塚原のいつものやり取りを聞いている間だけは、張りつめていたものを少しだけ緩めることができた。


その空気が突然途切れた。


観測室に並んでいたモニターが、一斉に暗転したからだった。


四宮がすぐに操作盤へ手を伸ばすが、どのキーを押しても反応がない。館の照明や生命維持系統には異常がなく、落ちているのは観測用の映像装置だけだった。


「四宮さん?」


りかの声にも四宮は答えず、画面を睨んだまま指を動かした。外部から侵入された形跡を探しているのだろうが、数秒後にはその手も止まった。


「侵入ではありません。少なくとも、私が知っている方法では」


真っ黒だった中央モニターに、細い金色の線が一本だけ走った。


線はゆっくり円を描き、その中心へ小さな点を作る。それはまるで目の様にみえた。


春馬が椅子から身体を起こした瞬間、その金色の瞳が開いた。『聞こえているだろう、四ノ火』部屋のスピーカーから男の声が流れた。


りかの左手にある黒い線が、同時に脈打つ。春馬の表情から僅かに残っていた軽さが消えた。


「……霜月士郎」


四宮は中央モニターから目を離さなかった。自分の設備を完全に掌握されているにもかかわらず慌てる様子はなく、むしろ接続方法を探るように複数の計測画面を立ち上げている。


「私に用ですか。それとも、こちらにいる全員へ聞かせたい話でも?」


『相変わらず察しがいい。お前と話すだけなら、これほど面倒な方法を使う必要はない』


金色の瞳がゆっくり動いた。


映像であるはずなのに、春馬は自分を見られたような感覚を覚えた。その視線は春馬からりかへ移り、最後に二人の中にいる塚原と紫乃まで見透かすように細められる。


『お前たちは、自分たちだけがこちら側へ踏み込んだと思っている』


霜月士郎の声には七ノ火のような挑発的な軽さがなく、だからこそ余計に不気味だった。


『もう始まっている』


四宮の指が僅かに止まった。「何がです」


金色の瞳が細くなる。『選別だ』


その言葉と同時に、中央モニターへ無数の数字が現れた。


年齢も性別も分からない人間の反応波形が、数百、数千という単位で画面を埋めていく。四宮が情報を読み取ろうとしたが、表示された記録には氏名も住所もなく、時刻だけが異様なほど繰り返されていた。


午前一時十一分。


午前三時三十三分。


午前十一時十一分。


春馬は並んだ数字を見ながら眉を顰める「……なんだこれ」


『見覚えがないか?』


霜月士郎に問われ、春馬は画面を見つめ直した。「数字なら毎日見るだろ」


『そういう意味ではない』一瞬の間を置いて、霜月士郎の声が観測室へ静かに広がった。


『夜中にふと目を覚まし、何気なく時計を見たら一時十一分だった。別の日には三時三十三分。昼間、理由もなくスマートフォンへ目を向ければ十一時十一分だった。そんな経験をした人間は珍しくない』


りかが画面へ目を向けた。「たまたま時計を見ただけじゃないの?」


『人間はそう考える』霜月士郎は否定するでも笑うでもなく、当然のことを告げるように続けた。


『一度なら偶然だろう。二度なら気にも留めない。何度か続けば「最近よく同じ数字を見る」と感じる。それでも最後には、印象に残った数字だけを覚えているのだと自分を納得させる』


四宮は話を聞きながら、表示されている波形と時刻を照合していた。やがて一つの共通点を見つけたのか、表情が僅かに変わる。


「……時刻を認識する直前に、全員の波形が変化している」春馬が四宮を見る。


「どういうこと?」


「時計を見たから反応したのではありません」四宮は一人分の記録を拡大した。


午前三時三十三分。


しかし波形が変化した時刻は、その数秒前だった。「先に身体が反応している。そのあとで時計を見ているんです」


りかの背中を冷たいものが走った。


自分の意思で時計を見たと思っていた人間が、実際には何かに反応したあとで時間を確認している。


「じゃあ……何が時計を見させてるの?」

その問いに答えたのは四宮ではなかった。


『こちら側だ』霜月士郎の声が響く。


春馬が金色の瞳を睨んだ。「こちら側って……火人の世界か?」


『それだけではない。お前たちは世界を二つに分けて考えすぎている。人間が生きる現世があり、我々が存在する世界が別にあると考えているようだが、本来それほど明確に切り離されたものではない』


画面上の波形が次々と重なり、一つの巨大な円を形成していく。


『人間の意識は眠っている時だけではなく、日常の中でも僅かに境界を越える瞬間がある。本人が認識するより先に潜在意識がこちら側へ触れ、その反応が身体へ伝わる』


りかは自分の左手を見た。

「それが……同じ数字を見ること?」


『正確には数字そのものに意味があるわけではない』その答えは、りかの予想とは違っていた。


『一時十一分だから選ばれたのではない。三時三十三分だから特別なのでもない。境界へ触れた瞬間、人間の意識が最も身近にある規則性を拾う。それが時計なら数字として認識される。ただそれだけだ』


四宮が画面へ新しい解析を走らせた。

数千人分の波形の中から、同じ反応を示しているものだけが抽出されていく。

その数を見て、春馬の表情が変わった。


「待てよ。選別って……まさか」


『ようやく理解したか』


金色の瞳が笑うように細くなった。


『同じ数字を何度も目にすること自体が選別なのではない。それは、適応し始めた人間に現れる最も小さな反応に過ぎない』


りかは無意識に息を止めていた。

七ノ火によって長い年月をかけて呪いを刻まれた自分とは違う。


今、画面に映っているのは何も知らない普通の人間たちだ。


学校へ行き、仕事をし、家族と食事をして、眠る前にスマートフォンを見る。その何気ない生活の中で、自分でも気づかないまま何かが始まっている。


『器になれる者となれぬ者。その選別は、人間自身が気づくより遥か前から潜在意識の中で始まる』


春馬は金色の瞳を睨みつけた。

「お前らがやってんのか」


霜月士郎はしばらく答えなかった。

その沈黙が、肯定よりも春馬を苛立たせる。


『そこを勘違いするな、一ノ火の器よ。我々が人間をこちらへ繋いでいるのではない』


四宮が顔を上げた。

「では、何が繋いでいるんです?」


モニターの金色の瞳が大きく開いた。

『人間自身だ』

観測室から音が消えたように感じた。

『お前たちは知らないうちに、こちらの世界と繋がっている』


りかの左手に刻まれた黒い線が、再び脈打った。

それと同時に、観測室の壁に掛けられていたデジタル時計から小さな電子音が鳴る。

誰からともなく、全員の視線がそちらへ向いた。


表示されていた時刻は――


11:11


春馬は数秒間、その数字を見つめていた。


やがて視線だけをモニターへ戻す。

「……これも、お前がやったのか?」


しかし、中央モニターに映っていた金色の瞳はすでに消えていた。

代わりに真っ暗な画面へ、白い文字が一行だけ浮かんでいる。


《適応反応 検出》


四宮がすぐ操作盤へ向かったが、その文字も数秒で消えた。

「待ってください……今の反応は外部から送られたものではありません」

春馬が振り返る。


四宮は解析結果を見つめたまま、珍しく言葉を失っていた。

「では誰の反応じゃ」

塚原の問いに、四宮はゆっくり顔を上げた。

視線の先にいたのは、りかではない。


春馬だった。


春馬はその意味を理解できず、自分を指差した。


「……俺?」


その瞬間、胸の奥で塚原とは違う何かが脈打った。春馬の表情が止まる。


『春馬?』

塚原の声にも答えられない。


もう一度。どくん…


明らかに自分の心臓とは違う鼓動が、身体のさらに深い場所から響いてくる。

四宮のモニターへ新しい波形が現れた。


一ノ火でもない。


塚原でもない。


そして赤井春馬の生命反応でもなかった。


「……なんだよ、これ」


春馬が胸へ手を当てる。


その身体の奥で、まだ誰も知らない何かが――ゆっくりと目を覚まそうとしていた。


――第二十話・完――

いつも読んで頂きありがとうございます。

突然モニターから現れた天元。人間の深層に深く入り込んでいる器としての選別。時間を見て同じ数字が並ぶとつい何かあるって感じてしまう。そんな瞬間が確かにあった様な…あの時…もしかしたら私も器として…

脱線致しましたが未だりかの呪い、春馬の異変、目まぐるしい展開。ついて来てぐださいね。

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