第80話 ようこそ、魔法人形屋『ルクス』へ
「フィーネ! 手紙が届いたわよ、リドワーン様から!」
「……またか……」
ユーリアから渡された赤い封筒を受け取る。彼からの手紙はいつもこの封筒で届くのだ。
フィーネが近衛隊付き監察官になって二カ月。
既に二回ほど仕事を任されたが、監査官という名の便利屋のような仕事だった。
(人手の足りてないところの監査を命じて、ついでに魔物討伐を手伝わせるんだもん。人使いが荒いっていうか、なんていうか……)
届いたばかりの封筒を開ける。命令文は常にシンプルだ。
『一週間後、魔法軍のモントズィール地方調査に同行し、その様子を報告するように』
アレクサンダーの意向を受け、最近の魔法軍は調査業務を始めた。
救援依頼を受ける前に、魔物の存在を調査する仕事だ。
リヨン王国とも連携を取り、魔物用の薬物についても研究を進める方針だという。
だが、上からの命令があっても、真面目に働く人間ばかりではないのが今の魔法軍だ。
そこで、彼らを監査するためにフィーネが派遣されるのである。
(……で、魔物がいたら私が倒すことになるんだよね、ほとんど……)
フィーネに課された仕事は魔法軍の仕事ぶりを国王へ報告することだ。
だが、目の前に魔物が現れれば加勢するしかなくなる。
「モントズィール地方ね……観光できるようなところあったかしら?」
「ユーリア、遊びに行くわけじゃないんだよ」
「ついでに遊んだっていいじゃない。お金はたっぷりもらえるんだから」
「……それはそうだけど」
経費として任務にかかった費用をもらえる他、仕事をこなすたびに給料が支払われる。
最初に給料をもらった時は、あまりの高さに間違っているのではないかと確認してしまった。
「そうだ。さっき孤児院に言ったら、嬉しいニュースを聞いたの」
「嬉しいニュース?」
「国王陛下の命令で、国中の孤児院に役人が派遣されるらしいわ。文武両部門の人事担当役員が各地を回って、優秀な人材がいないかを確認するらしいの。もしそこで才能が認められたら、国費で教育を受けられるそうよ」
現状、予算に差はあるものの、孤児院では満足な教育を受けることができない。
魔法軍を除いた役人登用試験は身分問わず受験可能だが、孤児院出身者が合格することは稀だ。
(陛下は、才能があれば教育を受けられる仕組みを作ろうとしてるんだよね……)
その一環として、孤児院へ役人を派遣することを決めたのだろう。
小さな一歩かもしれないが、誰かの人生を変える一歩かもしれない。
「ちょっとずつだけど、世界がよくなっていってる。そんな気がするの」
ユーリアが幸せそうに笑った。
(陛下の下で頑張ることが、私達の夢を叶える方法なのかも)
そう考えると、便利屋のような仕事にも文句は言えない。
「……次の任務も、ちゃんと頑張るよ」
「ええ! あっ、フィーネ、お客さんよ!」
チリンッ、と入口のベルが鳴って、店の中に若い女性が入ってきた。
三つ編みにした茶色の髪はぼさぼさで、食事がとれていないのか顔色も悪い。
目が合うと、彼女は勢いよく土下座した。
「お願いします‼ どうか、どうか……お嬢様を、生き返らせてください……」
彼女の瞳からこぼれた涙が床を濡らす。床についた手が震えていた。
魔法人形屋の仕事にも慣れてきた。けれど、同じお客さんは一人として存在しない。
(大切な人がいて、もう一度だけでも会いたくて……『別れ』なんて辛いのに、それをやり直すために、ここにきてるんだ)
今だって、初対面の人と話すのは得意じゃない。
けれど、前のように対応をユーリアに丸投げしたいとは思わない。
(だって私が、ルクスの店主なんだから)
軽く深呼吸をして、そっと三つ編みの女性の肩に手を置く。
ゆっくりと顔を上げた彼女を見て、フィーネはぎこちない微笑みを浮かべた。
「ようこそ、魔法人形屋『ルクス』へ」
――魔法人形屋『ルクス』
ここは、大切な人との別れをやり直すための店だ。
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