第79話 与えられた立場
一瞬、驚いたようにアレクサンダーが目を見開く。
しかし、すぐに落ち着きを取り戻した。
「理由は?」
「ま、魔法軍に入れば、自由に行動することは……『魔法人形屋』を続けることはできないと思います。私は、『魔法人形屋』を続けたいんです」
最初は、全くと言っていいほど乗り気ではなかった。
ユーリアの提案に従って、仕方なく店を開いただけ。
(でも、今は……今は、違う)
魔法人形屋を始めて、いろんな人達と出会った。
(みんな、私に感謝してくれたけど……私も、たくさん、いろんなものをもらったんだと思う)
変わろうと思えたのも、魔法人形屋での経験があったからだ。
きっとまだ、大切な人を喪って悲しんでいる人も、別れをやり直したい人もたくさんいる。
(私は……そういう人達に、少しでも良い『別れ』を提供したい)
たった一日だけ。
けれど、その一日が誰かを救うことがある。
人々を救う為に戦うことを諦めたわけじゃない。モンドでの経験のおかげで、もう一度戦う覚悟ができた。
だが、人々を守る為に戦うことと、魔法人形屋を諦めることは別だ。
どちらも大事だから、どちらも手放さない。その為の選択をする。
「だから、私……魔法軍には、入れません」
怒鳴られてもおかしくない。覚悟してアレクサンダーの瞳をじっと見つめる。
「……なるほどな」
しかし彼は、表情を変えずに頷いただけだった。
「リドワーン」
振り向いて、褐色の男の名を呼ぶ。すると、リドワーンが懐から細長い小さな箱を取り出した。
その箱を持って、アレクサンダーが立ち上がる。
「フェルナー」
差し出された箱を受け取る。
一体なんだろうと思っていると、開けてみろ、とアレクサンダーに指示された。
丁寧に、壊さないように箱を開ける。
中に入っていたのは金の懐中時計だった。しかも、蓋の部分に王家の紋章が刻印されている。
「これがあれば、国内の関所はどこでも通れるし、あらゆる施設を利用することもできる」
「……は、はい」
渡された物が凄い物だということは分かる。だが、どうしてこの時計を渡されたのかが理解できない。
「無理に魔法軍に入れとは言わん。だが、魔法軍に入らないなら、お前には俺の直属の部下になってもらう」
「へっ、陛下直属の……⁉」
「正確な役職名は……なんだったか。リドワーン」
「はっ」
リドワーンは頷くと、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「近衛隊付き監察官です」
「こっ、近衛隊? 監察官……?」
想像すらしていなかった単語に狼狽えていると、アレクサンダーが口の端を上げて笑った。しかし、瞳は笑っていない。
「俺が自由に動かせる駒になれ、ということだ。普段は『魔法人形屋』を営んでいて構わないが、有事の際は俺の命令に従って動いてもらう。監察官として、魔法軍を始めとする組織の監査がお前の仕事だ。調査先が無能な場合、状況によってはお前自身が問題を解決する必要があるだろうが」
流暢な説明から察するに、元々フィーネが魔法軍入隊を断る可能性を考えていたのだろう。
というか、こちらの案が本命だった可能性もある。
(要するに、魔法軍には所属しなくていいけど、陛下の命令で色々動かなきゃいけないってことだよね……?)
近衛隊というのは、国王直属の護衛部隊である。
少数精鋭で、信頼がおける人間のみを国王が選んで結成した部隊だ。
その最たる特徴は、ほぼ全員が平民で構成されていること。つまり、他の貴族と利害関係にないということである。
「言っておくが、お前に拒否権はない」
(ですよね……)
相手は国王陛下である。魔法軍への入隊を強制されなかった時点で、なにか裏があると考えるべきだったのだ。
(まあでも、魔法人形屋は続けられるし、陛下の組織改革には賛成ではあるし……)
今のフィーネにとって最適の提案かもしれない。
「というわけで、よろしく頼むぞ、フェルナー」
アレクサンダーが目配せをすると、リドワーンが手に持っていた羊皮紙をフィーネに差し出した。そこには『任命書』と書いてある。
「今から私が君にとっての直属の上司だ。覚えておくように」
リドワーンは、歌えば誰もが聞き入ってしまうような澄んだ声をしている。
だが、整った顔立ちをしているだけに、無表情を保たれると怖い。
「リドワーンは近衛隊の隊長だ。お前への指示は、基本的にリドワーンを通じて出す。リドワーンの言葉は俺の言葉だと思え」
「はっ、はい」
もらったばかりの任命書と、先程もらった懐中時計を丁寧に胸元へしまう。
「もう用はない。下がっていいぞ。せっかくだから、パーティーを楽しんで帰るといい」
「はい……」
フィーネとブルクハルトが立ち去るより先に、アレクサンダー達が部屋を出ていった。足音が完全に消えてから、ブルクハルトがゆっくりと息を吐く。
「……フィーネ」
「はい……」
「大変だろうが、陛下は信頼のできる御方だ。しっかりと任務に励んでいれば、不当な扱いを受けるようなことはないだろう。だが、あの側近には気をつけろ」
「リドワーン様に、ですか?」
「ああ。遠い異国の魔術を使うそうだ。詳しくは俺も知らないが……陛下よりもよほど容赦がない。陛下の敵と判断した奴は容赦なく殺す」
「ひっ……」
一対一の戦いであれば怯えたりはしない。
だが、政治的な争いとなると、フィーネは完全な門外漢である。
(それに、異国の魔術って……どんな術なんだろう)
考えることは山のようにある気がするが、実際のところ、フィーネが考えたところでどうにかなるものはない。
既にフィーネは近衛隊付き監察官に任命されてしまったのだ。
「フィーネ。なにかあれば、遠慮なく頼ってくれ」
「はい……! あ、えっと、その、私のことも、た、頼ってくださいね……!」
「……ああ」
微笑み合って、二人は部屋を出た。
これからのことは分からないが、ひとまず今日はパーティーに参加せねばならない。
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パーティーにおいて、新米監査官フィーネ・フェルナーは常軌を逸するほどの食事量でちょっとした話題になったのだが、本人がそれを知ったのは一ヶ月後のことであった。




