第78話 国王陛下からのお呼び出し
「フィーネ! すっごく似合ってるわ。普段からもっとちゃんとしたらいいのに!」
「い、いやそれはさすがに面倒っていうか……」
「それ、人に身支度を手伝わせておいて言うことかしら?」
拗ねたようにユーリアが頬を膨らませる。
慌てて謝ると、今さら気にしないけどね、と軽く笑われた。
今から、フィーネは王城へ向かわなくてはならない。
ユーリアにも同行してもらいたかったのだが、死んだはずの彼女を公的な客人にすることは不可能とのことだった。
(ユーリアが見世物になるのも嫌だし、それは仕方ないって分かってるんだけど……)
姿見に映った自分の姿を見て溜息を吐く。
今日のために仕立てたドレスは淡い黄色が上品で可愛らしいデザインをしているが、自分が着ているせいで違和感がすごい。
また、普段は下ろしているだけの髪も、今日はユーリアの手によって結い上げられている。
(こんなことになるなら、前髪切るのもうちょっとだけ後回しにすればよかった……)
と思っても遅い。
「行ってらっしゃい、フィーネ」
「……うん、行ってきます」
家を出る。家の前にはもう、手配した馬車が停まっていた。
◆
案内されるがままに広間に入ると、着飾った人々の華やかなオーラに圧倒された。
全方位、どこを見てもフィーネのように場違いな人間はいない。
肩を縮めるようにして会場の端に寄ると、ひそひそとフィーネを噂する声が聞こえてきた。
「あれが、フィーネ・フェルナーらしいわよ」
「ああ、あの……元々、魔法学園を首席で卒業したっていう……」
「モンドでも大活躍だったそうじゃないか」
「今日は陛下直々にお呼びがかかったんだろう?」
「人は見かけによらないな」
せめて聞こえないように喋ってくれ、と思うものの、招待客は好き勝手に話を続けている。
一度会場の外に逃げてしまおうかと顔を上げた瞬間、ブルクハルトの姿が見えた。
「ブルクハルトさん……っ!」
見知った顔に安心し、慌てて駆け寄る。正装姿のブルクハルトは、さすがは貴族といった出で立ちだった。
「あっ、あの、私、ブルクハルトさんがきて安心しました……!」
「それはよかった。だが、安心してはいられないぞ」
「え?」
「パーティーが始まる前に話したい、と陛下からお呼び出しがあった。ついてきてくれ」
「えっ……えっ⁉」
戸惑うフィーネの手を引いて、ブルクハルトが歩き出す。広間を出て、向かった先は小さな応接間だった。
ブルクハルトが入口の扉をノックすると、『入れ』と中から声が聞こえた。
低く、威厳に満ちた声だ。
ごくり、と思わず唾を飲み込む。
不敬にならぬよう、頭を下げたまま入室した。
「顔を上げろ」
ゆっくりと顔を上げる。椅子に座っていたのは、息を吞むほど美しい青年だった。
薄紫色の長い髪を後ろで一つに束ね、真っ赤な瞳でフィーネを見つめている。
彫刻のような佇まいでありながら、赤い瞳は炎のように燃えている。
(これが、アレクサンダー陛下……)
全身に漂う高貴な威厳は、フィーネのような一般人とは一線を画すもの。
息苦しいまでの緊張感に耐えながら、なんとか息を吸って心を落ち着かせた。
(……あ。もう一人、いる……あれ?)
緊張のあまり気づかなかったが、彼の左後ろにもう一人いた。護衛だろうか、それとも従者だろうか。
褐色の肌に藍色の髪。異国の血を感じさせる青年は、まるで影のようにアレクサンダーの後ろに立っている。
(陛下は、血筋ではなく実力を重視する方だと聞いたけど、異国の人を傍におくなんて……)
貴族連中がアレクサンダーをよく思っていない、という話にも納得がいく。
とはいえ、フィーネ個人としては、血筋ではなく実力を重視するという彼の方針には賛成だ。
「お前の力については、ブルクハルトからよく聞いている。全属性の魔法を使える上に、固有魔法も戦闘に特化しているらしいな」
「……そ、そのようなことは……」
「過度な謙遜は鬱陶しいだけだ」
「もっ、申し訳ございません」
「まあいい」
これ以上咎められなかったことに安堵する。
人生で国王陛下の前に立つ機会がくるなんて想像もしていなかったから、ちゃんとしたマナーなんて覚えていないのだ。
「単刀直入に言おう。魔法軍に入らないか」
「ま、魔法軍に、ですか……?」
「今の魔法軍の体制には納得がいっていない。近いうちに組織改革を進めるつもりだ。お前の実力なら、少将としての入隊を許可する」
「しょ、少将ですか⁉」
どれほど有能な人物だとしても、フィーネの年で将官を務めたことがある人物はいない。
にも関わらず、いきなりフィーネを少将として魔法軍に入隊させれば、確実に周りからの顰蹙を買うだろう。
「ああ。入隊にあたっては、改めて実技試験を課すことにはなるがな」
おそらく彼は、劇的に魔法軍を変えるつもりなのだ。
魔法軍だけでなく、国自体の仕組みを変えるつもりなのかもしれない。
(……もしかしたら、魔法軍だって本当に変わるのかも)
家柄だけで出世したような上官はいなくなり、有能でやる気のある人々が集まれば、魔法軍は大きく変わるかもしれない。
そうなれば、学生時代に参加した戦のようなことは起こらなくなるだろう。
「悪くない条件だろう?」
「……は、はい」
フィーネが魔法軍へ入らないことを決めたのは、魔法軍の現体制にうんざりしたからだ。
それを、彼は変えるつもりなのだという。
(本当に実現可能かは、分からないけれど……)
少なくとも、彼はやる気なのだ。
魅力的で、夢のある誘いだ。
それに、人々に危険が迫っているのなら戦いたいと思う。
――だけど。
ここにくる前から、なにを言われてもフィーネの心は決まっていた。
「……申し訳ありませんが、魔法軍に入ることはできません」




