第77話 招待状
コンコン、とノックされたのは店の扉ではなく、二階の住居部分にだけ繋がっている裏口だ。
この扉を利用する者は数少ない。
だからフィーネは、緊張しつつゆっくりと扉を開けた。
「いっ、いらっしゃいませ、ブルクハルトさん……」
「ああ。久しぶり……でもないな」
少し気まずそうに笑うと、彼は大きな籠をフィーネに渡した。
中に入っているのは、林檎や苺、葡萄、蜜柑……と、とにかく大量の果物である。
「土産だ」
「お土産、ですか?」
「ああ。……娘の家に行くのだと部下に話したら、果物でも持っていってやれと言われてな」
娘、と口にした瞬間のブルクハルトがあまりにも表情を硬くしていて、フィーネはつい笑ってしまった。
そんな彼女を見て、ブルクハルトが溜息を吐く。
「すいません。とりあえず、なにか飲み物でも用意しますね」
「それは私がやるから、フィーネはゆっくり座ってて‼」
ひょこっ、と顔を出したユーリアが叫んだ。
昔、フィーネがとんでもなく不味い紅茶を淹れてしまったことをまだ覚えているのだ。
ユーリアの言葉に甘え、ブルクハルトと二人で居間へ移動する。
家の中を観察するようにじっと見られると、さすがに落ち着かない。
「あの……あれから、どうでした? 上層部の人達、なにか言ってましたか?」
ブラックドラゴンを倒した後、フィーネとユーリアは早々に王都へ帰宅した。
ブルクハルトもその翌日には王都へ戻ったものの、ブラックドラゴンに何らかの薬物が投与されていた事等、上層部に報告する事が多く、何かと忙しくしていたのだ。
「最近、魔物が人を襲う事件が多発している。それが人為的に仕組まれたものなら大問題だ。国を挙げて調査すべき問題として上層部でも話し合いが続いている」
「そうだったんですね……」
「ああ。とりあえずは、今まで以上に積極的に魔物の調査や対策を行う必要があるのでは、という方向で進んでいる。今回のように、薬物を投与された魔物が他にもいるのかどうかを調査するのが最優先事項だ」
「……なるほど……」
現状、人手が不足していることもあり、魔法軍は問題が起こった後に対処する、という活動方針をとっていた。
だがその方針のままでは、いずれ大きな事件が起きてしまうかもしれない。
人為的に魔物に人を襲わせている可能性があるのなら、早急に動く必要があるだろう。
「陛下もかなり気にしておられて、議論に参加することもあるんだ。先日もお会いする機会があったんだが……これを、お前に渡すようにと」
ブルクハルトが懐から一通の手紙を取り出した。シンプルな白い封筒だが、見覚えのある紋章が蝋に押されていた。
(いやでも、さすがに見間違えだよね……?)
震える手で手紙を受け取り、改めて紋章を確認する。
何度まばたきを繰り返しても、紋章は変わらなかった。
「こっ、これ……おっ、王家の……」
「ああ」
「な、なんで私に⁉」
この紋章を使用することができるのはこの国でただ一人、国王のみ。
つまりこれは、国王陛下からの手紙だ。
「今回の任務の報告書には、フィーネのことも書いたんだ。嘘はつけないからな。それに、モンドでの活躍の噂はもう王都まで届いている。加えて、前々から貴族の間で『魔法人形屋』はちょっとした噂になっていたらしい」
「だっ、だからってなんで、陛下直々に……っ⁉」
「フィーネは知らないだろうが、今の陛下は才能ある人間の登用に意欲的でな。身分ではなく実力に相応しい地位を与えるべきだ、という主張をしている。おかげで、年寄り連中とは馬が合っていないんだが……」
はあ、とブルクハルトが溜息を吐いた。
魔法軍の将官ともなれば、政治の世界とも無縁ではいられない。彼もいろいろと苦労しているのだろう。
(そういえば二年前に王太子様が即位して、新しい国王になったんだっけ……)
あまり詳しくは知らないが、第一王子と第二王子が同年齢で、両派に別れて争っていると聞いたことがある。
結果、跡継ぎに選ばれて即位したのは第二王子だ。
「とりあえず開けてみろ。俺も中身は知らないんだ」
「は、はい」
ペーパーナイフを取りにいくのは面倒だから、風魔法で丁寧に封を開ける。
中に入っていたのは短い手紙と、一通の招待状だった。
『フィーネ・フェルナー
話がある。次の舞踏会に参加するように。 アレクサンダー・フォン・アールヴヘイム』
(こ、これ、もしかしなくても、パーティーの招待状だよね……っ⁉)
恐る恐る視線を上げると、手紙を覗き込んでいたブルクハルトと目が合った。
「あのっ、ブルクハルトさん、これ……っ!」
「……なるほどな。直接話したいというのも陛下らしい話だ」
「こ、断るという選択肢は……」
「あるわけないだろう。断れば命はない……とまではいかないかもしれないが、魔法人形屋の営業許可を即刻取り消すくらいのことはやるだろうな」
「で、ですよね……」
そもそも、フィーネは戸籍上ブルクハルトの養子、つまり貴族なのだ。
貴族というのは国王に仕える身分であり、国王からの命令に背くことはできない。
フィーネが頑なに誘いを拒んだりすればブルクハルトに迷惑がかかる。
(断る選択肢はない。分かってる、分かってるけど……)
注目されるのは嫌いなのに、絶対、注目されるに決まっている。
というか、注目されてしまった結果がこれだ。ただでさえ、フィーネは元々パーティーが嫌いだというのに。
「……話がある、なんて……」
「十中八九、魔法軍への入隊を要求されるだろう」
ブルクハルトは額に手を当て、深々と溜息を吐いた。
「……フィーネ」
「はい……」
「会場には俺もいる。……できることは、なにもないだろうが」
「……はい」
いったい、何を言われるのだろう。
(行きたくない……‼)
という、フィーネの願いが天に届くことはなく。
一週間後、フィーネはパーティーが開催される城に向かうことになるのだった。




