第76話 夢の続き
馬車に揺られながら感じるのはまず充足感だった。
身体は疲れているが気分は爽快で、こんな気持ちになったのは随分と久しぶりである。
「フィーネ、楽しそうね」
「……そう、かも」
「そうだって認めていいのよ」
微笑んで、ユーリアが街でもらったパンを渡してくれた。
きちんと代金を支払おうとしたのだが、『街を救ってくれたフィーネ様から代金はいただけません!』と拒まれてしまったのである。
エドガーが話を広めまくったせいで、フィーネはすっかりモンドの有名人になってしまったのだ。
「賑やかな人達だったわよね」
「……うん。ちょっと変わってたから、最初は不安だったけど」
一緒にいるうちに、別れるのが少し寂しい、とまで感じるまでになった。
「きっとまた会えるわよ。近いんだし、リヨン王国へ旅行してもいいわよね」
別れ際、リヨン王国へくることがあれば案内すると言ってくれた。
単なる社交辞令と流さず、甘えてみてもいいのかもしれない。
「……うん。ブルクハルトさんとも、ちゃんと話せてよかった」
振り返ってみれば、今回の任務は良い事ばかりだった。
もちろん、大変なこともあったけれど。
「ブルクハルトさん、家にもきてくれるって言ってたし」
「ええ。その時はちゃんとおもてなしをしないとね」
ユーリアとの旅行。ブルクハルトの来訪。
頭に浮かぶのは楽しみな未来のことばかりだ。
こんなの、いつぶりだろう。
少し顔を上げて、馬車の窓から外を眺める。
なんてことはない風景なのに、やたらと綺麗に見えた。
◆
「ね、ねえ、フィーネ、本当にいいの?」
「うん。大丈夫だから、思いっきりお願い」
「……それなら、いいんだけど」
珍しく緊張したユーリアがハサミに手を伸ばす。
本当にいいのね? ともう一度確認してから、彼女はそっとフィーネの前髪に触れた。
シャキッ、シャキッ……。
音がするたびに、白銀の髪が床に落ちていく。
ユーリアがハサミを下ろした時には、ずいぶんと視界が良好になっていた。
「……うん、いい感じ」
鏡に映る自分は、金銀妖瞳がはっきりと見える。
今までは必死に隠そうとしてきたけれど、もうそれはやめる。
(こんなことで人が変われるわけじゃないのは、分かってるけど)
決意表明のようなものだ。
「じゃあ、行こうか」
「……ええ」
二人が向かった先は、ユーリアの墓だ。
フィーネが一人でくることはあっても、ユーリアをここへ連れてきたことは一度もない。
(でも、これも、前に進む為には必要だから)
ブルクハルトからの依頼を通じて、フィーネは自分の中にある気持ちを素直に認めることができた。
(変わるんだ。誇れる自分になれるように)
墓石の前で手を合わせた後、ユーリアと向き合う。
今日はここで、彼女の死因について話すと決めている。
「ユーリアは、私を庇って死んだんだ」
感情的にならないように、淡々と当時の状況を説明する。
人手不足の戦場で共に駆け回っていたこと、暴走し動けなくなったフィーネを優先してユーリアが死んでしまったこと。
事実を口にするたびに声が震えてしまうのは、情けない自分を思い出すからだ。
「話してくれてありがとう、フィーネ」
「……ううん」
「でも大体、予想通りだったわ」
あはは、とユーリアは墓場に似合わない明るい声で笑うと、ぎゅっとフィーネの手を握った。
「だって絶対、私ならそうするもの」
フィーネ、と柔らかい声で名前を呼んだユーリアが、そっとフィーネの頬を両手で包んだ。
名前を呼び返すよりも先に、彼女の唇が額に触れる。
「……ユーリア?」
顔を見上げる。目が合うと、なぜか彼女の両目が涙でいっぱいになっていた。
「別れのキスよ」
「え?」
「……前に進む為に、決めたんでしょ?」
一瞬、彼女がなにを言っているのか分からなくてフリーズする。
そして、とんでもない勘違いをさせてしまったことに気がついた。
「違うから‼ 私、ユーリアを処分する気なんて全然ないからね⁉」
「……え? で、でも、戦うためには、やっぱり私は邪魔でしょ。私がいると、フィーネは全力を出せないし……」
ユーリアの言っていることは正しい。
魔法人形である彼女を常時維持するだけで、フィーネは膨大な魔力を消費することになるのだから。
(だけど、だからユーリアを諦める……なんて、あり得ない)
死んだ人間を蘇らせ、魔法人形としていつまでも傍においておくことは、正しい振る舞いとは言えないだろう。
だがフィーネは、正しい人間になりたいわけじゃない。
強くなって、大事なものを全て守れる人間になりたいのだ。
当然、大事なものにはユーリアだって含まれている。
「うん。だから、もっと強くなるって決めたんだ。ユーリアを維持してても、ちゃんと戦えるくらい強くなる」
「……フィーネ」
「この前も言ったでしょ? 私が死ぬまで、ずっとユーリアを守るから」
ユーリアの瞳から涙がこぼれ落ちた。
手のひらでそっと涙を拭い、彼女の手をぎゅっと握る。
「帰ろう、ユーリア。私達の家に」
「……うん」
もう二度と、この手を離したりしない。大切なものは、全部自分で守ってみせる。
なくしたものはたくさんある。
それでもまだ、やり直せることはあるはずだ。
「ユーリア」
立ち止まると、視界の端に幼い子供の姿が目に入った。
誰かの墓の前に蹲り、泣きながら必死に手を合わせている。
(これ以上、私みたいな子は増やしたくない)
現実に絶望して、夢を見ることをやめてしまった。
でも、まだきっと間に合う。
「夢の続きを、ユーリアと見たいんだ」




