第75話 違和感
ドンッ! と音を立てて病室の扉が開いた。
中に入ってきたのはエドガーとノエルである。その後ろにはユーリアも立っていた。
「無事か⁉ 意識を取り戻したと聞いたが」
「あっ、はい。もう大丈夫です」
フィーネが答えると、二人とも安心したように笑ってくれた。
「よかった。少しだけ病室を出られるか? 皆がお前を待っているぞ」
「……みんな、って?」
心当たりが全くない。
フィーネが首をかしげると、エドガーは不思議そうに教えてくれた。
「決まっているだろう? 街の皆だ。街を救った英雄、フィーネ・フェルナーの姿を一目見ようと病院の前に大勢が集まっている」
「まっ、街を救った英雄⁉」
「そうだ。今回、街を救ったのはお前だ。ブラックドラゴンを一人で倒した上に、街の住民全員を守ったんだろう? 魔力量が多いとは思っていたが、まさかここまでとはな」
「あっ、で、でもその、街の皆さんは、それが私だとは知らないはずで……」
フィーネを目撃した住民も少しはいるだろうが、戦闘から離れた場所に住民達を移動させたのだ。
騒ぎになるほどは見られていないはずである。
「ああ。だから、俺様が教えてやった。街を救った英雄がここにいると」
「……え?」
「パレードの用意も整えてある。きついだろうが、無事な姿を見せて民間人を安心させてやるのも騎士としての務めだろう」
そもそもフィーネは騎士ではないのだが、それを言ったところで無意味だろう。
(そ、それにしても、わざわざ私だって言い回るなんて……っ‼)
モンドにはローゼリア王国、リヨン王国からも沢山の人がきている。
ここで噂になれば、あっという間にフィーネの名は両国に知られてしまうだろう。
未来を想像してフィーネが頭を抱えていると、傍にきたノエルが小さな声で謝ってくれた。
「ごめん。……エドガーは、目立ちたくないなんて気持ちが分からないんだ。よかれと思って、君の功績を言って回ったつもりで……」
彼に悪気がないことはよく分かる。
分かってはいるが、感謝する気にはなれない。
「行くぞ、フィーネ。パレードが終わったら、俺様が極上の飯をご馳走してやろう」
パレードも御馳走もいらないからもう少し眠っていたいです、なんて言えるはずもなく。
半強制的に、フィーネはパレードに主役として参加させられたのだった。
◆
「つ、疲れた、あまりにも……」
パレードと食事を終えたフィーネは疲労感に全身を支配されていた。
戦闘による疲れが大きいのか、パレードの緊張のせいなのか、今となってはよく分からない。
にも関わらずなぜか眠れなくて、夜風を浴びるために宿を抜け出してきたのだ。
宿の前に設置されたベンチに座り、夜の空気を感じながらそっと目を閉じる。
少しずつリラックスしてきて、甘い香りも心地よく感じられた。
(……ん? 甘い香り?)
違和感を抱いて目を開く。すると、目の前にエドガーの姿があった。
「うわっ‼」
「うわ、とはなんだ。俺様を見て歓声以外の大声を出すな」
「そ、それはすいません、びっくりしちゃって……」
失礼な奴だな、と文句を言いつつ、エドガーがフィーネの隣に座った。
部屋着姿でもないし、宿の中から誰かが出てくる気配は感じなかった。どこかへ出かけていたのだろうか。
(元気な人だなあ……)
パレードの際も、フィーネが主役だと言いながら一番目立っていたのは彼だった気がする。
まあ、フィーネとしてはありがたいことだったのだが。
「気になることがあって少し調べてきたんだ。曖昧な情報が多いが、国へ帰る前に伝えておこうと思ってな」
「気になる事、ですか?」
「ああ。街を襲ったブラックドラゴンについてだ。通常、ブラックドラゴンが人里を襲うことはない。だが、フィーネが倒した個体は明らかに街を狙っていた。そこが気になってな」
「……あ」
フィーネも抱いていた違和感だ。
だがすっかり忘れていて、調べようなんて思っていなかった。
(派手好きな人だと思ってたけど、真面目な人なんだな……)
感心していると、エドガーは懐から一本の瓶を取り出した。
中に入っているのは魔物の血液に見える。
「お前が倒したブラックドラゴンの死体から採った血だ。ノエルに頼んで詳しく調べてもらった」
「ノエルさんって、そういうことまでできるんですね……」
「ああ。何かあればお前も頼むといい。で、問題はこの血液に、魔物を興奮させる効果のある薬物が混ざっていたことだ」
「……魔物を興奮させる薬物、ですか?」
「そうだ。狂暴化させる薬、と言い換えてもいい」
「そんな……」
魔物を興奮させる為の薬なんて、一度も聞いたことがない。
そもそもそんな物、人間にとっては害にしかならない存在だ。
(薬を作れるような高い知能を持った魔物がいる? それとも……魔物に人を襲わせたい人間がいるの?)
どちらにせよ、今後同様のことが起こってしまったらと想像するだけで恐ろしい。
「このことは当然、国にも報告する。どうなるかは分からないが……今後、こうやって共に戦う機会も増えるかもしれないな」
「……はい」
咄嗟に頷いたことに、自分でも驚く。でも、迷いはなかった。
(私にできることがあるなら、私が救える命があるのなら……頑張りたい、から)
エドガーは立ち上がると、フィーネに右手を差し出してきた。
「今後もよろしく頼む」
「……こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
「じゃあな。お前も、遅くならないうちに眠った方がいい」
手を振って、エドガーは宿の中に消えていった。




