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【書籍化決定】コミュ障の天才魔法使いは、王都の片隅でのんびりお店経営はじめます~魔法学園主席の少女は実力を隠して静かに暮らしたい~(旧タイトル:厭世の魔法人形屋)  作者: 八星 こはく
第四章 フィーネ・フェルナーへの依頼

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第74話 ブルクハルトの夢

「あっ、わ、私……ど、どれくらい寝ちゃってました? 街の皆さんは無事、ですよね? 洞窟のブラックドラゴンは……」


 目を覚ますとユーリアとブルクハルトがいて、ユーリアが部屋を出ていってしまった。

 少し記憶が曖昧だけれど、なんとかブラックドラゴンを倒せたことは覚えている。見たところブルクハルトに怪我はないし、洞窟のブラックドラゴン討伐も上手くいったのだろう。


「……ああ。フィーネ以外、怪我人もいない。直後は少し街の皆も混乱していたが、今は落ち着いた。壊れた壁もエドガー達が修復してくれたしな」

「よかった……」


 気が抜けると、左足の痛みが気になってきた。

 そっと左手を添えると、ブルクハルトの顔がわずかに歪む。


「だっ、大丈夫です。たぶんすぐに治りますから」

「……すまない。もう一体ブラックドラゴンが外にきていることを知っていれば、フィーネを一人にしたりしなかった。俺の確認不足だ」

「い、いえ。犠牲者や怪我人も出なかったですし、洞窟の外に出るまでもう一体ブラックドラゴンがいることなんて分かりませんでしたから」


 あの状況ではむしろ、ブラックドラゴンを倒すために洞窟に残った三人の方が危険だったのだ。


「だが……」


 沈黙が医務室を満たす。元々、二人とも口数は多くないのだ。


(うう……なんでユーリア、出ていっちゃったの……⁉)


 彼女がいれば、もう少しちゃんと喋れたはずなのに。


「……フィーネ」

「はっ、はい」


 自然と背筋が伸びる。深呼吸して、じっとブルクハルトの目を見つめた。


「……助かった。もし洞窟を出たのが俺だったら、街の住民も守れず、俺も死んでいたかもしれない」

「……そんなことは……」

「死ぬ覚悟はとっくにできているはずだが、それでも、まだ俺は死ねない」


 すう、と大きく深呼吸をして、ブルクハルトが姿勢を正す。

 翡翠色の瞳が、いつもより深い色を帯びているように感じた。


「やりたいことがまだ、残っている」

「……やりたいこと、ですか?」

「……ああ」


 彼は口数が少ない。なにより、事実以外を口にすることが滅多にない男だった。


「魔法軍に入ったのは成り行きのようなもので、強い意志があるわけじゃなかった。だが今は、明確な意志があってこの仕事を続けている」

「明確な意志、ですか?」

「夢、というやつなのかもしれない」


 ブルクハルトがそんなことを言うのは初めてで、無意識のうちにフィーネは拳を握り締めていた。


(長い時間、ブルクハルトさんとは一緒にいたけど……まだまだ、知らないことが多すぎる)


 身を乗り出して続く言葉を待つ。右目を隠す前髪を鬱陶しく感じたのは初めてだった。


「……お前に、平和な世を見せてやりたい」

「……え?」


 予想もしていなかった言葉に、思わず声が漏れた。

 ブルクハルトは表情を隠すように俯いたが、それでも、口を閉じない。


「馬鹿だと思うだろう。お前は俺なんかより、ずっと強いのに」

「そ、そんなこと思いません」

「お前に戦い方を教えたことは後悔していない。だが、お前に他の選択肢を教えてやれなかったことはずっと後悔している」

「ブルクハルトさん……」


 はあ、とブルクハルトは深い溜息を吐いた。


「平和な世の中になれば、お前が本当の意味で自由を手に入れられる。その日がくるまで、俺はまだ死ねない」


 平和な世の中。

 漠然とした理想を語るのは彼らしくない。しかもその理由が、フィーネのためだなんて。


「あっ、あの、ブルクハルトさん……」

「なんだ?」

「……どうしてそんなに、私のことを大事に思ってくれるんですか……?」


 魔法学園から逃げ出して不義理を働き続けていたのに。

 何年もの間、手紙だって無視してしまったのに。

 育ててもらっておいて、何の恩返しもできていないのに。


「フィーネが大事だからだ」


 何の答えにもなっていない。それでも、真っ直ぐなブルクハルトの気持ちが伝わってくる。


「……なあ、フィーネ」

「……はい」

「お前は、俺に引き取られてよかったと思うか?」


 これほど不安に満ちた彼の声を聞くのは初めてだ。

 左足が痛むにも関わらず、気づけばフィーネは立ち上がっていた。


「もちろんです! 私はあの日、ブルクハルトさんに救われました。ブルクハルトさんが戦い方を教えてくれて、魔法学園に入れてくれたから、私はユーリアとも出会えて、それだけじゃなくて、本当は、本当は私は……」


 いろんな感情がこみ上げてくる。

 上手くまとまらなくても、今、伝えなきゃだめだと思った。


(私だって、ブルクハルトさんが大事だから)


 ブルクハルトが右手を伸ばし、ふらついたフィーネを支えてくれる。

 手のひらを通じて、彼の温もりが全身に伝わってくるような気がした。


「……逃げたく、なかったんです」


 ユーリアを喪って、周囲の人々に絶望して。

 頑張ることができなくなって、夢を見ることもやめてしまって。

 全てを捨てて逃げた弱い自分が、情けなくてずっと嫌いだった。

 気づかないふりをしていた。気づいたところで、どうせなにもできないと思っていたから。

 今さらなにをしても、既に失ったものが戻ってこないことを知っていたから。


 ――だけど。


 大切な人を喪っても、前へ進もうとする人達に出会った。


(きっと私は、みんなのことが羨ましかったんだ……)


 前へ進む力を持つ人達が。変わろうと頑張ることができる人達が。


「私だって、変わりたいんです……っ‼」


 失ったものを取り戻すことはできなくても、これ以上、大切なものを失いたくない。


「大事なものは全部、自分の手で守れるようになりたい……っ‼」


 口にすると、頭の中にあった考えがどんどんまとまっていく。


(……ユーリアが死んで、魔法人形を作って、必死に過去に戻ろうとしていた。だけど本当は、ずっと変わりたかったのかもしれない)


 ゆっくりと息を吐いて、ブルクハルトの手をぎゅっと握る。


「ブルクハルトさん。私を頼ってくれて、ありがとうございました。頼ってもらえて、私、すごく嬉しかったんです」


 今回の依頼がなければ、自分の気持ちにも気づかなかっただろう。


「だからまた、いつでも頼ってください」

「フィーネ……」


 無言のまま見つめ合う。恥ずかしくなって目を逸らしたのは、お互い同じタイミングだった。


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