第73話(ブルクハルト視点)似た者親子
「大丈夫ですよ。意識を失っているだけですし、もうすぐ目を覚ますと思います」
ユーリアにそう言われても、ブルクハルトは気が気ではなかった。
現在、フィーネは街の病院に運び込まれ、医療用ベッドに横になっている。
顔色が悪く、おまけに左足を怪我していた。
ユーリアによるとフィーネが自らつけた傷だというが、きっと痕が残ってしまうだろう。
(年頃の娘に……なんて、俺に考える権利はないな)
彼女を引き取ってから一度も、娘らしいことなんてさせてやれなかった。
教えられるのは魔法や体術のことばかりで、他のことなんてなにも分からなかった。
それでも、着飾った彼女と踊った日のことを覚えている。
魔法学園は貴族の子弟が多く通っていることもあり、時折パーティーが開催されることがあった。
フィーネはユーリアに選んでもらったという白いドレスを身に纏い、ぎこちないステップで踊っていた。
二人で踊ってみたらどうですか、と提案してきたのはユーリアだ。
フィーネもブルクハルトも、お互い自分から言い出すような性格はしていない。
「……フィーネ」
名前を呼んで、そっと頭を撫でる。手のひらにおさまるほど小さな頭だ。
彼女を引き取ったのは、巨大すぎる魔法の才能に気づいてしまったからだ。
放っておけないと思った。彼女の持つ才能は、両親を喪った無知な少女には大きすぎて、放っておけばどんな連中に利用されるかと考えただけで恐ろしくなった。
才能には、自覚的にならなければならない。
人生を生きる上で、何を成せるかを知っておく必要がある。
その考えで、彼女に戦い方を教えた。
けれど、予想の何倍ものスピードで強くなっていく彼女に期待しなかったと言えば嘘になる。
(俺はフィーネを、戦いから遠ざけてやることができなかった)
人並外れた才能を持っているからこそ、戦い方を覚えれば普通の人生を送ることはできない。
どこかで分かっていたのに、それでも彼女の才能を磨き続けてしまった。
彼女の才能に、ブルクハルトも魅せられてしまったのだ。
「……すまない」
今回だって、逃げ出したはずの彼女を連れ戻したのは自分だ。
きっかけをくれたのはユーリアだったが、決めたのはブルクハルト自身である。
戦場に呼ぶのではなく、もっと違う方法があったはずだ。
大量の食べ物を持って家に行くこともできたし、宝石や衣服をプレゼントすることだってできたし、綺麗な景色でも見ようと旅行へ連れ出すこともできたはずだ。
だが、ブルクハルトはそうできなかった。そういう男なのだ。
「教官がそんな顔してたら、フィーネが悲しみますよ」
はは、とユーリアが笑う。
学生時代から一切変わっていない姿には、やはりまだ慣れない。
「フィーネは今回の依頼、言葉にはしませんでしたけど、すごく張り切ってました。教官に頼られたことが、すごく嬉しかったんだと思います」
微笑みながら、ユーリアがフィーネの頬に触れる。
その動作がやけに自然に見えて、泣きたいような気持ちになった。
「なにより、楽しそうでした。フィーネは周りが嫌になって逃げ出してしまいましたけど……本当は、信頼できる仲間となら、人を守るために戦いたい子なんだと思います」
フィーネには、こうして当たり前のように触れ合える大事な存在がいる。
けれど、ユーリアは死者だ。
これから先、フィーネと共に年を重ねていくことはできない。
だからどうしても、彼女に新しい人間関係を築いてやりたいと思う。
今回この任務にフィーネを連れてきた理由の一つに、同年代の優れた魔法使いと交流させたいという気持ちもあった。
「フィーネって、自分の気持ちを素直に伝えたり、人になにかを頼むことが苦手なんです。だから余計に自分で背負い込んじゃうことがあるんですよね」
学生時代、なにかとユーリアがフィーネの世話を焼いてくれていたことを思い出す。
生徒から鬼教官と恐れられていたブルクハルトに対しても、ユーリアはフィーネのためなら、となにかと要求をしてきた。
誕生日プレゼントはしっかり用意するべきだ、とか、家に帰ってくるよう誘ってやるべきだ、とか、テストでいい成績をとったのだから保護者として褒めてやるべきだ、とか。
父親として不十分なことは自覚していたから、なるべく彼女の発言に従うようにしていた。
きっと彼女は愛されて育った人間で、父親の愛というものに詳しいのだと思っていた。
――でも、違った。
メイドの子として産まれ、虐げられながら育ったのだという。それでもユーリアは、彼女なりに考えてアドバイスをくれたのだ。
「教官とフィーネって、本当、似た者同士ですよね。さすがは親子っていうか」
「……俺と、フィーネがか?」
「そっくりですよ。あっ、顔は似てませんけどね! フィーネは可愛いので」
フィーネとの間に血の繋がりはない。
子供はいないから、子供に対して抱く感情がどんなものかも分からない。
だから、ユーリアの指摘が合っているのかどうかも、よく分からなかった。
「教官もフィーネも、もっと素直になって、もっと人を頼るべきです」
「だが……」
「だが、じゃないですよ」
ユーリアが溜息を吐いたタイミングで、フィーネがゆっくりと目を覚ました。
「私は食べ物でも用意してきます。なので、二人でちゃんと話してください」
早口で告げると、ユーリアは足早に医務室から出ていってしまった。




